第九話
パラライズバタフライダガー・サード。
僕はぐっと拳を握り締めて、その能力を早速確認した。
パラライズバタフライダガー・サード
武器効果 確率で麻痺状態
スキル パラライズダガー
試しに、ゴブリンダガー・サードに切り替えてみたが、スキルパラライズダガーも表示される。
さっそく実験動物ゴブリンくんを発見したので近づいていく。僕は友好的な笑みでダガーを構える。
パラライズダガーを発動すると、体から何かが抜ける感覚。小便をしたときに似ている。
黄色く染まったダガーをゴブリンへ突き刺すと、ゴブリンはその場で倒れる。受身もまったくなく、寒さに震えるように痙攣している。
効果は十分なようだ。僕はゴブリンダガー・サードで一思いに殺した。
ゴブリンダガー・サードは、スキルこそ解放されていないが、僕の持つ武器ではもっとも切れ味がいい。
麻痺の追加効果を狙うなら、パラライズバタフライダガーのほうがいいが、スキルを使用すればいいだろう。
熟練度も六十五までたまっている。覚醒まであと少しだ。
武器も整い、だいぶ動きにも慣れた。本格的に動き出してもいい頃だが、その前に少し実験をしてみたい。
僕はダガー以外の武器は持てない。途中で見つけた剣を掴もうとしたが弾かれたのだ。
そこで気になったのはダガーを捨てた場合だ。
その場合、ダガーはどうなるのか。職業がなくなる心配もあったが、ダガーを置いて距離を開けてみる。
三メートルほど離れたところで、ダガーは消える。
そして、僕の腰にあるダガー用のホルスターの中に自動でしまわれた。
ここまで来ると僕の好奇心が、もうぐちゃぐちゃと沸きあがり、次の実験に向かう。
ダガーを投げて攻撃することができるんじゃないのか? それも永遠と。
三メートルという制限はあるが、先制攻撃を加えるには十分だ。
すっかり実験動物としての地位を確立したゴブリンを見つけ、ダガーを投擲する。風を切りながら真っ直ぐと飛び、ゴブリンに刺さる。
ゴブリンが動く前に三メートル離れるとホルスターに戻っていた。推測があたり、僕は笑顔になる。
三メートルの距離を維持して、もう一度ダガーをぶつけると、ゴブリンの首に刺さって死んだ。
距離を開けるとダガーはまた元の位置に戻ってくる。血がなくなっているのを見るに、新たなダガーが生まれている可能性を疑う。
新品かどうかは重要ではない。常に新品にしてくれるならもうけものだ。
試しに三メートル以上あけて木に向かってダガーを投げつける。この場合は、木に当たる前に僕のホルスターに戻ってきてしまう。
そこまで有効ではないが、ここぞというときの技に使える。ゴブリンのような遠距離攻撃を覚えていない敵なら、逃げながら倒すことができる。
ためしにパラライズダガーを発動して、ゴブリンに投擲する。しっかりスキルの効果が発動し、ゴブリンの足止めに成功する。
実験はここら辺でいいか。島中央の森について、だ。
中心に近づくごとに敵が強くなっていくらしい。というのも、中央の森近くでゴブリンと対面したが、思ったよりも動きが良かった。
そのため、危険と判断して僕は一度も近づいていない。
だが、島から脱出するための方法が隠されている可能性は十分にある。捜索する人間も多くいるようで、仲間が欲しければ、森周囲を歩いていればいい。
僕は一人で中央の森に入る。一人でどこまで戦えるか、まずは確認しておきたかった。
小さな森とは違い、木々はより高く伸びていて、光が届きにくい。島全体は元々熱くないので、この森の空気は無慈悲に体温を奪っていく。
何の魔物か分からないが、唸り声のようなものも響いている。音を立てないように移動をしていると、地面を滑るヘビを見つけた。
ウサギヘビという奇妙な魔物だ。ヘビの癖に、ウサギのような耳がついていて少しプリティー。
