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第四話


 洞穴を出て空を見上げる。全部夢でした、とか都合のいいことは起きそうにない。

 紫色ではあるが、夜に比べれば明るい空。

 僕は伸びを一つして、新鮮な空気を肺一杯に取り込む。


「これからクリスタルを探しに行こう。さっき話したとおり、全員での行動だ」


 茶髪が指示を出すと、恐々としながら女二人も頷いた。

 男たちもすでに決意は固まっている。

 茶髪が先頭を歩き、最後尾で仲間外れとなったガリ男の横に僕は並ぶ。ただじっと歩いていても暇なので、会話を試みる。


「眠そうですね」


 ガリ男は目を一生懸命にあけようとする。腐った目の下にはくっきりと、クマが出来ている。


「当たり前だろ……お前、なんで眠れるんだよ」

「あなたも少しは寝ていましたよね? 僕の場合は少しで十分ですからね」

「一時間くらいしか寝れてねぇよ。お前みたいなガサツな奴と違って、繊細なんだよ」


 ガサツか、確かにそうだ。ガリ男はふわぁとあくびを一つ。

 六人で森の中を移動する。大人数で移動すれば、敵をやり過ごすのが大変だが、少人数でも大して変わらない。

 幸い魔物の遭遇はなく、一つ目の森を抜けた。道があり、対面にもう一つの森がある。

 似たような木が並んでいて、どこにいるのか分からなくなりそうだ。

 茶髪男が森に入るかどうか考えていた。


「どうしたんですか?」


 ジッとしていれば危険ばかりが高まる。


「いや、この後どうしようかなと思ってね」

「全員お腹も減っているみたいですし、どこかを拠点に食材でも探したほうがいいと思いますよ」

「そうだね。少し、歩いてみようか」


 しばらく歩くと、謎の銅像に出くわす。銅像は噴水のように水を出し、しかも透き通るほどの綺麗さだ。


「飲める、かな?」

「試してみるしかないですね」


 茶髪男が飲むと、味も問題ないようで笑顔に包まれた。


「ここを拠点に朝食を探しに行こう」


 銅像を観察していると、胸の当たりにダイヤの形のくぼみを見つける。

 僕が気づくと同時、ガリ男が声を荒げた。


「もしかして、これってクリスタルがあったんじゃねえの!?」

「そうかもしれませんね」

「マジかよっ! ああ、クソっ最悪だよ!」


 手に収まるほどのサイズだ。これだと、よく観察しなければ見つけるのは難しいだろう。

 班員の落胆が大きくなったが、食料集めを開始する。

 班を分けることになった。クリスタルのときは分けなかったが、恐らく見つけたときのことを考えてだろう。


 クリスタルを見つけた人間が二人ならば、殺し合いに発展するかもしれない。そして、クリスタルの力を手に入れれば、一人で行動するはずだ。

 六人もいれば、全員が自分の物にしたがり、表立っての喧嘩にはならない。

 一人でも力を欲したならば、全員でそいつを迫害すればいい。裏で何が行われるかは考えたくないが。そうなると、持たないものたちの班行動は危険が付きまといそうだ。


 ガリ男と一緒に食材探しに向かう。ガリ男、茶髪男、ギャル女は腕時計を持っているので、一時間後に戻ってくることになる。

 僕も時計の一つでも携帯しておけばよかったな。ジャージのポケットを漁って出てくるのは、ゴミと埃くらいだ。チョコレートも昨日の見張りの途中で食べてしまったし。

 道中ガリ男の話に付き合うことになる。喋るのは好きなようだ。というか、自慢話ばかり。

 ちょっぴり嘘も混ざっているようだ。


「俺はさ、高校も大学もトップレベルだったんだよっ。なのに、会社は俺を落としたんだ。ありえないだろ!?」

「そうですね」

「見る目がないんだよっ! どいつもこいつも! だから、異世界に来れて清々するぜ! この世界なら、俺は絶対にヒーローになれる!」

「そぉぉですね」

「ちょっとふざけてるか?」

「かなりですよ。それより木の実、ありましたよ」

「おっ、まじか!」


 少し歩いたところで、上のほうに木の実がついているのを発見する。さすがにジャンプして届く距離ではない。

 木の幹は所々削れている。魔物が爪を研ぐのにでも使っているのかもしれない。さっさと回収しよう。


「アレを取るにはどうすればいいですか天才くん」

「普通に考えて肩車か足場を作ったほうがいいな」

