第八話
まだ完全な朝とはいえないが、明るみ始めた空。僕は洞穴を出て、一つ伸びをする。
体が伸びる気持ちよさを味わってから、森へ散策に向かう。
昨日見つけた木の実の場所に行くと、ゴブリンが二体いた。木の実を取ろうとしているようだ。
僕は腰に刺さったダガーを取り出し、舌なめずりとともに右手に構える。
ゴブリンの一体が木に登ったところで、僕は気配を消したまま近づいていく。
後数歩のところで、木の上に乗ったゴブリンが僕に気づいた。
すでに僕の射程内だ。
距離をつめゴブリンの首へ、ダガーを深く突き刺す。豆腐にでも刺したように、よく刺さっていく。久しぶりの肉を断つ感触に、懐かしさを感じて笑みが濃くなる。
「ゴブゥゥ!」
仲間がやられたことにより、ゴブリンが怒りながら木の上から棍棒をたたきつけてくる。
重力も加わった攻撃だが、僕には脅威に感じない。それを回避せずに、ダガーで受け止める。
多少ダメージは来たが、ガリ男の拳よりも弱い。ゴブリンから動揺が伝わる。
「いい攻撃じゃねえか」
ダガーを目に突き刺す。僅かな硬さの残る感触がたまらない。
よろめいたゴブリンの腹を蹴り飛ばし、倒れたゴブリンの喉をダガーで刺す。
ゴブリンの死体から白い光のようなものがダガーへと流れていく。
なんだこれ? ヘルプが出現する。
『魔物を倒した場合、ダガーへ魂が吸収されます。それにより、ダガーを成長させることができます。新たな武器は、セカンド、サードと進化し、新たなスキルを獲得することもあります』
ヘルプを証明するように、『ゴブリンダガーが解放されました』という文字が眼前に出現する。
僕は操作していき、ダガーからゴブリンダガーへ変化させる。
ダガーはありふれたものであったが、ゴブリンダガーは普通のダガーよりも野生的だ。刀身は茶色に近い。
扱いについてはそこまでの変化はない。ダガーにも戻せるようだが、攻撃力はゴブリンダガーのほうが高そうだ。
死体の処理はどうするか迷ったが、適当に焼いて食べておいた。
魔物を簡単に倒せることにより、行動範囲も広がる。
島には小さな森が転々とあったが、中央には深い森が我が物顔で存在している。どこか不気味な雰囲気が漂っていて、いかにも何かありそうだったので、何かがあるとすればそこだ。
森から森へと歩く。どうにも注視すると、雑草などの名前も分かるようだ。その中で薬草というものを見つけた。
何かのゲームで雇い主が回復アイテムとして使用していた。
薬草を引きちぎり葉の部分を食べてみる。僅かな苦味が口の中に広がると、体の傷が僅かに治る。同時に少しの疲労を感じた。
だが、昨日戦った分の傷がなくなった気がした。
薬草による回復は、傷こそ塞がるが疲労は蓄積されるようだ。いまいち良く分からない慣れない感覚。
森を抜けた川付近で、巨大な蝶と戦っている人間を見つける。蝶の名前はパラライズバタフライ。痺れそうな名前だ。
三人組で、一人はジョブを獲得しているようだ。二人が囮になり、一番攻撃力のあるジョブ持ちが、必殺の剣を振りかぶる。
だが、蝶はその瞬間を待っていたかのように体をずらして、黄色い霧のようなものを生み出した。
攻撃を避けられてしまったジョブ持ちは、霧をモロに吸い、ばたんとぶっ倒れた。
「ひぃっ!」
「に、逃げよう!」
「ま……た……む」
男二人はジョブ持ちを放置して逃げ出した。倒れた男を担いで逃げるのは難しいし、決定打を与えられるような二人でもない。
懸命な判断だ。倒れた男は僅かに腕をあげたが、その手は届かない。
倒れた男は苦悶の表情で動きをとらない。
あの霧は……麻痺させる効果でもあるのだろう。
蝶はしばらく警戒したが、戻ってこないと判断し、倒れた男の体にゴムのように伸びた口が突き刺さる。
ちゅうちゅうと男の血液でも吸っているのか、吸われるたびに男は苦痛に顔を歪めるが動かない。
死ぬまで時間がかかりそうだ。僕は蝶の背後に回り、ゴブリンダガーを持つ手に力を込める。
気配はぎりぎりまで消し、ぴくりと蝶の羽が動いたのを目にとめ、一気に飛びかかる。蝶は男から口を離すのが精一杯だったようだ。
