2章第5話 危機
さあ、戦いの幕は上がった。
最初の相手は両手剣持ちの大男と片手剣に盾を持った背丈は普通くらいの男だった。恐らくお互いの弱点なりをカバーし合う形をとっているのだろう。
いや、ホントこれ勝てるのか?
アカツキに目をやった。やる気満々、意気揚々と言わんばかりに戦闘モードに入っていた。アレは完全に狩る眼だ……。微塵も負けると思っていない。
その時、会場に戦闘開始のゴングが鳴り響いた。
《さあ、戦闘開始のゴングが鳴り響きました! 勝利の女神はどちらに微笑むのかッ!!》
会場を盛り上げるアナウンスが流れる。そして、戦闘開始と同時にアカツキが叫んだ。
「私があのデカい方をやるっ! 君は1分でいいから片手剣の方を抑えて!!」
「なっ!? わっわかった!」
なんて指示だ。まあ俺はほぼ戦力にはならないかもしてないが、それでもあのゴツい大男を30秒程度で仕留めるっていうのか!?
アカツキは既に駆け出している。俺もその後に続いた。
アカツキが大男の方に駆け込んだ事に、相手は驚きを隠せずにいる様だった。片手剣の男が、両手剣の大男のカバーに入ろうとする。
「そうはさせるかっ!」
「くっ!」
驚いて反応が遅れた隙を逃さない。俺はその間に入り込んだ。
慌てて片手剣の男は応戦して、鍔迫り合いになる。その間にアカツキは両手剣の大男との戦闘に入っていった。
ていうかこれ、もし一歩間違えたら死ぬんじゃないのか? ふと、そんな疑問が湧いてくる。
ああ、これは間違いなく死ぬ。だからこそだ。
俺はアカツキを信じて目の前の戦いに集中するしかない。この片手剣の男も闘技大会に出場する程の手練れであるのは間違いない。
鍔迫り合いに負け、押し返される。俺は後ろへ跳んで回避し、片手剣の男の追撃を免れた。
この片手剣の男は、両手剣の大男のカバーに入る事を諦め、攻撃対象を俺に絞って来た。
片手剣の男は、剣を構え一気に間合いを詰めてくる。
相手には盾がある。大振りな攻撃は自殺行為だ。それにアカツキは1分持たせろと言った。それだけ稼げれば……。
男の剣の初撃をどうにか剣で受け流す。男は振り切った剣を再度、斬り上げて攻撃してくる。
見えた! この男の攻撃は、盾の防御を過信しているせい大振りな攻撃が多い。ならその盾の隙を突く!
男の斬り上げ攻撃を少し後ろへ跳んで避けた後、一気に踏み込んで間合いを詰め、斬り上げた剣の追撃に気をつけながら、盾に向かって体当たりを繰り出した。
「おらっ!」
「なっ!」
そして男の肩越しに見えたのは、アカツキが両手剣の大男を倒している図だった。峰打ち……アレってホントに出来るもんなんだな……。確実に意識を狩取っている。容赦無い。
盾に体当たりを食らった男は、後ろへ大きくバランスを崩した。でも、俺は深追いをしない。する必要は無い。
片手剣の男の背後から、狩人が駆け込んで来るのが見えた。この勝負、勝った!
「落ちろ」
その呟きが聞こえるとともに男の意識は狩り取られる。
怖っ! 何このアカツキ、怖っ!
