第三話
状況を理解したくはないが、異世界であるのはほぼ断定できる。
魔物は僕たちを餌か何かだと思い込んでおり、今もなお森のあちこちで悲鳴が響いている。
空は紫のままだが、暗くなっている。昼と夜の区別はつくようだ。
早めにどこか隠れる場所を見つけないと、夜も眠れない。
僕は森に流れる川で、靴と服の血を落としてから、一人で歩いていた。綺麗な水であり、腹は下すかもしれないが飲めそうだ。
一応は生き延びたが、生きていくのにクリスタルは必須だろう。満足に叩けたのがゴブリンだけで、生き残れるわけがない。
クリスタルを見つけ、この島からの脱出法を探すのが、僕の目的だ。後は、コウジの安否も気になるところだ。
コウジを思い出すと、タナカも思い出してしまう。彼の両親にはなんて伝えればいいのか……。地球に戻ってから考えよう。
僕は適当に拾った草を食べる。日本で見たものに似ているので、食べてみた。うん、問題なさそうだ。
耳を澄まし、気配を探りながら森の中を歩く。
と、人の足音が聞こえた。
一人……三人かな。
魔物から逃げているような足取りではない。何かを探しながらのようで、こちらに向かっている。
気配を消しながら、様子を窺う。男二人と女が一人だ。
会話の内容を探っていると、どうやら洞穴をアジトに、何人かのメンバーで食事を探していたようだ。三人の手にはブドウの一粒を巨大にしたような木の実が抱えられている。この島特有の食べ物なのだろう。
寝る場所として洞穴があるのならそこを利用したい。ここは、彼らについていこう。
普通なら、疑われるだろうが、まともな精神状態ではないだろう。
聞こえのいい言葉を伝えれば、どうにでもなるはずだ。
気配を出して僕は背後から声をかける。
「あの」
「ひぃぃっ!」
全員が悲鳴をあげ、木の実を落とした。転がったそれを掴みあげて、僕は手渡す。
僕が人間であったことに安堵したような息が漏れる。
「い、いきなり声をかけるなよっ!」
「ん? あなたは……っと。お願いします、洞穴に案内してくれませんか?」
僕に驚いた男は、この世界に来てから話しかけたガリ男だ。異世界がどうたら叫んでいた関わってはいけない人。
相手も僕の顔を見てん? と首をかしげているが思い出せないようだ。
ガリ男の隣にいた茶髪男が友好的な笑みを浮かべる。
「うん、いいよ。こっちも仲間が増えるのは心強いよ」
「おいちょっと待てって! 食料はどうするんだっ」
しかしガリ男が反発する。お願いだから黙っててくれないかな。
「分けるしかないよ。今は、助け合わなければいけないんだ」
茶髪男はにこっと微笑む。食料はギリギリのようだ。
何もしていないのに受け取るのは、不満が出るはずだ。
「僕はさっき食事をとったので、いりませんよ。寝る場所を探していただけですから、寝る場所を提供してくれればそれでいいです」
「だ、そうだよ」
茶髪男がガリ男に言うと、ガリ男はそっかと安堵の息をあげる。
「悪い、腹へっててカリカリしてたんだ」
「いえいえ、仕方ありませんよ」
別にガリ男に怒りなんてなかった。
木の実を運ぶのを手伝い、彼らが寝床にしている洞穴に案内してもらう。
すでに、女と男が洞窟にいる。男は丸坊主で、女はどこかギャルっぽい雰囲気だ。
「あ、戻ってきた? どうだった?」
丸坊主が僕に気づき、首をかしげている。ギャル女もぴくりと眉をあげている。
「紹介するよ。途中であったんだ」
「よろしくおねがいします」
僕が二人に挨拶をすると微妙な空気になる。人は多くいたほうが心強いが、その分食料の確保が大変になってくる。それを理解しているのだろう。
茶髪男が説明すると、ひとまず僕は受け入れられた。
それから僕を除く全員で、食料を分ける。
木の実しかないが、一緒にいた女が僕の元にやってくる。
「あの、サエキさん、でしたか?」
「ええっとあなたは……?」
先ほど自己紹介したが、すぐに別れる可能性もあるので、名前は覚えていなかった。必死にひねり出そうとすると、女性は苦笑する。
「私は、リホですよ。ええと、本当に大丈夫ですか? よかったら、私の果実少し食べますか? 甘いですよ?」
リホは手に持っていたブドウを渡してくるが僕は丁重に断った。毎日食事ができるわけがないのに、女性から食べ物をもらいたくはなかった。
「大丈夫ですよ。一日一食程度で生きられるものですから。今日、朝と昼は食事をとっていますので、どうにでも」
「そうですか。私はお昼をとっていなかったので……」
リホはおなかをさすりながら口元を緩めた。
僕は輪から少し離れた場所で全員を観察していた。ひとまず、狂ったような奴はいない。あれほどの事件の後にもかかわらず、破滅的なことを口走る奴はいない。
