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第二話

 砂浜に尻餅をつき、軽い怒りがこみ上げる。


「なあ、さっきのってなんなんだ? クリスタルとか、英雄とか、嘘だよな?」


 タナカの能天気な声が響く。

 僕は回りに聞こえないよう、声を潜めた。


「嘘、ならいいのですが……。この状況では信じて行動するほうが、良いかもしれません」

「なんでだよ?」

「あの男、まあ誘拐犯とでも言おうか。神様がクリスタルを落としてくれたとはいえ、誘拐犯は僕たちをイレギュラーと呼んだんだ」

「まさか……クリスタルに限りがある、とか?」


 コウジの言葉にこくりと頷くと、コウジは震えながら続ける。


「だけど、クリスタルってなんなんだ? それに、魔物もいるって……そんな状況で、満足に行動できるのか?」

「何かも不明だけど……クリスタルの力に頼るしかないんじゃないかな?」

「つっても、魔物に隠れながら、か……つらいな」


 タナカの笑顔もさすがに弱い。それでも必死に笑おうとする彼の努力に、僕は一つの決意を固める。

 雇い主は、他人を守れるくらいに強くなれと言った。この状況で満足に戦えるのは僕くらいだ。


「二人とも、すぐに移動を開始しましょう」

「大丈夫なのか?」


 コウジが言う。集団で行動する利点は生贄が増える。個人ならば、クリスタルを独占できる。

 僕は後者を優先する。


「僕はこれでも……戦いは得意なんですよ。だから、信じてついてきてくれませんか?」


 コウジとタナカが顔を見合わせた後、頷く。

 返事を聞き、僕たちはすぐに移動する。

 僕たちに合わせて、結界内にいた人々が慌てたように叫ぶ。


「お、おいっ! 早くクリスタルを見つけないと……!」

「落ち着けって。ここで暴れたって何にも――」

「落ち着いていられるかよっ。早くしないと、魔物がクリスタルで、この世界マジでやばいんだぞ!」


 狂乱といってもいいかもしれない。全員が無意識に、クリスタルに限りがある可能性を考え、叫びをあげていく。

 落ち着いている人なんて、数えるほどしかいない。

 叫びが島中に轟いたような気がした。魔物が、いる事実を思い出し、僕は冷や汗を流す。これだけ声をあげれば、気づかれるかもしれない。

 速やかに逃げなければ……一網打尽にされる。焦りは行動になって現れる。僕の歩行は次第に速くなっていく。


「ラァァァァァ!」


 まるで、僕の考えを呼んだように赤い鱗を持った恐竜が道を塞ぐ。空気よまないでよ……。

 肌がびりびりと叩かれる感覚。対面しただけで、僕は敵わないと分かってしまう。

 緊張してしまった筋肉が徐々にほぐれる。あの叫びをまともに受けてしまえば、行動が一歩遅れてしまう。


「だ、誰か助けてくれ!!」

 

