1章第2話 走馬灯
俺は何処にでも居るような、ごく普通の高校二年生だった。それこそ漫画やゲームの様に、普通と言っておきながら特殊な境遇だったりする事もない。
俺は何処を見ても普通だ。外見も、日本なら何処にでも居るような黒よりは少し色素の落ちた茶色い頭髪をした黒眼である。
強いて言うなら、普通と少し違うであろうところを挙げろと言われれば、それは友達が少ない事なのかもしれない。それすら小さな小さなモノではあるのだが……。数えれば片手の指で終わってしまう人数。それも殆どが学校のみの関係で、家にあげるのは一人くらいのものか。親友というモノの定義はよくわからないが、少ない上に特別という意味ならば、彼は親友にあたるのだろう。
そんな事を考えたりしながらいつもの様にいつもの時を過ごす。学校へ行き、授業を受け、昼休みは友達と雑談をして次の授業を待つ。そして今はそれも終わり、放課後が訪れていた。
帰宅部の俺は、特に何も用事が無い時は真っ先に家へと帰る。いわゆる直帰というやつだ。まあ別に、家に帰ってもする事も大方決まっているのだが。
ここは地方でも更に田舎の方なので、寄り道する様なゲームセンターも何も無い。せいぜいあるとすれば、通学路にある商店街の本屋と電気屋くらいのものだろう。電気屋の方は、品揃えが豊富でゲームなんかも取り扱っており、ちょくちょくお世話になっている。
その商店街を抜けるとちらほら田んぼの見える住宅街に入る。住宅街といえる程のものかどうかもわからないけど。
田んぼがそこらに見える住宅街は、数週間前、新入生と同じ時期に転校して来た転校生によると珍しいものらしい。俺は見慣れているから違和感は湧かないけど、その転校生によると『田んぼ自体殆ど見たこと無いよ〜』だそうだ。都会から来たらしい。
あっ、俺がその転校生と直接話したわけではない。その転校生が転入して来たクラスが俺のクラスで、クラスの女子達が、その転校生を質問攻めにしていたのを聞いていただけだ。いや、その言い方だと語弊があるかもしれない。俺は別に盗み聞いていたわけではないから。仕方ないだろう? する事もないから教室に居たら、クラスの女子達が、はしゃぎ始めただけなんだから。聞こえてしまったものは仕方ない。
そしてその質問の中に『こっちに来て何かビックリした事とかあった〜?』というものがあった。
転校生が転入にして来た。それだけで騒ぎ立てている女子達の、『新しいモノへの物珍しさ』も、どうせすぐに冷める。
何ら変わらない日々は続く。劇的は無い。
そうこうしている内に家に着いた。
うちの家族構成は、父と母、そして俺の三人家族だ。父は町工場に勤めていて、母は専業主婦で基本的に家に居る。何ら普通の家族構成である。
家に入り、二階へと上がって自分の部屋に入る。学校規定の鞄を置いて部屋着に着替えた。これからする事といえば、日課になっているゲームかネットサーフィンのどちらかくらいだ。
今日はネットサーフィンをする事にした。
何か面白い物はないものか、いつもの様に探す。いつもならここで何の収穫も得られずに終わるのだが、どうやら今日は違うらしい。
なにせ、
【異世界へ行きませんか?】
なんて怪しいサイトを見つけたのだから。
普段の様に、特に何も思わず漁っていたのなら確実にスルーするサイトだが、今日は少し気分が違った。普段ならこんな危なそうなサイトに手を出したりなんかしない。
でも今は少し興味があった。危なそうな事に変わりはないから、予めセキュリティソフトを起動させてそのサイトを開いた。
そこには、
【日常に飽きてきたそこのアナタ! 異世界へ行って新しい人生を歩みませんか?】
という文面が書いてあり、その下に名前を入力する項目があった。更にその下には、
《異世界へ行く》
というボタンがあった。セキュリティソフトに引っかからなかったから、どうやらワンクリック詐欺では無さそうだ。そして入力する情報量の少なさから、釣りでも無さそうという事がわかった。ならば話は早い。
俺は迷わず名前を入力してそのボタンを押した。何も起きなかった。いや、確認画面が出た。
《二度と戻る事は出来ませんがよろしいですか?》
そんな文面の画面の下に先ほどと同じボタンがあった。俺はもう一度押した。
《本当に二度と戻る事は出来ませんがよろしいですか?》
また確認画面が出た。もう俺に躊躇は無い。
そうして計五回の確認があった後、
《それでは異世界へ御案内します》
というメッセージが出た。それを見た瞬間、強烈な睡魔に襲われて俺の意識はそこで途切れた。
目を覚ます。でも身体は動かない。意識も朦朧としている。視界も霞んでここが何処かさえわからない。
自身の五感を頼りにここの情報を探した。わかるのは木々や草などの緑の匂い、そして微かに見えるのは空の様な青色と、やはり木々の様な緑色。風の音。
そこに突如聞こえてきたのは、自分の想像しうる限り場違いな、人の声だった。
「こんな所に人が倒れてるっ!! アンタ! 大丈夫かい?!」
そこで俺の意識は再度途切れ、記憶の断片は終わりを迎えた。