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第十六話

「お前、本当に一人で行くのか?」

「色々とやってみたいことがあるんですよ」

「……そういうなら、止めないけどさ」


 コウジは釈然としない様子だった。ヒミリアは目をこすりながら、さようならぁと手を振る。こちらはもう少し引きとめてくれてもいいのに。

 僕は色々と感謝の気持ちを胸に抱きながら、洞穴を出る。

 紫の空から差し込む光りが、僕を祝っているはずだ。その時、雲の間から、鋭い光が差し込む。「一人ぃ!? ざまぁ!」と罵倒された気がした。

 僕はウルフの武器を強化しに、北西エリアへ向かう。ウルフを狩りながら、今後のことについて考えよう。

 森に入ってすぐに、茂みが揺れる。僕はいつでも戦えるように武器を構える。


「……やっと、見つけたわ」


 僕の道を塞ぐように、キクミが森から現れた。ゴブリンか何かだと思ってしまったよ。


「どうしたんですか? 一人で散歩なんて、危険ですよ」

「あなたも一人じゃない」

「僕は男で、戦えますから」


 キクミは何かを言おうとして首を振る。


「あなたを探していたのよ。少し、話をしたいの」

「僕は特にないのですが……。あ、葉っぱ肩についてます」

「……え?」


 キクミは頬を僅かに、染めさっと払い落とした。


「あなたになくても、私にはあるの」

「……話は聞いたんじゃないですか?」


 わざわざキクミが僕を探しにきたということから、大よそを察した。糾弾か、同情か……。どちらの感情かが分からないだけ。

 何より、太郎が僕との約束を守っているとは考えられなかった。今頃、キクミに話せたことで高笑いしているだろう。


「……ええ聞いたわ。正直かなり驚いているわよ。話を聞いた上で、あなたに色々と訊きたいことが出来たのよ」


 キクミの目は真剣で、一切の揺れがない。まるで僕の雇い主みたいに、強気な目線の中に、ぶれることのない、一つの信念を備えている。

 これは話をするまでどうしようもない。僕の態度が軟化したのを悟ると、キクミが手を掴んできた。


「少し、あっちのほうに行きましょう」

「……強引ですね」


 今後のこともあるため、僕は素直に従う。キクミに引っ張られるようにして、案内された場所に向かう。

 開けた空間からは崖が見える。今まではなかった海が岩肌を削っている。ここから突き落とされるのかと一瞬考えてしまう。

 崖の前には石でできた天然の椅子がある。


「それで、何の話をするんですか?」


 闘技場がらみであるだろう。僕は椅子に腰掛ける。


「あなたが、本当に闘技場の出身なのか、それをまずは知りたいわ」

「それなら……ほら、これでどうですか?」


 ためらいはあれど……隠す必要はない。僕は腕に回るようについたやけどを見せる。

 キクミはびくりと体を震わせる。


「大丈夫ですか?」


 僕は袖で傷を隠し、キクミを刺激しないようにする。彼女にとって、闘技場出身者はトラウマものだろう。


「大丈夫よ。分かってはいても、驚く物なのね」

「心の中ではどこかで疑っていたのでしょうね。欠片も信じないなんてのは……」

「信じないなんてのは……?」

「いえ、別に」

「何よ、はっきり言いなさいよ」


 欠片も信じないということは、それだけ親しい間柄であったからだ。それを口にするのは僕には憚られた。

 だけど、少しは嬉しい部分もある。さっきまでキクミは、僕のことを普通の人間だと信じていたのだ。


「黙っていて、騙していてすみません」

「い、いきなり謝るわね。あなたってあまり謝罪とかしなそうなのに」


 何を言う。僕は素直ないい子だ。


「僕が全面的に悪いですからね。これ以上不快にしないよう、あなたの前にはなるべく姿を見せないようにします。これでよろしいですか?」

「ちょ、ちょっと話を聞きなさいよっ」

「安心してください。あなたが僕を差別するのは、当然のことです。外で、闘技場の人間がどんな評価を受けているのかは知っていますから」


 今までだって色々な差別を受けてきた。今さら一人の女に嫌われたからってどうってことはない。

 むしろ、キクミに嫌な記憶をよみがえらせてしまったほうが気がかりだ。


「それでは。二度と前には現れませんから。さよならっ」

「話を聞け!」


 僕が片手をあげて立ち上がると、キクミに叩き落とされる。

 キクミの両目は鋭く尖り、僕を射抜いてくる。ていうか、右手が痛いです。人間の骨はそっちに曲がりません。


「私は、今までずっと闘技場出身の人間が嫌いだったわ。何を考えているのか分からない濁った目とかね」

「風呂もロクに入れないから、体臭も酷いですしね」

「まあ、それもそうね。だけど、あなたの目は、濁ってはいなかったわ。精一杯に生きる人間のようであり、一つの信念のようなものを見れたわ」


 それは僕も同じだ。キクミから一本筋の通った何かを感じた。


「何かのスキルですか? よかったら僕にも教えてくださいよ」

「色々な人間と接する機会が多かったからよ。長く人の負の感情を見ていれば自然と身につくはずよ」


 彼女は金持ちだったからな。色々な舞踏会に呼ばれ、下心を持つ人間とも多く接しているはずだ。舞踏会では、家に取り入ろうとする輩が多くいる。キクミも……たくさんの悪意のある人間と関わってきたのだろう。