それはともかく、この戦いは勝てた様だ。アナウンスが鳴り響く。
《なんとッこの戦いの勝者はッ! クレハ&レントチーム!!》
予想外の秒殺戦に観客が沸く。
「おおっ! 凄えぞ姉ちゃん!!」
「いいぞ〜! 次も頑張ってくれ〜嬢ちゃん」
あれ……俺への歓声が全く聞こえないぞ? 俺も一応頑張ったんだけどな〜……。
まぁそりゃ、両手剣の大男と片手剣の男二人を秒殺で沈めたらね。バケモンみたいな速さで沈めたら、そりゃあ、目立ってしまうのも仕方ないか。
ていうか、対人戦闘で初めてわかったけど、アカツキってこんな強かったんだな。
アカツキの本気を見る機会がなかったから、知らなかった。金の力って怖ぇ。
「案外さっきのは君だけでもいけたんじゃないかな?」
「そうかもな。でも、アカツキがやった方が確実だった」
「まぁ、そうね……」
素に戻るのも早いアカツキだった……。なんか……良かった……。
俺達は戦闘が終わった後、待合室へと戻った。
「あんなに強かったんだな。アカツキ」
「え? そう? いつも通りって感じだったけど」
「いやいやいやいや、殺気しか見えなかったから。なんか俺までやられそうな雰囲気だったぞ」
「仕方ないじゃーん。優勝賞金掛かってるんだし〜。あと負けたくない」
コイツ完全に認めたな。金掛かってるからって言ったよな。あとあれか? 元居た世界の時からの負けず嫌いか。勝負の世界居た奴は怖い。特にアカツキは、元々が負けず嫌いっぽいし。
「とりあえず作戦会議するの忘れてたからちょっとしとくね」
「あっ、ああ」
「私が全力で攻撃を仕掛けるから、君はサポートしてもらえるかな? 時間稼ぎというか。もしも、敵が強かったり面倒だったりしたら加勢するって事で」
「わかったよ。その方が手っ取り早いし、確実だしな」
アカツキが予想よりかなり強い事が判明した為、おおかたの戦闘を任せる事にしました。そして俺は基本的に、時間稼ぎ担当になりました。作戦会議終わりっ。そろそろ次の戦いの時間が来る頃だろう。
そこで俺達に関係するアナウンスが流れる。
《なんとっ!! 次の戦いは、ジェイド&ダグラスチーム対クレハ&レントチームによって行われる予定でしたが、ジェイド&ダグラスチームが棄権した為、クレハ&レントチームが不戦勝となります! よってクレハ&レントチーム、決勝戦進出です!!》
まさか、の一言だった。何があった? 不戦勝? 相手チームの棄権? 思考が追いつかなかったが、アカツキは一人、ガッツポーズをして喜んでいた。初戦のアカツキの強さにビビったのか? それとも一回戦の時に次戦に出られない程の傷を負ったのか? わからない。
とりあえずわかった事は、なんか勝った。とにかく運が良かった。それだけだった。
次は一気に決勝戦。相手はどんなだろうか……初戦の相手とは恐らく格が違うのだろう。気を引き締めないと。
会場の盛り上がりを耳にしながら、決勝戦を待った。
《まもなく決勝戦が開始されます! この決勝戦は、クレハ&レントチーム対ヴォイド&クロウチームの戦いですッ!! さぁ、一体どちらが勝つのか! 両チーム、入場ですッ!!》
ステージに出た俺達は、相手チームを見る。名前の通りで見るのならば、あの黒フードの大鎌を手にした、さながら死神の様な装いの男がヴォイドなのだろうか。そしてその隣に居る、二刀の短剣を逆手に手にした男がクロウ、といったところだろう。さながらアサシンの様だ。名前は合っているのかはわからないが。
名前に関しては、もう気にしない事にした。それどころではない。初めて対峙する異色の相手だ。大鎌と二刀流短剣のコンビ。現実で大鎌なんて見た事が無い。
「なあ! 俺はどうすればいい?」
アカツキに指示を仰ぐ。
「君は、どっちがいい?」
どっちがいいだと? 手数の多そうな二刀流短剣と確実に大振りにはなる大鎌。どちらを選ぶ方がいい……。
「俺はあのデカい鎌持ってる方をどうにか足止めするっ! アカツキは二刀流短剣の方を片付けてくれ!!」
アカツキの指示に答えを返した。ヘタにアカツキとの対人戦で慣れた剣と戦って想定外が来るよりも、未知しか無いからこそ、想定外しか来ないから変にクセの出ない大鎌の方を選んだ。
アカツキも慣れている剣相手の方がやり易いだろう。
「わかった! すぐに終わらせてそっちに加勢するからっ!」
「頼んだっ!」
俺達は、敵目掛けて駆け込んで行く。
さぁ、どうやって戦おうか……。既にアカツキが、上手く二刀流短剣の方を離してくれている。
相手は、大振りな攻撃を手数でカバーする戦い方が多いらしく、相方から離されないように抵抗を見せてくる。だが、アカツキの攻撃を凌ぐ事が出来ずにすぐに離された。大鎌の方が居るにも関わらず、それを一人でやってのける辺りアカツキは、やはり強いのだと確信した。
俺はそのアカツキが戦いやすい様に、大鎌の方を足止めして時間を稼ぐのが役目だ。それでも時間稼ぎが目的だとバレるのはあまりよろしくない。ただ避けるだけを意識するなら比較的楽ではあるが、この場合は、様子見しながら大振りの隙を狙っているように見せるしかない。が、素人にそんな芸当なんぞ出来はしないので、結果普通に戦う事になるだろうな……。
出来なくてもやるしかない。さぁ、奴はどう動く?