 叫びにびびり、逃げ遅れた一人が立ち上がろうとするが、転ぶ。恐竜は久々の餌だったのだろうか。涎をだらだらとたらし、目を血走らせる。

 ――骨の砕け散る音。骨が、頭が、腕が、足が。恐竜の口にゆっくりと飲み込まれていく。力なく垂れた男の右腕が、砂浜に沈む。

 砂浜に赤い水溜りをつくる。こんなオアシスはいらない。


「わぁぁぁっ!」


 誰の悲鳴かはわからない。全員が一斉に叫び、その場から逃げていく。

 僕は冷静に恐竜を観察する。森へと逃げようとした僕たちの行く手を塞いでいる恐竜。強さの底が見えない。

 僕はあまりの強敵に、笑みをこぼしてしまった。面白いと先天性の病ともいえる、戦闘好きの本能が顔を覗かせる。


「な、なんだあいつは!」


 タナカは怯えながらも、ぎりぎりのところで踏ん張っていた。

 楽観的な性格が功を成したようだ。コウジは足がつりかけたのか、足を揉み解している。彼は逃げようとしたが、失敗した様子。

 さらに悲鳴が僕の背中を殴っていく。僕は前方の恐竜に警戒しながら視線を軽く向ける。

 後方でも、恐竜が出現していた。前と後ろが封じられてしまい、左右の道に行くしかないようだ。

 同じく考えた逃走者が、恐竜のおこぼれを狙った小さな魔物に囲まれる。

 恐竜と戦ってみたい気持ちもあるが、まずは弱そうな敵から試すべきだ。僕がどれだけ戦えるのか分からない。ここの魔物の最低ラインを見極める必要がある。


「こっちですっ。今すぐ来てください!」


 コウジとタナカを呼ぶ。彼らが僕の前を過ぎてから、僕は最後尾につく。恐竜が迫ってきたが、掴んでいた砂を、恐竜の目にぶつけた。


「ラァァ!?」


 恐竜の目が見えなくなり、牙が空を切る。攻撃のチャンスであるが、拳が通じるとは思えない。

 僕たちは一番魔物の少ない場所を駆けていく。


「どけよっ! 俺が生き残るんだよ!」

「なぬっ!?」


 走っていたタナカが、別の逃走者に殴られる。油断していたタナカは不意の衝撃に態勢を崩し、体を傾ける。

 それでも前に進もうと体は動き、倒れてしまう。転がるようにして、タナカは一気に列の最後尾になってしまう。


「タナカ!」


 戻ろうと体を向けて、右腕をコウジに掴まれる。僕の両目はタナカを捕らえたあと、背後の恐竜へと流れる。

 恐竜はタナカを見つけて、牙を見せる。貪欲に染まった両目は、タナカしか見ていない。

 タナカは必死に立ち上がろうとするが、片足でも挫いたのか再び砂浜に埋もれる。


「行けっ! 俺の父さんと母さんによろしくなっ」


 タナカは目尻に涙を滲ませながら、必死に笑みを浮かべた。

 迫る恐竜の口――間に合うはずがないと思いながら、僕は走り出す。


「やめろ、間に合わねえよ!」

「コウジ、離してください!」


 恐竜の口が開き、タナカの上半身をもぎ取る。僕は片手だけをタナカの下半身に伸ばす。


「……悔しいけど、逃げるしかねえだろ! 見捨てても、酷いと思われても、逃げ延びるしかねえだろっ」


 僕はコウジに振り上げた拳を下ろす。コウジも、泣き出しそうであった。

 僕はタナカの死体を見る。心の中で両手を合わせ、怒りを胸に走り出す。

 さっき殴った男の顔は覚えている。後であいつは殺せばいい。

 雇い主には殺しを止められているが……ここならば日本の法は届かない。生きていることで害を与える存在は消えたほうがいい。

 コウジは先に走りだし、僕もゆっくりと後を追う。だが、僕とコウジを分断するように、脇から魔物の腕が伸びる。


「う、うわああ!」


 現れた魔物によって、一人の男が掴まれる。半裸の人型巨人。


「あ、アレはオークかよ!? マジでゲームの世界かっ!?」


 近くにいた男が叫ぶ。オーク、というのか。人型ではあるが、顔はブサイクだ。左手には得物と思われる斧までも持っている。

 雄たけびとともにオークの拳が、僕の近くにいた人間に突き刺さる。まるでトマトを潰したように絶命した。

 噴出した血が、僕の服に飛び散る。オークは人間の頭だけを掴んで、口に運ぶ。全部は食べないのか。

 血か……。服を洗える場所がほしい。血の臭いをつけたままでは、魔物に狙ってくれといっているようなものだ。