「よし、頼みました」


 僕はガリ男をしゃがませる。


「いやいや、お前のほうが背高いだろっ潰れちまうよ!」

「確かにあなた、小さいですね。ですが、足場になってくれませんか?」

「なんでだよっ!」


 なんでもこうもあるか。僕は人差し指を立てる。


「人に踏まれるのは嫌なんですよ」

「自分勝手すぎるぞ! 俺も踏まれたくないっ。お前が下になれ! どうせ俺よりか学力低いんだろ?」

「学力の低さは関係ありますか?」

「あるに決まってるだろ? 頭のいい人間が偉いに決まってる。頭の偉い人間が上に行くのだ」


 ガリ男はそういってさっさと下になれと命令してくる。僕はふむと頷いて、木のくぼみに手をかけて上っていく。

 僕は太い枝に腰掛けた。


「上れるならさっきのやり取りはなんなんだよっ。無駄だっ、俺は無駄が嫌いだ!」

「落としますよ」


 僕は手を伸ばし、木の実をそこそこの威力でぶつけまくる。重力も加わり、大砲のような木の実がガリ男に直撃していく。

肉の少ないガリ男には大打撃だ。


「いだぁっ!? お前、何すんだよ!」

「木の実割れないようにしてくださいね?」

「俺の頭が先に割れるわっ! くそ、やめろ底辺知能!」

 

 僕は笑いながら二人で持てるだけの木の実を落として、飛び降りる。


「くそっ、痛かったぞバカ猿がっ」

「ウキキウキキウキキー?」


 僕は猿の真似をして、木の実をもう一度ぶつける。


「ちょ、やめろ! 悪かったから!」


 ようやく、ガリ男はあきらめて木の実を、担いだ。僕も持てるだけ持ち、木から離れる。

 目的の銅像に戻ってくると、すでに全員が戻ってきて、それぞれ木の実を分け合う。


「凄い量だね……」

「俺にかかればこのくらい当然なんだよ」


 ガリ男が誇らしげに胸を張る。別に手柄を取られても、木の実が食べられるならそれでいい。

 僕はいそいそと木の実に口をつける。

 みかんのようなものや、リンゴのようなもの。味もみかんやリンゴに似ている。そのまま巨大化しました、で大体正解だ。

 先ほどの噴水で水分を補給して戻ってくると、茶髪男が何かを振り回していた。口についた水を服で拭い、様子を観察する。


「お前、危ないだろ!」


 ガリ男が悲鳴を上げ、奇妙に両手を挙げて後退する。観察すると、茶髪男が剣を振り回していた。

 剣の表面は所々汚れていて、何度も使われたのか切れ味の低下も窺える。

 この持ち主はどこに行ったのだろう。僕たちと同じように迷い込み、そして……死んだのかもしれない。


「あんまり斬れないけど、ないよりはマシだよね」


 茶髪男の動きは悪くない。何かのスポーツをしていたと思われる。イケメンが剣を振り回している姿は様になっていて、ギャル女の目をひきつけている。

 武器が手に入るのは心強い。これで、ゴブリン程度なら茶髪男が倒してくれる。


「みんな休憩はもういい?」


 茶髪男が汗を拭うと、後光が刺したように見える。イケメンは何しても絵になる。

 僕たちは再びクリスタルを探しに出発し、いくつかの森を抜ける。途中、僕たちのようにチームを組んでいる人間と出会うこともあった。

 逆に明らかに自殺をしたと思われるような死体もあった。この状況ではあきらめるのも、正解になるかもしれない。


 人間や魔物は見つかるが、クリスタルは見つからない。半日近く歩き、遅めの昼食を取りながら僕たちの中に一つの疑念が生まれる。

 本当にクリスタルはあるのだろうか? あの噴水のも実は勘違いである可能性もある。

 さすがに僕も少々、ない可能性を疑い始めている。ないのならば、どのように魔物を撃退するのか。考えの重点がそこに移行し始めていた。

 僅かに与えられた希望が見つからず、班員の苛立ちが高まっている。


「なん、なんだよ! 今ここにいるのは、神の失敗なんだろ!? なのに、なんで何のお詫びもないんだよ! 普通ならチート能力くれて異世界が当たり前なんじゃないか」


 どこの世界の話だ。木を殴りつけているガリ男は本気でイラついているようだ。そして、手から血が流れて痛そうに顔をゆがめている。

 だが、それはガリ男に限った話ではない。ここにいる面々は、クリスタルがあることでどうにか生きようとしている。

 その希望がないとなれば、自殺に走る人間も出てくる。ここまで、生きているだけでも十分だ。

 茶髪男の足取りも重い。

 

