第六話
僕はガリ男の指示に従って、夕食の食料を確保していた。その間、ガリ男はリホといちゃいちゃしている。
「おい……てめえ、少しは笑えよ」
「……はい」
「泣くんじゃねえよ! うるせえなっ」
リホはずっと涙を流している。だが、涙を見せれば、ガリ男が殴る。悪循環。
ガリ男も初めは罪悪感があったようだが、今ではすっかり慣れてしまったようだ。
洞穴の中で、ガリ男がリホに食べさせてもらっている。なんというか、昔にありそうな光景だ。
小さな世界の王様だ。
茶髪男は食事を終えてから、こちらを見る。たぶん、作戦を決行するのだろう。やる内容は難しくない。
茶髪男がガリ男を殺す。僕と丸坊主たち男を中心に援護するだけだ。
喉でも一突きすれば、さすがにクリスタルの力でも防ぎきれないだろう。
ガリ男はニヘヘと気持ち悪く笑い、リホに顔を近づける。そこに割ってはいるように茶髪男が大声を出す。
「いい加減にしたらどうなんだ!」
「な、何をするつもりだよっ! 俺にはこれがあるんだぞ!」
茶髪男はチラとガリ男の手を見たが、強気な目を維持している。
「キミは、間違っている! こんなことをしても、ここから脱出はできないんだ!」
まだ切り捨てるつもりはないのか? 僕は茶髪男の甘さに呆れながらも、否定するつもりはない。
そういった弱さは別に嫌いじゃない。
このまま突き通していくのは厳しいだろうが、こんな世界にも茶髪男のような奴がいることに、人間捨てたものではないと感じた。
「うるせえ! 知るか! 俺はこの子と一緒にここで暮らせればそれでいいんだよ!」
「……そうか。なら、俺もお前を殺してでも、ここを守るっ」
茶髪男は迷いを目に残しながらも剣を構える。まさか歯向かってくるとは思っていなかったのだろう。
ガリ男は明らかに狼狽していた。
大きな力はあれど、振りかざすまでの覚悟はないのだ。
「クリスタルの力を持つ俺に、敵うわけがないだろ! それに、これからヒーローになるんだっ! 俺は悪くないんだ! 貴様が悪だ!」
「みんなを守れるならかまいはしない!」
剣を振りかぶった茶髪男と面食らったガリ男。優勢なのは茶髪男だ。そして、僕たち全員が敵となっている今、ガリ男は不利に近い。
「待て! こいつがどうなってもいいのか!?」
「きゃっ!?」
ガリ男は予想外の行動に出た。
「そこで人質として使うのですか……」
僕は思わず声を上げてしまう。
場違いなのは分かっていたが、ヒーローがどうたら言ってるやつが、情けない敵のような発言をするとは思っていなかったため、虚を突かれた。
「ヒーローは何しても許されるんだよっ! こいつがどうなってもいいのか!? それ以上進んだら、お前は人殺しだぞっ」
「くっ……! お前、自分が言ってることを理解しているのか!?」
茶髪男の発言に全員同意だ。ガリ男が殺したのを、茶髪男のせいにしようとしている。
ガリ男は怯んだ茶髪男に近づいて、顔面を殴る。もちろん、リホを人質にしたままだ。
ガリ男は茶髪男に対して、本気を出せていない。やはり、殺すつもりはないようだ。
茶髪男は頑丈で、鼻から血を流しながらも手の甲で拭っている。
「無様だなおい!」
「本当にこんなことしてて、いいと思っているの?」
「当たり前だっ。俺はこの島の支配者になってみせる! 歯向かう奴らは全員殺してやるんだよ!! その初めがお前だっ!」
僕は情報を集め終わっているので、今夜にでもこいつらを見捨てて逃げてやろうと考えていたんだが……。
さすがに見ていて苛立ってきた。
「なら、まずは僕からやってくださいよ」
ゆっくりと笑みを浮かべながら、僕はガリ男に近づいていく。
茶髪男の決意は十分見せてもらった。彼なら、たぶん、大丈夫だろう。
「お、お前……それ以上近づくな! こいつを殺すぞっ」