 オークの登場に、数人が逃げるのを諦めたかのようにその場にへたりこむ。


「は、ははは……無理だろ、無理に決まってるだろっ!」


 男が座りながら叫び、狂ったように笑い続ける。

 正面のオークを突破した人間もいるが、さらに魔物が集まってきている。ここから突破するのは無謀だ。


「サエキ! 大丈夫か!」


 コウジがオークの先から声をあげる。下手をすれば戻ってきそうな勢いであるため、僕は手でメガホンを作る。


「先に行ってくださいっ。僕は別の道から逃げます!」

「お、おいっ!」


 コウジは困ったように手を伸ばしたあと、森の奥に消えていく。彼が無事に生き延びるのを僕は祈るしかない。

 別の道に行こうとして、右足が何か掴まれる。

 敵か――まずいと思ったがそれは人間だった。


「おまえも一緒に死のうぜ! こんな場所で生き延びたってロクなことなんてねえよ! 死のうぜ、みんなで死ねば怖くもねえよっ!」


 泣きながら笑った男が、顔を砂まみれにしながら足を掴んでいる。

 軽く引っ張るが簡単には離してくれない。


「勝手に死んでくださいよ。他人を巻き込まないでくださいっ」


 死ぬ覚悟があるからか、何度か蹴りつけてもまだ足を離さない。さすがにイライラが募る。


「さあ、死ぬ――」

「うるせえっつってんだよ。さっさと離せよクソ野朗が」


 昔の自分を思いだしながら、僕は表情一つ変えず彼の首の骨をへし折る。死にたがっていたのだから、別にいいだろう。それから深呼吸をして今の自分に戻す。

 オークへ死体を転がし、時間稼ぎ。

 別の道に向かった僕だが、小型の魔物が多くいて辟易だ。オークを子どもサイズにしたような魔物が、こちらにかけてくる。

 あれなら、僕も雇い主がやっていたRPGで見たことがある。確かゴブリンとかそんな名前だったはずだ。


「ゴブゥゥ!」


 拳を振るってくるのを、呼吸をよんでいなす。相手の力を利用して、ゴブリンの体を投げる。

 床に倒れたゴブリンの頭を踏み潰す。血がズボンに付着するが、蹴り以外に満足にダメージは与えられそうにない。

 膂力は……中々だった。これの進化版みたいなオークに、生身で挑むのは命を無駄にするだけと判断する。


 走っていると前方をオークが塞ぐ。何体いるんだ。

 何人かの人間を潰そうと腕を振り上げる。風の抵抗を無視したオークの一撃により、ぷちっと全員を潰した。パンでも潰すように殺していくね……。

 全滅かと思ったが、一人の女性が生き残っている。中々に綺麗な奴で、運がいい。女性と聞くと……雇い主がちらつく。

 オークは殺した人間を食すのに夢中のようだ。女性がこちらに手を伸ばしてきたので、走りながら立たせる。腰ほどまで伸びた黒髪が、ふわっと空気を含む。


「あ、ありがとうっ!」

「気にしないでください。走れますか?」


 脳内雇い主が「相変わらずのお人よしっぷりですね!」と叫ぶ。だが僕はお人よしと言われるのは嫌いだ。自分はお人よしではない。

 今の女性も助けたのも……可愛いからっ。後でエッチなお礼とかがあるかもしれないとか、そんな下心満点だと脳内雇い主に言い訳をする。

 女と並走していると、森の木々をなぎ払い巨大なイノシシが突っ込んできた。女を突き飛ばし、僕は逆方向に跳んで回避する。

 砂を巻き上げながら、僕はイノシシを観察する。

 オークといい勝負ができそうなイノシシ。イノシシは狙いを僕につけて、鼻息を荒くする。嫌な奴にモテてしまったよ。


「だ、大丈夫?」


 女性の問いに僕は引きつった笑みを返す。


「大丈夫ですから、さっさと逃げてくださいっ」


 女がいても足手まといにしかならない。僕は突っ込んできたイノシシをぎりぎりまでひきつける。

 回避できる寸前にさっき拾った砂を目にぶつけ、回避する。

 イノシシは怯みながらも、突進をやめない。近くの岩に直撃して、頭を振っている。

 ざまあみろ。それでも目を回すだけで死には至らないようだ。岩の努力が足りない。

 僕を狙う魔物がいなくなったところで、森の中に入った。今は戦う力を得るために、クリスタルを探さないといけないよ……。

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