ウサギヘビはすぐに僕に気づいて臨戦態勢になる。気配を消していようが、ヘビの認識能力は高いようだ。確か、熱で判断するんだっけ? 僕は薄い知識から、ヘビの特徴を思い出しダガーを構える。
ヘビが体をしならせながら噛み付いてくる。普段は敵の攻撃を体で受けるが、さすがにヘビはまずい。
回避して、パラライズダガーを当てる。だが、痺れることはない。
スキルは確率だったのだろうか? または、ウサギヘビには効かないのか。
どっちにしろ、僕の一日半の努力を無駄にしやがって。動きを見切り、ゴブリンダガーで胴体を切りつけてやった。
ウサギヘビダガーが解放されるが、スキルはない。
ゴブリンダガーのようにスキルが解放されないこともあるので、無理にあげる必要はないかもしれない。
ゴブリンダガーに戻し、森を歩くが、ウサギヘビとの遭遇が多い。途中、別の人間も見つけたが、下手に関わるのは面倒なので気配を消してやり過ごす。
人間を殺した場合のスキルがあるのかどうか気になる。
が、雇い主の約束がある以上、身勝手な殺人を行うつもりはない。
いちゃもんでもいいから、理由さえつけられれば……いや、それもダメだ。
ガリ男のように、あからさまな悪意を持つ人間が現れることを祈りつつ、ウサギヘビを雑草のように狩っていく。
森をだいぶ進んだところで、結界のようなものが見える。手を触れてみたが、簡単に通り抜けられる。
一つの区切り、のように感じた。
入った途端、肌をつつくプレッシャーが強くなる。
恐らく、ここから先はさらに敵が強力なものになるのだろう。森の木々の合間を縫うようにして、オークの姿を見つけた。
オークにどれだけ通用するのか試したいが……無理は禁物と今回は見逃す。
とりあえず、これ以上進むと森で夜を過ごすことになるので、引き返す。帰りは少し道を変えると、ニンジンを巨大化したような魔物と遭遇した。
ニンジン戦士という魔物だ。
音を立てずに移動するのは得意なのだが、ニンジン戦士は僕に気づいて近づいてきた。
ばれた原因は長く垂れた耳。特別耳が良いようだ。
ニンジン戦士は、ニンジンから腕と足が生えた、はっきり言って気持ち悪い魔物だ。
ニンジン戦士が右手に持った剣を振り下ろす。ゴブリンダガーで受け流し、動きを観察する。
相手の動きを読み、パラライズダガーを発動して刺し込む。硬かったがゴブリンダガーは通った。
ニンジン戦士は僅かに痺れたようだが、すぐに治ってしまう。どうやら、抵抗力のある魔物、ない魔物がいるようだ。
つーか、本当に一日半が無駄だ。効かない敵が島にこれほど多くいると、麻痺なんて無駄な気がしてきた。
怒りをぶつけるように、ニンジン戦士を殺した。
新たなダガーはニンジンダガー。刃の部分がニンジンそのまま。なのに木を斬りつけるとちゃんと斬れる。
見た目は野菜なので、不意打ちには使えそうだが、それだけだ。威力はゴブリンダガーよりも低いので使用する機会は少ないだろう。
ニンジン戦士とウサギヘビを殺していると、森の中で激しい足音が聞こえる。
こちらに何かが向かってきている。警鐘が僕の中で鳴り響く。
身を潜めながら、足音に耳を集中し、僕は声を荒げた。
「コウジっ!?」
「ひ、久しぶりじゃねえかサエキ! 逃げるぞっ!」
コウジが小さな恐竜を引きつれ、木々を掻き分ける。
恐竜はボルケーノザウルス(子)と表示される。最初の日に襲ってきた赤い恐竜に似ている。そいつの子どもなのだろう。
子どもだとしても十分な大きさだ。人間を乗せて走れるくらい。
こっちくんなボケが。そう思いながら、コウジと並走する。
久しぶりのコウジだったが、こんな手厚い再会はやめてもらいたかった。
「モンスターPKしようと思ってるわけじゃないから! 本当に困ってるんだよっ」
その用語、雇い主がゲームやってるときに言ってたな。モンスターを使っての人殺しだったか。
「わ、わたし、もう疲れた……」