茶髪男にしたように脅しをかけてくる。その発言をしただけで勝ちだと思っているのか、ガリ男は見下すような笑みを浮かべている。
だが、僕の歩みは止まらない。止まるわけがない。そんなもの、耳に入っても抜けていく。
「聞こえてねぇのか底辺野朗! それ以上近づいたら、殺してやるぞ!」
そう言って、ガリ男はリホの首を掴む。グローブの力のおかげか、リホの細い首に指が食い込んでいく。
「ほら、早く殺してくださいよ」
僕はさらに一歩を踏み込む。ガリ男は僕にあわせて後退していくばかりだ。
「見えませんか? さっきから近づいているのですが……」
「お、お前! 人殺しになるんだぞ」
「それはあなたが殺すのでしょう?」
「仲間が大切だと思わないのかよ!」
ガリ男は前提条件を間違えている。
「人質ってのは相手にとって大切な人間だから意味があります。僕とその女の間に関係はありません。どうぞ、勝手に殺してください」
「何を言ってるんだよ……?」
「犯罪者が自分の仲間を人質だ! って言って警察を脅したって意味ないでしょう? 今のあなたはそれと同じ行動をしいます」
「お、お前! 本当に人間かよ! おかしいだろっ」
それをお前に言われたくない。
「世間から見ればそれが正しいだろうけど、僕は世間がいう授業なんて大して受けていませんでした。まあ、不良だったんですよ。そういう意味では、あなたが僕を底辺野朗と呼ぶのはあながち間違いでもありませんね」
さらに一歩近づくと、ガリ男は背中を洞穴にぶつける。これ以上下がれない。
「殺さないのですか?」
「う、うるせえ! 俺は悪くないんだぞ、お前が悪いんだからな! 俺の言うことを聞かなかったお前のせいでこいつは死ぬんだよ!」
ガリ男の視線は女に集中する。目の前の敵から視線を外すな。
僕は地面を蹴り、ガリ男の懐にて拳をうつ。
「がはっ!」
ガリ男がむせて、リホを掴む手から力が抜ける。無理やり引き剥がし、僕は丸坊主のほうへリホを押す。
ガリ男は、胸を押さえながらこちらを睨んでくる。
「ほら、人質がいなくなりましたよ。次はどんな手を使うのですか? 今度は自分の首でも賭けてみますか?」
「テメェェェ……殺してやる!」
ガリ男が拳を構えて、僕に殴りかかってくる。適当すぎる。
技の欠片もない力任せの一撃。
だが、それがゴブリンを吹き飛ばしたことは知っている。
一撃を腹に受けるとずしりとした重みが伝わる。僅かに体に痛みが広がる。
「はは、どうしたよっ!」
が――僕にはこの程度の打撃は効かない。大した気持ちもこもっていない、クリスタルに頼りきりの一撃を僕は鍛え上げた体と意志で受け止めた。
「な、んだ……よ。おまえ、効いていないのか……?」
高笑いしていたガリ男は僕を見て体を震わせる。
僕は体を軽く動かし、調子を確認する。
「大して効きませんね。それでもまあ、やっぱりクリスタルは素晴らしい力を持っているようですね」
僕は笑みを向けてやり、体重を乗せた一撃をガリ男にお返しで与える。これが本当の殺すための拳だ。
加減はしたが、ガリ男は唾を吐きながら、うずくまってむせ続ける。まだ加減しているが、それでこれならこれ以上は無意味だ。
冷たい地面にうずくまるガリ男は目つきだけは一丁前だ。
僕は地面に倒れているガリ男の肩に剣を置く。剣を通してガリ男の震えが伝わってくる。顔を血と涙で汚しながら、必死に片手を向けてきた。
「ま、待ってくれよ! お前、人殺しになるつもりかよ!」
「この島は異世界ですよね。僕が人を殺して、誰が裁くのですか、天才くん」
もう何度も言っていることだ。
戻って証拠を提示出来れば通用するかもしれないが、そこまでの情報が残るわけがない。ガリ男もその事実に気づいたのか、涙を浮かべて僕にすがりついてくる。
「やめ、やめてくれ! ごめん、悪かった! だから、やめてくれよ!」
「本当ですか?」
「え?」
