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第二十話

 ウンディーネの湖から、僕たちは洞穴に戻る。その道中で、コウジがヒミリアに言葉をかけている。

 長くいたコウジが一生懸命元気付けているが、ヒミリアの表情は晴れない。

 僕はヒミリアに聞こえないよう、声のボリュームを抑え、キクミに訊ねる。


「ゴーレムって、土人形みたいなものですよね?」

「まあ、だいたいそんな感じね」


 ヒミリアみたいなゴーレムか。ロリコンにはたまったものじゃないな。


「でも……本当にゴーレムだとしたら、どうすればいいのかしらね」


 キクミの目はヒミリアに向けられている。キクミはかける言葉が見つからないようで、頬をかいていた。


「今まで通り接すればいいでしょう。あなたが僕にしたみたいに。そういうのが一番いいと思いますよ」

「あなたは、私の態度に何かを感じたの?」

「嬉しいと思いましたよ」

「もう少し嬉しそうな表情で言いなさいよ。まあ、そうね。今まで通りにしているわ」


 それが一番難しいからな。


「ウンディーネかぁ……。ゲームとかだと、精霊って使役したりパーティーに加わったりするのよね。ウンディーネも一緒に戦ってくれればラクなのだけど……」

「本人が戦うのが嫌なんだから、仕方ないでしょうね。時間があれば、僕たちのことを知ってもらい、それも可能かもしれませんが……」


 とはいえ、戦いになれば援護くらいはするだろう。海竜について、色々と思うところがあるようだし。

 キクミとの話しを終えると、コウジとキクミが入れ替わる。


「ウンディーネさんの話か?」

「ああ」

「ウンディーネさんって、女だよな? 可愛いよなぁ」

「……」


 コウジの性癖って特殊なほうだと思う。僕に迷惑をかけないのならなんだっていいが。

 会話が終わった頃には、中央の森を脱出した。

 紫の空か差し込む光から、もう夕方になっていることが分かる。随分と時間をかけてしまったので、帰りを待つメンバーが不安になっていないかが気がかりだ。

 急いで、洞穴に向かうと、メンバーは今まさに、僕たちの捜索に向かうところだったようだ。


「帰りが遅かったので、心配しましたよ」

「……すまない。それより、急いでメンバーを集めてくれ。島を脱出する方法を見つけた」

「本当ですか!? わかりましたっ」


 危なかった。入れ違いになっていたら、いらない死人が出るところだった。

 リーダーの洞穴にメンバーを集め、湖で会ったことを話す。

 リーダーはトロールに関係することは何も言わない。言ったところで無意味な怒りが生まれるだけだ。

 明日のこともあるので、もう解散となり、僕はリーダーと簡単に明日の作戦を打ち合わせしてから、コウジたちの洞穴に戻る。

 ヒミリアの様子も表向きは普段通りだ。


「そういえば、いつにも増してヒミリアを気にかけてますね」


 森を抜け、洞穴に戻ってきた僕は、コウジの様子の変化に驚いていた。

 元々、ヒミリアの面倒を見ることが多かったが、帰りはさらに気を遣っている。ヒミリアにあんなことがあったから、コウジなりにどうにかしようとしているのかもしれない。

 外も暗くなり始めている。夜は少し用事があるので、僕はヒミリアとコウジの元にはいられない。


「いや、ゴーレムだと思った瞬間、なんか愛おしく感じてきたんだ」

「キクミの場所に行くぞ、ヒミリア」

「……分かった」


 コウジが怒っているが、ヒミリアも笑顔を浮かべている。コウジのように、当たり前に受け入れてくれるのが嬉しいのだろう。


「……おい、サエキ」

 

 ヒミリアが握る手に力をこめてきた。


「どうかしましたか?」

「……やっぱり、私は変かな……」


 ヒミリアは今日のことを気にしているのだろう。明らかに違う耳を触りながら僕のほうを見上げてくる。


「……僕も、少し特殊な環境で育っています。あなたのことははっきりとはしていませんが、僕はヒミリアを見捨てるつもりはありませんから。好きに頼ってください。少なくとも、変だとは思っていません」