 そんな世界があるのを、僕は雇い主を通して知っている。雇い主は、そんな世界が嫌で引きこもりがちな学生になってしまった。――いや、今はこの思考は関係ない。

 話をキクミに戻す。


「あなたが黙っていたおかげで、闘技場出身の人間と何の隔たりも、先入観も持たずに接する機会を得られた。それは、本当に貴重な経験だったわ」


 貴重、ねぇ。


「だから、考え方が変わったの。頭を固くするんじゃなくて、例外も認めようと思えたわ。闘技場出身の人間でも、信じられる人間がいる」

「……なるほど」

「あなたは……人知れずに誰かを助けることが多いわ。あなたの仲間もそうだし、森で調査を行ったときもそう。昨日のパーティーでも、あなたのことを色々質問されたわよ」

「本当ですか!? 紹介してくださいよ」

「テンションあげるんじゃないわよ。あなた別に女に飢えているようには思えないけれど」


 さすが、キクミ。観察眼はそれなりだ。


「日本に恩を返さなきゃいけない女がいますからね。ムカつく奴ですが、そいつに恩を返しきるまでは誰かに色恋なんてしてる場合じゃありませんよ」

「べた惚れってこと?」

「好きとかとは違う感情です。感謝の気持ちがあるだけで、やりたいとか、疚しい思いは一切ありませんよ」


 まあ、近くで見守っていないとロクな大人にはなれないだろうけど。雇い主の将来の夢は、ニートだ。家が金持ちで甘やかすのも、一つの原因だ。

 今も僕がいないから絶対学校に通っていないで、毎日部屋にこもってゲームをしているだろう。

 ……やばい。早く地球に戻らなければ、雇い主が留年してしまう。


「……そういう関係って憧れるわね」

「そうですか? 保護者代わりみたいなのですが」

「いいじゃない。私は親も敵みたいなものなのよ」


 太郎を無理やり婚約者にされているあたり、そうなのかもしれない。


「そうだ……。あなたの考え方が正しいのか分からりませんが、いくつか言っておかなければならないことがあります」

「どんと来なさいよ」


 相変わらずの強気。女にしておくのがもったいない。


「僕の生まれは変わりはしないし、差別の対象なのは変わりません。そんな僕と行動をしていれば、あなたも差別されかねません」

「ふざけないで。別にあなたのことを差別の対象としてみているつもりはないし、あなたのことを知って、それで差別するような人間とは一緒にいたくないわ。あなたは、普通の人間よ」

「……それを聞くのは、これで二回目ですね」


 一回目は雇い主。「私はあなたを普通の人間と思っていますよ。だから、ほら、早くゲームしましょう。学校なんて行く人は普通じゃないです」という、なんとも残念なタイミングではあったが。


「出会う順番が違えば僕はもしかしたら……いや、異世界に来たから出会えたのですか」

「ちょっと、どういう意味よ?」

「いや、気にしなくていいですよ。いやぁ、異世界も悪くはないものですねぇ」


 僕はごろんと横になって空を見上げる。相変わらず汚い空だ。

 空も海も生物も……汚い島だが、確かに綺麗なものを見つけられた。


「あと、もう一つ。闘技場の人間への差別は、世間の認知であっています。僕みたいな例外がいたからって、積極的な交流は絶対にしちゃいけません」


 あいつらは嘘をつくのが仕事だ。特に交渉などをする場合は絶対に目的とは違うことを企んでいる。

 あいつらと交渉するのは危険すぎる。

 アレを利用するくらいなら、この島にいる魔物を使ったほうがいい。


「分かってるわよ。言ったでしょ? 特別なのは、あなただけだと思うわ。今後、他の闘技場出身の人間に会うこともないだろうし」

「なら、もう言うことはありません。いらない小言をたれて申し訳ありませんでした」


 こんな場所、太郎に見られたらどうなることやら。……。


「どちらにしろ、しばらくは考えたいこともあるから一人で行動させてもらいますよ」

「そう。なら、分かったわ」


 キクミは思案をめぐらした後、顔をあげる。


「明日。再会するためにパーティー登録をしておいてくれない?」

「別にいいじゃないですか、逃げませんよ」

「あなた、その点ではかなり信頼がないのだけれど?」


 今日のことを言及しているようだ。


「……そうですね、登録しておきますか」


 パーティー登録を送ると、すぐにキクミがメンバーに入る。

 キクミはパーティー画面を見て、しばらく頬を緩めている。探す手間が省けて嬉しいのだろう。

 今日はどのくらい探していたんだか。


「それじゃあ、僕は狩りに行ってきますね」

「死なないように気をつけるのよ」


 キクミが小さく手を振り返し、僕とは別の方向へ歩いて行った。

 さて、と。しばらく歩いてから、人がいないのを確認して、僕は声を張る。


「ばればれですよ、太郎。いい加減出てきたらどうですか?」


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