大鎌の男との間合いを詰める。奴は手にした大鎌を振り下ろし、攻撃してきた。それをギリギリで見極め躱す。派手に転びそうになった。危なかった……。
想像以上のリーチの長さに、間合いを間違えるところだった。
よく観察しろ。あの武器は幸いにも普通の鎌をそのまま大きくした様な物だから、刃は両刃では無い。内側のみに刃が付いているのなら、一か八か左手に手にした剣を背に構え盾にして、一気に間合いを詰めて攻撃してみるか。
それくらいしか今の俺には出来そうもない。する事が決まったのならこれ以上考えている暇は無い。すぐさま行動に移すのみだ。
踏み込み、一気に大鎌の男の元に駆け込んで間合いを詰める。案の定男は、大鎌の内側へ入って来た敵に対応するために、その大鎌を引き戻すことで攻撃してくる。
が、その攻撃は盾にした剣によって阻まれる。構えている剣より己の側に大鎌が来た瞬間背中や後頭部を削ぎ落とされて終わる。剣の角度を調整しながら、押されすぎないよう死ぬ気で力を込めた。
「おおおおおッらッ!!」
どうにか流し切り、そのまま力に任せて剣を振り抜く。大鎌は弾かれ、曲芸じみた事をしたせいで剣も手からすっぽ抜け、お互い素手になる。
こちらは移動の勢いそのままに渾身の右ストレートを放った。
奴にとってそのこの状況は完全に想定外の事だったらしく、その攻撃をモロに顔面に受けて後ろへよろけた。
やった! 誰かを殴った事なんて殆ど無かったから瞬間的な発想だったけど、奴が助走に更に勢いを付けてくれたおかげで上手くいった。どうやら良い角度で顎に入ったらしく、奴はそのまま気絶してしまった様だ。思っていたよりもアッサリ勝ってしまった事に、自分自身驚きを隠せない。
「ふぅ……そっちも片付いちゃったんだね」
「なんか呆気なかった様な気もするけど、勝てたからいいか」
アカツキも自身の戦闘を終えてこちらへ来ていた。時間稼ぎをするだけのつもりだったけど、勝てたのなら結果オーライといったところか。対人戦での初勝利に、自然と笑みがこぼれる。
アカツキは何処か物足りなさそうな顔をしていた様な気もするが、何も見ていない事にした。普通に危ない奴だもんな、それ。
会場が勝者への歓声で包まれた。そして、アナウンスは流れる。
《今大会の勝利チームが決定致しました! 勝者は……クレハ&レントチーム!!》
「やったね! これで大金がぁ……えへへ」
俺は、アカツキの言葉の後半を何も聞いていないぞ。見た目美少女が金で笑ってるとこなんか、見たくも聞きたくもないしな。
だがそんな、会場を包む勝利を讃える明るい雰囲気は一瞬で凍りつく事になる。
闘技場の舞台のド真ん中に、黒いモヤが紫色の雷撃とともに現れる。そしてそれが止む頃、その中心に何者かが、いや、何か得体の知れない大きなモノが現れた。
『我が名は、ヴァルハイド。魔王様に仕えし者なり。この戦い、しかと見せてもらった。では、この戦いの勝者をいただくとする』
なんなんだコイツはっ! 魔王の手下? 勝者をいただく? この闘技大会には何か仕組まれていたのか? いや、違う。全員が恐れをなして我先にと逃げ出そうとしている。アナウンスをしていた者でさえ。という事は、この闘技大会はコイツに利用されたということか!?