 ヒミリアはぼーっとした顔のあとに、目尻を緩める。


「とりあえず、おんぶして」

「……まあ、今日はいいですか」


 嬉しげに微笑んだヒミリアに、僕はもう大丈夫だろうと思う。背中に飛び乗ったヒミリアをつれ、キクミの下にやってくる。


「こんな時間に何しに来たのよ! 夜這いっ!?」


 若干怒り気味のキクミ。原因は別のメンバーが洞穴にいるからだろう。


「違いますよ……ていうか、後ろの人に聞かれてますよ」


 キクミも別のメンバーと仲良くできているようだ。数人が僕のほうに手を振ってきたので、僕も振り返す。

 「キクミちゃんもてるねー」などのちゃかす声に僕は苦笑し、キクミは顔を赤くする。

 

「そ、それで何の用よ?」

「コウジがちょっと危なかったので、ヒミリアを連れてきました。明日まで面倒見てくれませんか?」

「わかったわ。ヒミリアちゃん、よろしくね」


 ヒミリアはこくりと小さく頷いた。

 他のメンバーも優しそうだし大丈夫だろう。僕は夜の森へと向かう。


 夜になると敵が活性化するが、それは僕も同じだ。夜のほうが危険な奴がうろつく、闘技場では、夜こそ本当の戦場だ。

 闘技場での戦いは終わっても、選手はみな鍵のない部屋で眠らせられる。負けた鬱憤を晴らすもの。その隙に他人を殺そうとするものなど、様々だ。

 おちおち眠ることもできないのだから、僕にとってはこの程度の危険、苦もない。

 襲ってくる魔物を全員殺し、ウンディーネがいる湖に戻ってくる。


「ウンディーネ」


 湖に話しかけると、すぐにウンディーネが人型となる。


『なんだ。戻ってくるのが早いな。忘れ物でもあったのか?』

「色々と用事がありましてね」


 僕は服についた葉を落としながら、湖に近づいていく。


『人間。お前はどうにもおかしな奴だな。人間は最後に私と敵対したのだぞ?』

「それはこの世界の人間であって、僕には関係ありませんよ。お前の怖さを僕は知りません」

『そうだったな』


 僕の国でも昔は、水の問題とか色々あったらしいから、根底的なところは変わらないかもしれない。同じようにウンディーネを買う可能性もある。

 ウンディーネに対しての恐怖、それどころか水に対して深い考えを持つ人間なんて少ないはずだ。


『そういえば、そうだな。この島にいる人間は、比較的綺麗に扱ってくれている。だが、川で血を洗ったり、普通に小便を流す奴もいる』

「見かけたら注意しておく」

『貴様だ、アホが』


 ウンディーネの前に座ると、ウンディーネも空中で座る。組まれた足から滴る水が湖に波紋を作っていく。


『それで、何をしにきたんだ? 私にアホと言われるために来たわけではないのだろ?』

「少し、世界のことを聞ききたかったのです。この世界に何があったのですか? 切り離された世界ってのはどういうことですか?」

『……昔話か。たまには、そういうのもいいか』


 僕はこの世界を全く知らない。ウンディーネとの会話の最中も疑問に思った単語があった。

 知らなくても帰る分には問題がないだろう。だが、僕は最悪を想定する。

 切り離された世界というのなら、元の世界がある。もしも、僕たちがそこに辿りついてしまったら――。

  

『私がこの世界に来たことを説明するのが手っ取り早いだろうな』


 ウンディーネが前置きをして、語りだす。


『人間と魔族の戦争が起こり、人間は多くの武器を作った。その武器を作るときに大量に悪い物質が発生してな。水が汚れていった』

 

 どこにも似たような話はあるものだ。


『水を汚すのが、例えば人間の排泄物ならば仕方ないことだと知っている。私にはそういった機能はないが、人間は出さなければ体に問題が出るらしいからな。私は人間側の存在だったが、戦争によるものだったからな。私は不満がたまっていった』