「まずい、ね」


 茶髪男は精神的な疲労を目立たせながら、僕に話しかけてきた。


「確かにですね。クリスタルをこのまま見つけられなければ、明日はどうなるでしょうね」

「キミは……他人事みたいな口ぶりだね」

「僕はこの程度で死のうとは思えませんから。例え、クリスタルがなくてもどうにかして地球に戻りますよ」

「頼もしい言葉だね。とにかく、休んだら移動しようか」

「そうですね。無茶しない程度に移動しましょう」


 茶髪男はこの中で誰よりも疲労が大きいだろう。そのうちぶっ壊れるかもしれない。

 茶髪男を先頭に、ふたたび歩き出す。やがて日が傾いてきたが、クリスタルは一向に見つからない。


「本当にあるのかよっ!」


 ガリ男はもうずっとこの調子で切れている。ギャル女がぴくりと眉をあげ、髪をかきあげながら指をつきつける。


「さっきからうるさいのよ! あんた、黙りなさいよ!」

「うるせーブス! 可愛い子ぶってキモイんだよ!」

「オタクのてめぇにキモイって言われたくねぇわよ!」

「誰が、オタクだ! あんな馬鹿どもと一緒にすんじゃねえ!」

「あんたの言動を見てれば、あんたも十分馬鹿なのは理解できるのよっ!」

「誰が馬鹿だって? てめえが何千回生まれ変わってもいけないような大学を卒業してんだよっ! わかったら、馬鹿は黙ってろよっ」


 ガリ男が限界に来たのだろう。胸倉を掴んできたギャル女の胸倉を掴み返し、拳を振るった。

 いきおいよく振りぬかれた技術のない拳に、ギャル女が倒れる。

 やられながらも、ギャル女はガリ男を睨み返す。

 ガリ男は一瞬しまったと口を開いたが、開き直るように笑みを濃くした。


「ははっ、てめぇが悪いんだ! 俺は悪くないからな!」

「死ねキモオタがっ!」


 全員あわあわとして誰も止めはしない。僕は近くに魔物がいないか気配を探りながら様子を見ていた。どっちも助ける義理はない。勝手に起こした喧嘩だ。

 第一、止める役目は僕じゃない。


「二人ともやめろっ!」

「ああ、おまえも邪魔なんだよっリア充が!」


 茶髪男が声をあげると、ガリ男がへっぴり腰にパンチを放つ。

 へなへなパンチを回避した茶髪男は、ガリ男の攻撃を避け、情けなく出された右足に目を向ける。

 茶髪男が足を前に出し、ガリ男の腕を掴む。

 

 右足で蹴り上げるように、ガリ男の体を持ち上げる。そのまま、なすすべもなくガリ男は地面に叩きつけられて悲鳴をあげる。

 払い腰に似ている。茶髪男は柔道でもやっていたのだろう。

 加減はされているようだが、ガリ男はむせている。喧嘩は一応止んで、嫌な空気が場を侵食している。


「喧嘩、してる場合じゃないだろ! ……今日は運が悪かっただけだよ。明日はきっと見つかるから、一旦洞穴に戻ろう」


 茶髪男はすぐに切り替えて、息を精一杯に吐き出しながら僕のほうに顔を向ける。

 

「喧嘩を止めてよ……」

「鬱憤はたまるんだから、どこかで吐きだしといたほうがいいと思いますよ?」

「それを見た人が別の怒りを抱え込むんだよ」


 とはいえ、押し込めていてもどうにもならない。どっちもどっちだが、本当にクリスタルがないとなったとしよう。

 その場合ガリ男は発狂して誰かを殺す可能性もある。少しでも負の感情は外に出しておくに限る。


「止まって――」


 洞穴近くまで来たところで、ゴブリンを見つけてしまい呼吸が止まる。三匹が重なるようにして眠っている。女たちが口を押さえて悲鳴を押し殺す。


「……道を変えるよ。足元に注意して」


 茶髪男も慣れたもので、全員は足音を立てないように移動する。その途中、ガリ男は立ち止まり、目を見開く。


「どうしたんですか? 視力検査ですか?」

「ちげーよ! お、おい! アレを見てみろっ」


 ガリ男が声を潜めながら指を差す。僕たちはガリ男を訝しみながら、指差した方向を見る。


「アレはッ!」


 茶髪男も興奮気味に声をあげ、僕も感嘆の声を上げた。

 眠っているゴブリン三体のうち、一体の右手に謎の光がある。サイズから、銅像の胸にはまっていた物と同等くらい。


「クリスタル……か?」


 茶髪男が静かに言うと、みんなの間に嬉しさが広がっていった。

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