コウジの少し後ろを走っているのは小さい子――小学生くらいの女の子だ。年齢問わずこの島に召喚されているようだ。なぜか彼女の隣には黒猫のヌイグルミがぷかぷかと浮いている。
なるほど……。
「この島には法はありません。だから、僕が裁いてあげましょうか?」
「誘拐じゃねえから!」
将来美人になるだろう可愛らしい容姿。そして、耳の先が尖っている。
なんかのゲームでこんな人間がいたような……。考えるのは後にしよう。恐竜による振動が足裏から伝わってくる。
「恐竜にダメージは通りますか?」
「試してねえ! そんな暇もねえって!」
ダガーを投げつけてみたいが、三メートルの距離に入るのは厳しい。
「も、もう……本当に駄目……かも……寝ちゃう」
「寝るのですか!?」
僕が思わず声をあげると、確かに少女は目がしょぼしょぼしている。
少女が首をかくんかくんと動かして、今にも眠りそうだ。
「ちっ、じっとしてくださいよっ」
僕は彼女を抱え、近くの木を駆け上る。
ボルケーノドラゴンが小さな頭を動かし、噛み付く。僕は背筋が凍りつくような、ぎりぎりで回避に成功する。
そのままボルケーノドラゴンの背中に飛び乗り、パラライズダガーを突き刺す。
しかし、鱗に阻まれて身に届かない。僅かに鱗を剥がしたが、ボルケーノドラゴンは体を揺さぶり、落とされる前に着地する。
「おい、ガキ! 目を覚ましてください!」
「……すぅ」
「蹴り殺しますよっ!」
本当に眠ってしまったようだ。ここに捨ててやろうか。
「らぁ!」
コウジは片手サイズのハンマーで殴る。ボルケーノドラゴンの頭が殴られ、僕たちは顔を見合わせる。
「ラァァ!」
だが、一瞬怯んだだけで復活。コウジを食べようと口を開いた。
「ひぃっ!」
コウジの顔面が真っ青になる。
僕は一番鱗の薄そうな衰えた前足へ、効くことを願ってパラライズダガーを刺す。
ボルケーノドラゴンの体がびくんとはねる。そして、動きが鈍くなる。
「コウジ、逃げますよ!」
「お、おう!」
走り出すと、ボルケーノドラゴンは僕たちを追いかけてきたが、スピードは格段に落ちている。
倒せるかもしれないが、僕には荷物がある。完全に眠ってしまった少女を睨む。
この状況で眠れる肝っ玉だけは評価してやる。
森を駆け抜け、ボルケーノドラゴンの姿が見えなくなったところで走る速度を落としていく。周囲に魔物がいないと分かったところで、僕たちは立ち止まる。
「お前、よく人一人担いでそんなに走れるな……」
「このくらい大したことありませんよ」
強がってみたが、座って休みたくなる程度には疲れてしまった。
気持ちよく夢の世界に旅立っているガキは、将来大物になれるだろう。
「このガキはあなたの子どもですか?」
「オレは童貞だっ。じゃなくて、知り合った仲間だよ。あーいってぇ……足つっちまった」
コウジは足をさすりながら、意外そうに笑った。
「それにしてもこんな場所で出会うとは思ってなかったぜ。何してたんだ?」
「森の探索ですよ。あなたたちは?」
「オレらも似たようなもんだな。ついでに夕食になりそうな木の実を探していたんだが、その最中でボルケーノドラゴンに襲われちまったんだよ」
森に入ってやるのは探索くらいか。むくりと、ガキが目をこすりながら体を起こす。
「ご飯?」
「なんなんですか、こいつは……」
「は、はは。ほら、自己紹介しろよ」
さっきまで完全に眠っていたのに、夕食と聞いた途端に起きた。
ガキは僕の顔を見て、誰とばかりに首を捻っている。さっき助けたんだけど、記憶とんでるの?
「……ヒミリア」
「僕はサエキです。戦闘中に寝るのはやめてくださいよ」
僕が注意するとヒミリアはぷいと顔を背けた。このガキ。
僕がゴブリンダガーを構えると、コウジに止められる。
「あー、そのことなんだが、こいつクリスタルの力を手に入れてから睡眠時間が多くなったんだよ」
それは、クリスタルの力による障害か何かか?