まさか、そんな言葉が返ってくるとは思っていなかったのだろう。ガリ男は期待するような目になる。
「本当に、反省していますか?」
「あ、ああ! もう、絶対にしない! 本当だ! 神に誓うよっ」
「なら、そこに土下座してください。額を頭にこすりつけて、あいつらに謝ってください」
ガリ男はすぐに膝をこすりつける。
「わ、悪かった! もうしない! この力もみんなのために使うから! 殺さないでくれ!」
こいつの性格は元々、こんな情けないものだったのだろう。
僕はガリ男への注意を厳しくしながら、後ろの仲間たちを見る。さすがに哀れんだような目つきである。随分と優しい奴らだ。
「サエキくん、もうそれ以上は……いいんじゃないかな?」
「でしょうね。これ以上は聞いても無駄ですよ」
一度裏切った奴は何度も裏切る。僕はそれを過去の経験で知っているため、剣を振り下ろした。
ガリ男の首がおかしな方向へ曲がる。断ち切るまではいかないが、生きているわけがない。
誰も予想していなかったのか、悲鳴に近い声が漏れる。
「これで、許したかもしれないが、僕はまだむかついていましたから」
ガリ男は首をおりながら、ちくしょうと言った気がした。返り血を浴びないように距離を取ったが、少しついたかもしれない。剣を地面に捨てて、怯えた目でこちらを見る四人に目を向ける。
と、ガリ男の死体から何かが光って現れるのを見た。クリスタルのようである。……そんなことも言っていたな。
僕はクリスタルを拾って茶髪男に投げ渡す。
茶髪男は一度落とし、震えた手でどうにかそれを回収して、恐る恐ると、
「……こ、これは?」
「僕からのプレゼントってことで勘弁してください」
そろそろ頃合だ。クリスタルに関しての確かな情報も手に入ったし、こいつらには感謝はしている。
何も言ってこない彼らを無視して洞穴の外に向かう。
ああ、一つ忘れていた。
「すみません。あなたには嫌な思いをさせました」
リホにそう声をかけてから、僕は興味をなくして洞穴の外に出る。
だが、一つの足音が僕の背に追いついた。
「お前は……ここに残ら、ないのか?」
茶髪男が洞穴から飛び出して、声を張り上げる。
僕は苦笑とともに、振り返る。出来る限り怖がらせないよう、精一杯の笑顔を浮かべる。
「これを見てもそれをいえますか?」
僕は右腕の裾を引っ張り、手首を回るようについた火傷を見せた。もしも地球に戻れたとしたら、この情報は死んでも守り通さなければならない。
それでも、茶髪男の甘さを知っているからこそ、僕はそれを見せ付けた。たぶん、彼は誰にもこのことを話さない。僕も大概甘いやつだ。
「それ、は。闘技場の……証か?」
「ああ、僕がおかしい理由、少しは分かりましたか?」
「……」
「さすがに、犯罪者と一緒に寝食を共には出来ないでしょう?」
「いや、でも――」
食い下がる。本当に、馬鹿な奴だ。
「仮にあなたがよくても、他の連中は嫌がると思いますよ。僕も、全員に火傷を見せたくありません。それより、僕じゃなくて慰めなきゃいけない人たちがいっぱいいるでしょう? すぐに戻ったほうがいいと思いますよ」
リホはガリ男に酷い扱いを受けていた。僕が彼女の立場なら、今までの環境を加味して、自殺を考えてもおかしくない。
「僕は一人のほうが慣れています。僕に合わせられる奴がいるなら考えますが、あなたたちは弱すぎますよ」
「……全部押し付けて、悪い」
「僕は何もしていません。こっちこそ、横取りしてすみません。この島にも闘技場の奴らがいるかもしれませんから、甘すぎる考えは今のうちにどうにかしたほうが身のためですよ」
最後に決定的事実を突きつけて、僕は茶髪男の返事を聞かずに歩き出した。
どこで、寝るかな……。それだけが不安。
例え、寝ていたとしても敵が近づけば僕は気づける。だが、起きてすぐに逃げ出すのは面倒なので、なるべく魔物が近づかない場所にしたい。