「人間からしたら仕方のないことだったのでしょうね。戦士が戦うには武器が必要で、戦争が起こってるなら、さらに必要になります」

『そうかもしれないが、起きた戦争事態にも不服があったのだ。人間と魔族はより多くの大地を得るために、戦争を起こした。それまでは、問題なく生きていたのだから、私には必要な戦争とは思えなかった。だから、やめるように伝えていった』

「あなたには無意味と思えても、もしかしたら、意味があったかもしれませんよ。例えば、どちらかの土地がこの島の海のように汚染されたりしている可能性もあります。あなたが知らなかっただけで、やむにやまれぬ事情があったのかもしれんません」


 ウンディーネは顎に手をあてて、ゆっくりと頷いた。


『そうだな。知識が少ないのは認める。実際、私は世界のすべてを知っているわけではない。とはいえ、人間が明らかに私に敵意を向け、私の言葉を無視するようになった』

「そうですか……」


 人間を恨む理由は、水がきっかけではあるが、水だけではないようだ。


「世界が切り開かれたってのはどういうことですか?」

『大魔術の一つらしい。私が住むこの島は精霊が住む土地だったのだが、国単位の巨大魔術で、その島ごと別の世界へ飛ばしたのだ。噂では、魔族の土地も同じように吹き飛ばしたらしい』

「恐ろしい魔法があるのですね。というか、そこまでの力があるなら、ウンディーネを殺すこともできたんじゃないですか?」


 世界ごと切り離すなんて面倒なことをしなくても、ウンディーネを殺したほうがラクだと思うのだが。


『さあ、どうだろうか。私は水さえあれば復活できてしまう、完全消滅ということを体験したことがないから、分からないな。それに、私を殺すつもりはなかったのだろう』

「あなたは今まで水を綺麗にしていましたからね。人間からしたら、大切な存在でしょうね」

『そうなのだろうな。私も人間は大切ではあった。だからこそ、私は何度も人間と交渉をした。水をこれ以上汚さないようにしてくれ、と。人間側も私の事情は理解していたが、結局お互いが満足できる答えにはならなかった』


 ウンディーネは懐かしむように相変わらず紫の空を見上げる。


『人間の、最後の慈悲と言ったところだったのだろうな。本当に、わけのわからない生き物だ。気に入らない物をすぐに殺すようなこともあれば、私のように生きたまま別の世界に切り離すこともある。本当に、謎だ』


 ウンディーネは本心ではそこまで人間を恨んでいなかったのか? 話をしている間、ウンディーネからは怒りを感じなかった。


「色々人間が迷惑かけたみたいで、すみませんね」

『本心ではないだろ』

「あらら、ばれましたか」 

『お前を見ていればな。悪いとなんて思ってもいないはずだ』

「戦争ってのは色々と利点もありますからね。水が汚くなろうが、最低限で人間は生きていけます。透き通るような水じゃなくても、飲めれば生きていける。ウンディーネと違うのですよ」


 特に僕なんて、生まれてからずっと汚れた水を飲んでいた。どんどん身体が適応していったので、綺麗な水を飲むと腹を壊すこともあるくらいだ。


『全く、貴様のような人間にこんな話をするとは思わなかったな』

「貴重な話をありがとうございます。いい息抜きになりました」

『不思議な奴だな。人間のクセに、人間らしくない』


 僕には褒め言葉だ。


「そういや、あなたって性別あるのか?」

『女だ、それがどうかしたか?』

「コウジが聞いたら嬉しがりますね」

『溺れていた男か』


 変な風に覚えられたな。コウジに伝えたら嬉しがるだろう。

 そろそろ、本題に入るか。


「海竜の強さはどうですか? 湖で僕たちの実力はだいたい分かったはずです。勝てそうですか?」

『お前以外は、厳しいだろうな。鎧が耐えられるのは二発程度だ。それ以上をくらえば、致命傷になる。女は動きはいいが、決定打がない。溺れていた奴は何もせずに食われるだろう。ヒミリアに危険なことはさせたくない』