「君、どうする!? コイツは魔族だよ! 今までのヤツらとはワケが違う!! 勝てる様な相手じゃない!!」
「そうは言ったってアイツの狙いは俺達だろ! どうするんだよ!!」
あのアカツキが、勝てる様な相手じゃないと言った。それ程まで強いというのか? この魔族とやらは。ならどうする。狙いは俺達。逃げれそうも無いが。
「私がどうにか足止めするからっ! 君は逃げて!!」
「そんな!? 勝てる相手じゃないんだろっ!!」
「でも、このままじゃ二人共捕まっちゃう! だから君だけでも逃げてよ!!」
そんな……! アカツキだけ置いて逃げろって……そんな事……。
「きゃあっ!」
アカツキが、ヤツの一撃を食らって吹き飛ばされる。それでも立ち上がり、再び立ち塞がる。何故そうまでして俺を……。
『ほう……どうやら使えるのはそっちの人間だけの様だな。ならば片方だけ連れて行こう』
アカツキがヤツに捕まった。
『そこの貴様、勇者とやらに伝えろ。〈ラグズガード〉へ来い、そこで此奴と貴様を排除してくれる。と』
そう言って魔族、ヴァルハイドはアカツキを連れて去って行った。アカツキは連れ去られる直前、『レント、助けて』と言った様に思う。でも俺は何も出来なかった。アカツキが初めて吐いた弱音に、俺はどうしてやる事も出来なかった。俺より遥かに強いアカツキでさえ全く歯が立たなかった相手に、俺は足を竦ませていた。
何も出来なかった。でも、もう失いたくはない。あの時何も出来なかった時とはワケが違う。今はまだ可能性はある。勇者であるリオンの居場所はわからない。でも今は動くしかない。
もう何も失いたくないから。
闘技場を出て、勇者の行き先を兵士に訊いた。そしてラグズアークがそこから近いという事も聞いた。幸いにも、王都からその街はそれ程離れていない、むしろここから一番近い街だった。
俺は必死に走ってラーズさんの居る場所へ駆け戻った。
「ラーズさん! 大変です! アカツキが魔族に攫われました!!」
「なっ!?」
「お願いします。俺を〈ラグズアーク〉に連れて行ってください!!」
「よくわからんが、わかった。緊急事態なんだろ? すぐに乗れ!」
「ありがとうございます!」
俺はラグズアークへ向かう馬車の中で、ラーズさんにそこに至った経緯を話した。
「そんな事が……クレハちゃんは勇者の人質って事か。いや、この場合、強い奴をまとめて始末しちまおうって魂胆なんだろうな」
「そうみたいですね……俺には何も出来ませんでしたが……」
俺は自責の念にかられていた。あの時何も出来なかった自分が悔しくて堪らない。でも、俺には力は無い。あの時出来る事は何も無かったのかもしれない……。間に入る事さえも。
ラーズさんが俺の零した言葉に返してくれた。
「レント、お前には力は無いかもしれない。でもな、力が強けりゃ良いってもんでもないとは、俺は思うけどな。そりゃあ、力がある事に越した事は無い。でも、力が無くたって出来る事はあるんだぜ」
現にお前がこうしてるじゃないか。そう言い放つ眼は力強い。
「誰かを助けたいって思う気持ちがあるなら、それは自分や誰かを動かす力に変わる。感じて、動いて、誰かを動かす事が出来る」
そしてラーズさんは言う。
「力無き者が唯一持てるモノ、力が無い者だからこそ持てるモノ。それが『誰かを真に想い動く心』だ。それは力がある者には持てない。力がある者は、繋がりを必要としないからな。全て自分で出来てしまう。そんな悲しいものなら、俺は力の無い奴の方がよっぽど良いね」
そっちの方が自分より弱いから、わかりやすくて信用出来るしな。と、笑って締めくくる辺り、ラーズさんらしいと思った。
そして俺はその言葉に救われた。今までずっと力が無い事がコンプレックスだった。力が無いと何も出来ない。ずっとそう思っていた。でも、たとえ力が無くても出来る事はあるんだって知る事が出来たのだから。
「ありがとうございます」
「おうっ! どうやるのかは知らねぇが、頑張ってクレハちゃん助けろよ!」
「はい!」
馬車はラグズアークの街へ向けて走り続ける。暗闇だった空は明け始める。朝日が昇り始めた空に希望を持ちながら、自分の出来る事を精一杯考え、ラグズアークの街への到着を待った。