ヒミリアの体は小さいので、もしかしたら力を受け入れられるほどではなかったのかもしれない。
もしもそうなら、僕たちの体にとってあまり良くないということで……僕に嫌な考えがよぎってしまう。最悪死ぬ可能性もあるが、今は考えないようにした。
「ほら、さっき助けてくれたんだよ」
コウジがヒミリアの背中を叩くと、ぺこりとお辞儀をした。
「コウジが迷惑をかけました」
「あなたですよっ!」
「え?」
あー、こいつと話しているとペースが乱れる。クールな僕がただのバカみたいに怒鳴ってしまった。
僕が深呼吸をしていると、人間が近くをすぎようとする。敵はたぶん、一人。
僕はゆっくりと立ち上がり、ダガーの用意をする。
葉を揺らして出てきたのは、鎧に身を包んだ人間だ。兜まで装備していて、威圧感は半端ない。
「……コウジ、こんなところで何をしているんだ?」
「あ、リーダー。すいません、ちょっと恐竜に追いかけられてたんですよ」
「……リーダーと呼ぶな」
コウジの知り合いのようだ。僕が顔を向けると、ポンと手を打った。
「リーダー、紹介します。オレの友人のサエキっす」
「こんばんは」
僕が片手をあげると、リーダーも気楽に話しかけてきた。
「……リーダーと呼ぶなと言っているだろ。ところで、サエキも来てみるか?」
「あなたは一体何をしているんですか?」
「……この辺りでジョブを持っている人間は定期的に一つの洞穴に集まり、森の調査状況を話し合っている」
「それで、そのときにまとめているのがリーダーだから、リーダーって呼ばれてるんだよ」
コウジが補足説明する。すると、リーダーは照れたように首を振る。
「……だから、リーダーはやめろ。ガラじゃない」
リーダーがため息をつき、僕はコウジに顔を向ける。
「知っていますか、コウジ。僕は団体行動が出来ない子です。もしもランキングがあるなら、上位に食い込める自信がありますよ」
「そんな自信は捨てて、一緒に行動しないか? 少しはラクになると思うぜ」
話を聞く限り、常に一緒に行動するわけではないだろう。僕も頼れる仲間がいるのは心強い。
全員ジョブを持っているなら、殺しあう可能性も少ないはず。
「僕も情報はほしいですね。一緒に行動するかは未定ですが、会議には参加させてもらえませんか?」
「……ああ、特に決まりはない。行くか」
リーダーが歩き出し、その後をコウジが追いかける。中々歩き出さないヒミリアは、僕に何かをせがむような目つきだ。
不自然に出された両腕から、僕は彼女が何を求めているのか当てる。
「おんぶでもしろと?」
「おぶれ」
「おらっ」
僕は肘でヒミリアを攻撃する。骨が折れない程度には加減している。
「ぐ、ぐふぅ……」
「ガキでも容赦しませんよ?」
「……こんな大人にはなりたくない」
「僕はまだ大人ではありません。ここから、神もびっくりするくらいな聖人になるかもしれませんよ?」
「絶対ありえない」
ヒミリアがむすっと頬をふくらませる。子どもをからかうのはこの辺でやめよう。
僕はヒミリアに背中を見せて、しゃがむ。ヒミリアは僕の行動が理解できないのか、首をかしげている。
「乗らないのですか?」
「……素直じゃない男」
「なんとでも言えばいいですよ」
ヒミリアはぴょんと僕の背に飛び乗る。素直じゃないのはどっちだよ。
ただ、歩いているだけなのもつまらないので、僕は彼女に質問してみる。
「ヒミリア、年齢はいくつですか?」
「……分からない」
「どういうことですか?」
闘技場の住人なら、年齢が分からない可能性もあるが、彼女の手首に跡はない。
見える範囲で、傷などもないので、闘技場に住んでいたとは考えにくい。
というか、日本に耳の長い人間っていたか? 世界中を探せば一人くらいいるかもしれないが……。
「この島に来る前の記憶は、自分の名前以外……何もない」
そう言って、ヒミリアはぎゅっと僕の背中に顔を押し付ける。
……年齢は分からないが、子どもだ。記憶もなく、ここがどこかも分からない。
けれど、ヒミリアの生存本能から、敵を近づけないために生意気なことを言って、一定の距離を取ろうとしている。
僕は今の彼女の動きから、そこまでを分析する。多少、贔屓な目があるのは昔の僕に似ているからだ。
僕も小さい頃は世界に敵しかいないと思っていた。気持ちは分からないでもない。
生意気言ってもさらに敵しか出来ないのに気づけないのだ。それでも、誰かが近づくのが怖く感じてしまう。
慰めるなんて、僕には似合わないが頑張ってみるか。
「……まあ、気にしないでください。これから、いいこともありますから」
「……すぅすぅ」
「……」
こいつ、埋めてやろうか。