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第七話

 闘技場……。金のない人間や犯罪者を閉じ込めた世界だ。そこに住む人間は手首に酷い痣があったり火傷があったりする。犯罪者として強制的につけられるいらない証だ。

 その証は一生消えない。消えかければ、また傷を作られる。闘技場に住んでいる限り、僕たちはそこの奴隷みたいなものだ。

 もちろん、金持ちのおもちゃとして、奴隷として売られることもある。とはいえ、表向きは禁止されているため、密かにだ。


 そこで一生を終えるはずだった僕は、今の雇い主に出会って、購入してもらい、自由な世界を与えてもらった。

 だが、僕は雇い主に何の恩も返せていない。

 もらった恩を返すまで、絶対に死ぬつもりはないし、この世界もさっさと脱出してみせる。

 起床とともに、寝惚けた頭を起こすために過去のことを少し思い出してから、僕は洞穴を出る。

 僕は森の中を歩いて、クリスタルを探す。圧倒的に強く慣れるクリスタルは、最優先事項だ。

 アレを入手しない限り、この島を安全に移動することは不可能だ。


 僕が本気を出してやれるのは、似たような背丈の魔物だ。さすがに自分の倍ほどでかい魔物に対しては、攻撃が通用したとしても戦いづらい。

 僕は朝食にゴブリンを焼いて食す。そこそこの柔らかさがあり、うまい。僕はむさぼるように久しぶりの肉をあっという間に平らげる。

 火はゴブリンが持っていた道具――火打ち石と火打ち金だったのでそのまま使わせてもらった。火はもう消えかかっているが、匂いにつられて何が来るか分からない。

 食事を終えた僕はさっさとその場を移動する。

 とりあえずの目標であるクリスタルを探しに向かった。




 見つからない。簡単なことではないと頭では理解しながらも、苛立ちは消えない。

 僕は怒りをぶつけるように枝を折る。盛大に葉が落ち、僕の頭に襲い掛かる。さらに、ムカついただけだった。

 半日ほど歩いたにも関わらず、ロクに情報を得ることができなかった。木の実を片手に捜索を続ける。

 積もった葉をひっくり返したり、川の中に頭を突っ込んで探したりと探せる場所はあらかた探したと思う。それでも見つからないため、川に小便を流して他の人に嫌がらせもした。

 あちこち探してみたが手がかりの欠片もつかめずに、神様を恨んだ。


 神なんて信じてはいないが、今はいるとして、とりあえず目の前に出てきてほしい。一発殴ってやる。

 行き場のない怒りを、ゴブリンを殺すことによって解消する。

 本当にどうなっているんだよ……っ。

 ゴブリン程度なら、問題なく狩れるほどに慣れた。


 だが、魔物はゴブリンだけではない。恐竜や、オークとはまだ戦えていない。今出会っても、ダメージを与えられずに殺されるだろう。

 そして……結局何の情報も集まらないままに、夜も遅くなってきてしまう。風は冷たく、突風が吹けば身を縮こませてしまいそうだ。

 さっさと木の実を回収して、洞穴で寝よう。

 本当は、夜に探すほうがいいのだろう。クリスタルは僅かながらも光を放っているので、闇の中で探したほうが、見つけやすい。

 とはいえ、夜に活動する魔物もいるかもしれない。

 僕も夜目は聞くほうだが、魔物と張り合えるとは思っていない。ゲームとかでも、夜のほうが魔物が強くなる、とか雇い主が言ってたし。

 このまま時間をかけたくはない思いもあり、僕はどうにも中途半端な気持ちのまま木の実を見つける。


「あれは……?」


 やや高い木についている木の実は、薄く光っている。光る木の実など今まで見たことはない。

 僕の中に小さな可能性が芽を出す。もしかしたら……。

 僕は早速登ることにする。細い木のため、登るのは難しい。おまけに表面がつるつるしていて、これが試練のように感じる。

 何度かすべったところで、膝をすりむいてしまう。一張羅のジャージはとっくに砂で汚れている。


「ああ、くそ……登りにくいな」

 

 呪詛のように木に愚痴をこぼすが、取りやすくなるわけではない。

 と、僕が何度も滑り落ちている音に反応したのか、草木が揺れる。僕は即座に近くの木に身を隠す。

 小さな狼のような魔物だ。今まで見たことがない。夜になって行動範囲が増えたのかもしれない。

 やはり夜は危険だ。狼は鼻をひくつかせながら、じわりじわりと迫ってくる。まだ見つかっていないのか、狼は僕目がけて突っ込んでくることはない。


 狼を犬と同じと考えれば、危険さが分かる。敵意をもった犬は、人間にとって脅威だ。狼ならばさらに危険になるだろう。

 僕の表面に汗が滲む。落ち着け、落ち着けと僕は吹き荒れる風で体を冷ます。風……?