恐らくだが、茶髪男がこのチームのリーダーだ。全員の様子をしっかりと確認し、みんなが落ち着けるように発言を意識している。
時にはギャグを混ぜたりと、たぶん茶髪男がいなかったら、すぐに崩壊するだろう。
面倒な人たちではなくてよかった。
食事を終え、眠る時間となる。
僕はさほど眠らなくても大丈夫なので、見張り役を申し出る。リホと二人で見張ることになり、洞穴の入り口近くで外を眺める。
とはいっても、洞穴はさして広くない。
会話なんて、僕の元まで聞こえる。内緒話なんて出来ない。
「はあ、全然眠れないね」
茶髪男がそう苦笑する。全員死ぬような体験をして、今もいつ死ぬか分からない状況だ。無理もない。
僕は慣れているから今すぐ寝れるが、こいつらからすれば殺人鬼と眠れって言われてるようなものだ。
それに、寝床も硬い岩と恵まれていない。慣れるまでは中々眠れないだろう。
「な、なんか話でもしないか?」
ガリ男が言ったので、僕も便乗しておく。
「怖い話なんてどうですか? 僕いいの知ってますよ。ある鬼に人が食われてしまうものです」
「なんでそのチョイスだっ!」
ガリ男が激しくツッコミ、僕の発言に全員が苦笑している。
「それじゃあ、簡単に日本での話しでもしない?」
ギャル女の発言により、場の空気が少し悪くなる。
このメンバーを知るのには悪いチョイスではない。
が、地球に戻れるか分からない段階で、故郷の話をするのはよろしくない。思い出して悲しくなってしまう人もいるはずだ。
すでにリホは顔をうつむかせている。
茶髪男は空気が悪くなったのを察して、すぐに言葉を続ける。
「俺は大学生だったよ。まあ、あんまり頭のいい学校じゃないけど、結構毎日楽しかったね」
話をそらすのも確執を残すかもしれない。茶髪男は話を続けることにしたようだ。
茶髪男が簡単に話をして、隣にいるガリ男に目を向ける。ガリ男は言いづらそうにしていたが、とうとう口にする。
「俺は……大学を卒業したけど、仕事はしてない。つけなかったんだ、世界が悪かっただけだ、俺は悪くない」
「ああニートですか」
僕がわかりやすい単語に置き換えると、ガリ男の両目がつりあがる。
くすくすとギャル女が笑い、その他は苦笑だ。
「違う! 不況が悪いんだ!」
ガリ男はちっと舌打ちして体育座りになる。
茶髪男がこっちを睨んだ気がしたが、僕は肩をすくめておいた。
「でも、世界は変わった。ここでは俺みたいな奴がヒーローになることが多いんだ。そして、奴隷とか買ってやる」
ぶつぶつとガリ男がいうと、ギャル女の顔に気持ち悪いという文字が浮かぶ。あからさますぎる態度に僕はくすくすと笑う。
「ゆ、夢があるね」
茶髪男は相槌を打って話を終わらせた。
茶髪男が丸坊主に目を向けると、ゆっくりと口を動かした。
「一応、甲子園を目指して毎日野球をやっていた。後は……特には」
丸坊主の格好はよく見ると、野球のユニフォームだ。上着はシャツになっているが、下はユニフォームのままでこれからずっとそれで生活するとなると、窮屈そうだ。
僕はランニングをしていたので、ジャージだ。
「私はそうですねー彼氏募集中でーす。背の高い人が好きで、あなたみたいな人結構タイプなんだよね」
そういって茶髪男に近づいて手を握っている。
こういう危機的な状況だと男のほうが生存本能が強まると思っていたが、このギャル女たくましい。
僕も一応背は高いが、彼女のようなタイプは苦手なので好かれていなくてよかった。
「地球に戻れたら、考えるよ……」
茶髪男が疲れたようにこちらを見る。僕たちの番なのだろう。
僕は隣にいるリホに先を譲る。
「ええと、私は……中学生でした。街で友達と遊んでいるときに気づいたら、ここにいました」
人見知りもあるようで、顔を下に向けたままぼそぼそと呟いている。
「僕は普通の高校生かな。別に部活をしているわけでもないし、それ以外に話すことはありませんね」
自分で言いながら、普通じゃないよなと笑ってしまう。
僕も予定通りの自己紹介をすると、場は静まりかえった。なんとも微妙なチームだ。
ガリ男は「リア充爆発」と口にしながら、横になる。順々に静かになるが、寝息は聞こえてこない。やはり、眠るのは難しいようだ。
僕は外の警戒をしていたが、誰も眠ることなく五時間ほどが過ぎて、交代の時間になる。
横になり目を閉じる。寝るだけにしようと思ったが、こいつらと一緒に行動して情報を集めるのに専念したほうがいいかもしれない。
クリスタルがどんなモノなのか、一定の条件下でしか手に入らないのか、何も分かっていない。
数が多ければ、普通に探索する場合も見つけやすくなる。
すぐにやってきた睡魔に身を委ね、僕はすぐに眠りについた。