「ヒミリアが大切なのですか?」

『当たり前だ。一応私は母みたいなものだ』

「母?」

『……言いたくはないが、記憶のないときに私が多少の面倒をみたのだ。それ以上は言わないし、あいつには黙っていてくれ』


 恥ずかしそうに顔をそっぽに向けた。

 人間じゃない奴には優しいみたいだ。

 ゴーレムは人に使われるらしい。ウンディーネも一生懸命、人間のために水を綺麗にしていたらしいし、感じる部分があったのかもしれない。


「なのに、止めはしないのですね」

『……どちらにせよ時間が足りない。いつ海竜が大暴れをするか分からない。そうなれば、私は耐え切れる自信がない。ヒミリアを助けるには、どちらにせよもてる力のすべてを注ぐしかない』


 不安な状態で戦いをするのは別にいいが、無謀な状態で戦いはしたくない。

 僕一人なら構わないが、別の人間の命がかかってる。……他人の命を考えるなんて、僕も本当甘くなってやがるな。


「あなたは、この湖以外では戦えないのですか?」

『川の水ならばなんとか顕現できるが、海では無理だ』

「ならば、あなたが持つ精霊の力とか、そういったものをすべて僕が引き継ぐことはできませんか」

『……精霊を使役できる人間もいる。だが、一朝一夕でどうにかなるものではない。無理をすれば寿命が縮むぞ』


 四字熟語も完璧に使いこなすのか。それとも、勝手に翻訳してくれているのか。

 ウンディーネと会話が出来ることをさして疑問に思っていなかったが、今考えると結構凄いことだ。


「僕なら出来ます」

『どこから来るんだ、その自信は』

「僕のばあちゃんはやれば出来る子って言っていましたから」


 生まれたときには両親もいなかったが。


『……そうか。なら、試しに私の一部を飲んでみろ』


 ウンディーネが僕の口元に指を持ってくる。僕が口をあけると、雫が一滴の水を落とした。

 僕が味わう暇もなく、全身に激痛が走る。体の中を針に駆け回れているようなおかしな痛み。だが、耐えられないほどではない。


「確かに、これはきつそうですね……」

『それでも、表情一つ変えないか。本当に頑丈だな』

「これがウンディーネの力ですか?」


 僕は右手を向け、体内に入った精霊を放つ。言うことを聞かない精霊へ、僕は脅すようにして無理やり言うことを聞かせ、ヒミリアのようにアクアボールを放つ。

 真っ直ぐ進み、森の木々をなぎ倒しながら消滅した。えげつないな精霊の力。


『……馬鹿な。微精霊が怯えているぞ』

「ほらな。どうにかなるもんだ」


 ウンディーネはまだ驚きから戻ってこないようだ。僕はさっきの感覚を、再現してみる。

 一応魔法は出るが、威力はさっきの十分の一以下。おもらしをした証拠にするくらいしかなさそうだ。キクミ辺りにやってみると面白そうだな。

 だが、スキルとしてアクアボールが獲得されている。武器以外にもスキルは獲得できるようだ。


『適正があるどころの話ではない。精霊の使役は、この痛みが伴うから、普通の人間ではまず出来ない。お前、何類だ』

「人間ってのは適応力があります。凄い生き物でしょう?」

『だから、そういう問題ではないのだが……まあ、出来るならいいか』


 ウンディーネの表情は分かりにくいが、明らかに驚いている。これが今後も見れると考えれば、それだけで挑戦する価値はある。

 僕の態度が変わらないからか、ウンディーネはため息をついた。


『……やってみるがいい。私の体を好きなだけ貪れ』

「ありがとうございます。時間の限り、味わわせていただきます」


 差し出された腕に噛み付き、水を飲む。僕は精霊の力を獲得するために、その夜のほとんどを使用した。

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