 僕は風向きを理解して、少しずつ体を動かしていく。狼の鼻に届かないように、臭いを消せれば。

 ゆっくりと、木と闇を利用して移動していく。僕の目は次の木を捉え、そこに移動する。あそこに隠れられれば、やり過ごせるはずだ。

 だが、不意に狼は僕のほうに顔を向ける。見つめあう僕ら。なぜだ。

 僕は原因を確かめ、顔を動かす。

 足元にあった小石を蹴っていた。狼の耳は最悪にもその微量な音を拾ったのだ。


「ウゥルル!」

 

 狼の初速は信じられないほどに速い。迫っているのを認識したときには、懐に入られていた。

 噛み付きをどうにか、僕はかわす。そのまま先ほどの木の実目がけて走っていく。

 狼が僕の背に襲い掛かり、僕は衝撃に転がる。転がってダメージを最小限にする。

 立ち上がろうするが、狼がのしかかってきた。


「ウゥルルル!」


 狼は涎をたらし、べろりと長い舌で口元を舐めている。ぽたぽたと臭い唾液が顔にかかり、僕の不快メーターが跳ね上がる。


「離しやがれ、くそ犬が……ッ」


 狼が全体重をかけて僕を拘束してくる。だから、僕はどうにか動く右足で渾身の膝蹴りを腹に叩き込む。

 狼は怯み、僕の体から離れる。爪の間に入るのも気にせず砂を掴んで投げつける。

 誰もいないのだから、敬語は不要。雇い主に口の悪さを直すように言われ、僕は誰に対しても敬語を使っていたが、一人なら守る必要はない。


「こいよ、くそ野朗がっさっき攻撃してくれた分全部返してやるよ!」


 両手を振り回し、精一杯に挑発する。狼が加速してきて、僕は寸前のところで回避する。ブレーキをかけようとした狼の背中へと向かう。

 だが、攻撃するためじゃない。


 狼の背を足場に 僕は跳躍する。腕を懸命に細い枝へと突き出す。――届いてくれ!

 伸びた手の先が枝に触れる。僕はその感覚が伝わると同時に、固く握る。

 枝はすぐに悲鳴をあげて、折れそうになる。すかさず別の枝に飛び乗り、反動を活かして登っていく。

 正直かなりしんどい運動だ。だが、数回登ってようやく光る木の実を手に入れる。


 高さとしたら、三階建てくらいだろうか。それでも、細いため、いつ折れるか分からない。

 木の下、さっさと落ちて来いと狼は吠え続けている。やかましいわ。

 僕は飛び降りても大丈夫な位置まで下りた後、望み通りに飛び降りてやった。狼は驚いたようだが、避ける間も与えない。

 片足を狼の背中に向ける。


「ウゥゥゥッ!?」


 背骨が折れる感触が足に伝わる。膝を折りたたみ、僕は狼の頭に鋭い拳骨を落とす。


「はっ、いいクッションだったぜっ。次はどこを折られてえんだ? 全身バキバキにしてやるよ。おら、立てよっ!」


 僕は油断せず、足の骨すべて折ってからその場から逃げ出す。今の台詞を雇い主に聞かれれば、一時間は正座でお説教を聞かされる。

 狼をボコボコにした僕は、死体の臭いを払いながら逃げだす。

 どれだけ走ったか分からない。どんな道を通ったのかはっきりとは覚えていなかったが、僕は小さな洞穴にいた。乱れた呼吸を直しながら、手に持つ木の実を食べていく。

 やがて、光が一際強くなる。僕の食べる速度もあがり、光の原因はすぐに現れた。


「はは……やったぜ。これでどうにかなるな」


 大きな安堵が体を貫き、僕は弾かれるように寝そべる。手に持ち光の正体――クリスタルを掲げて全体を眺める。夜空の星に負けないほどに輝いたそれを見て、僕はガッツポーズを作る。

 やっと本格的に探索ができるようになる。探索が出来れば、地球に戻る手段も見つかる。一気に道が広がったような気がした。

 今まで、変な魔物にはたくさんあってきた。そいつらを狩れると思うと、夜眠るのも楽しみになってくる。

 クリスタルを手に持って、僕ははっと動きを止める。

 力を得るためには持っているだけでは駄目だ。力を手に入れるために変なことを口走っていたな。

 あれを言うのかと思うと、多少の気恥ずかしさが生じる。


「……クリスタルよ。僕に力をくれ」


 棒読みでクリスタルに語りかける。

 雇い主にこんな場面を見られたら自殺物だが、幸い誰もいない。クリスタルから光が現れ、僕の体内にクリスタルが入り込む。


『職業、暗殺者を入手しました』


 クリスタルの光が止むと、そんな機械音が耳に届いた。装備品として、腰にはナイフのようなものがある。太さから判断するに、ダガーだ。

 これがガリ男が持っていたグローブの代わりのようだ。

 手に持って適当に遊んでいると、何か文字が表示される。


 ダガー(職業武器)


 職業武器? わけが分からないが、なにやらヘルプがあるようなので、読んでみる。


『職業武器。その職業ではそれ以外の武器が装備できません。暗殺者はダガーとその派生の武器のみです』


 つまり、このダガーだけで生き延びるのか。そうなると拳とかよりかはマシ、なのかもしれない。

 僕は試したい気持ちを抑え、仮眠を取ることにした。外は完全な闇。今出歩くのは危険すぎる。

 眠りながらも僕は深いところでは眠れない。途中、何度か魔物が近づいてきたが、洞穴に入ってくることはなかった。

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