僕は羽を切り裂くようにゴブリンダガーを振るう。それなりに、傷つけたところで、ゴブリンダガーを離して羽を引きちぎる。
動こうとした頭へと噛み付き、そのままもぎ取る。
口に僅かに体液が入ったが、気にはならない。もっとまずいものは闘技場でたらふく食べてきた。
手からこぼしたダガーを拾い直すと、パラライズバタフライダガーが新しく解放された。長くて噛みそうだ。
「まだ死んでいないようですね? 大丈夫ですか?」
「……」
男は一生懸命首を動かすが、まだ痺れは切れていないようだ。そこで僕は一ついいことを思いついた。
「人間を殺すとどんな武器が手に入るのでしょうね?」
好奇心が強くなり、僕はちょうど手ごろのいい男に狙いをつける。
すでにいつ死ぬか分からないくらいに疲弊しきっている。ここで死んだとしても、誰も文句は言わないだろう。
「……や、めろ」
男が言葉を吐き出すが、僕は顎に手をあてて自分への利益を考える。
「ジョブ持ち、でしたよね。僕は僕の好きで動くので、やめろと言われても……ねえ?」
「やめ……!」
ゴブリンダガーを男の顔の横に突き刺す。男はひぃいと悲鳴をあげて体を僅かに動かす。
麻痺の効果は持続が長いようだ。一対一ならば、絶対にくらってはいけない。
「驚きましたか? 一応、ある人との約束で自分勝手な人殺しはするなって言われています。あなたに無理やりな理由付けも面倒なので、今回は見逃しましょう」
助けた恩がどうたら、そんなものは嫌いだ。恐怖を与えれば後でお礼をしようなどとも考えない。
僕は、川で服についた汚れを洗って水分を補給する。
魚がぴょんと跳ねたので、ためしにダガーで斬りつけると魂がダガーに吸い込まれる。
体はアユに似ているが、名称はアーユンだった。アーユンダガーには、水中格闘というパッシブスキルがついている。
パッシブスキル、ヘルプを確認すると常に発動しているスキルのようだ。
試しに水を飲みにきたゴブリンを辻斬りしてやるが、ゴブリンダガーに比べて弱そうだ。同様に、パラライズバタフライダーも弱く、ゴブリンダガーのほうが戦闘時間が短い。
この二つの武器に、無理に出番を作ってやる必要もないので、冷遇だ。
しばらく川の辺りで準備体操をしていると、ようやく男が起き上がる。
「……た、助かった」
「僕はあの蝶から武器をもらうためにやっただけですから。とにかく僕はもう行きますね」
「あ、ああ」
一つ気になったのは、死体についてだ。武器が吸収するのは魂というので、生きている相手を殺さなければ武器は解放されない可能性が高い。
だが、一応は僕が殺したものなら、どうなるのか?
僕は以前茶髪男たちが使っていた洞穴に戻る。
ゴブリンがガリ男の死体を食い荒らしていたので、とりあえずサクッと殺してからガリ男にゴブリンダガーを突き刺す。
しかし反応はない。そうなると、ダガーで殺した敵しか無理なようだ。
そもそもそれが可能なら、たぶん、クリスタルが解放されたときにゴブリンダガーも解放される。
無駄足ではあったが、一応の収穫と前向きに捉える。分からないことは一から探っていくしかない。
僕は洞穴を後にして、パラライズバタフライを探す。パラライズバタフライダガーのレベルをあげれば、麻痺に似たようなスキルが解放される可能性を予想してだ。
パラライズバタフライを探し、なるべく一体のときに戦闘を挑んでいく。あの霧をくらうと、その時点でゲームオーバーだ。
その過程でゴブリンダガーがゴブリンダガー・セカンドになった。パラライズバタフライもセカンドになったが、切れ味が上昇しただけで他に利点はない。
後、面白いものを見つけた。
熟練度というものがあり、それは僕の体に蓄積されていく。それを使って武器を覚醒させることも出来るようだ。
武器を覚醒するには、各ダガーを最高レベル――サードにまで上げる必要がある。現在熟練度は三十。これは、僕が倒した魔物の数とたぶん同じだ。
武器の覚醒は先が見えないのでかなり苦労するが、今日一日の成果としては中々いいほうだろう。
明日は、パラライズとゴブリンのダガーをサードにまであげようと思い、洞穴に戻って睡眠についた。