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第十五話

 洞穴に戻ると、簡素なテーブル、樽、コップなどが用意されている。

 それらはすべて手作りだ。器用な奴がいるものだ。


「……来てくれたか」


 リーダーが挨拶をしてきたので、軽く手をあげて返事をする。僕も手伝いに参加し、速やかに用意を終わらせる。

 食事には木の実や肉、魚などがある。おまけにサラダのようなものまであり、この島で集められる食材集合といった感じだ。

 準備が終わる頃には、参加したメンバーが全員そろった。僕は洞穴内部の隅のほうに立ち、全体を眺める。

 リーダーが水の入った樽に木のコップを入れる。すでに僕の手にも水の入ったコップが握られている。


「……酒は用意できなかったが、酒の気持ちで飲もうっ」

「うぉぉぉ!」


 明らかに子どもが混じってるのに酒って。まあ、法なんて関係ないのだからいいか。水を一気に飲み、張り付いた喉を潤す。

 コップからは時々、水がこぼれる。さすがに、完璧な作りではないようだ。

 こぼれた水が僕のズボンに付着する。


「おもらし……ぷぷ」


 ヒミリアが口元を押さえて歩き去っていった。生意気な子どもだ。

 パーティとはいうが、やることなんてない。僕の周りに人はいなく、非常に静かだ。

 暇を潰すように水を一口飲むと、足音が近づいてくる。コップに口をつけながら、そちらに視線を移す。


「リーダー、凄いわね」


 キクミが僕の横に立ち、持ってきた料理を勧めてくる。僕は一つつまんで口に放る。


「男女問わずのハーレムですね」


 リーダーの近くには、常に誰かがいて、楽しそうに談笑している。

 僕は不思議な肉を咀嚼する。ゴブリンの肉とは違う。少し噛み切るのが大変だが、味はうまいからいいか。


「トロール戦での大活躍であの人気だ、そうよ。もう一人は完全に影になっているけれどね」


 キクミは嬉しそうに僕をからかった。何を言うか、すべて計算のうちだ。


「目立つのは嫌いなんですよ。ちやほやされるよりかは石を投げられるほうが好きですね」


 人の目に触れる機会が多くなると、手首の傷を隠す機会も増えてしまう。

 わざわざ危険を冒したくはない。


「……M?」

「今の発言だけでその反応になるなんて驚きですよ」


 木の枝に刺さっている魚を掴んで、咀嚼する。

 塩で味付けまでされていて、香りだけで胃袋が刺激される。


「まあ私も、あなたの活躍を知る人が少ないのは、嬉しいわね」

「いい性格してますね。からかえて楽しいですか?」

「ええ、最高にね」

「キクミー、ちょっとー!」


 メンバーの一人がキクミを呼ぶ。業務的な会話は多いようだが、性格のきつさもあってあまり友人はいないと思っていたが……キクミも人気はあるようだ。


「あなたも十分に人気者みたいですね。早く行かないと変な風に疑われますよ?」

「そうね。私も、目立つのは嫌いなのだけど……少し行ってくるわね」

 

 キクミを送り出すと、そのタイミングを待っていたとばかりに、太郎がやってくる。

 またちょっかいでもかけてくるのか?

 最近、こいつによく見られている。僕のこと好きなのかよ、気持ち悪い。


「おい、ちょっと来い」


 太郎がコップも持たずに、指で外に出るよう、指示をしてくる。


「ああ、そういえば、昨日の――」


 僕は近くにいる誰かに声をかけようとするが、


「無視をするな、平民」


 太郎が肩を掴んでくる。触るなとか言っていたわりに積極的だ。

 さっさと用事を終わらせ、コウジたちの洞穴に戻ろう。コップをテーブルの脇におき、太郎の背を追う。

 洞穴からそれなりに離れた、誰もいない森まで移動する。今日はいつもより風が吹いていて、木々の擦れる音が大きい。


「愛の告白だったら先に断っておきますよ」

「真実の告白だ」


 太郎はそう返して、僕の右手を掴んだ。……やっぱりばれていたか。

 トロールとの戦闘後から、明らかに太郎の視線は僕の手首に集中していた。

 袖をまくられる前に、僕はその手を弾き落とした。


「見られるのが嫌か……最低の人間以下の奴隷の証明である傷を!」


 太郎は僕の弱点を見つけたことで、楽しそうに手を叩いている。

 この島では意味ないが、同じ世界の人間には共通の意識がある。それはどこでも変わらない。

 僕の正体を知れば、メンバー全員が手のひらを返したように差別をするだろう。それほどまでに、僕たち闘技場出身の評価は低い。

 太郎を消すことも一つの方法ではあるが、うざさこそあれど僕が見た限りでは特に罪はない。キクミに近づいているのも、婚約者なのだから当然だ。

 とりあえず、色々仕掛けて様子を見てみるか。こいつがカマをかけているだけの可能性もあるしな。

 

「誰だっていきなり男に手を掴まれたら身の危険を感じますよ? いきなり背後から抱きつかれても、あなたは何もいわないんですか?」

「シラをきっても無駄だ。証拠はあがっているんだ」

「どこにですか?」

「キミが右手をあげれば、それで真実が出る」


 突破口はなさそうだ。


「さあ、その袖をめくれっ! 傷がなかったら、今後僕はキミがキクミさんに近づくのを許可しようっ」

「傷がありましたら?」

「人間以下の奴隷が近づけると思っているのか? 貴様らが呼吸をするだけで、病原菌がばらまかれるんだっ。今すぐに死ねと言いたいところだが、僕も優しい。すぐにどこかに姿を消すんだな」


 おまえの優しさを僕は一度も見ていないのだが。

 僕を目の仇にしていただけあり、ここぞとばかりに追及してくる。顔を近づけて、舌を見せ、両手を気持ち悪く振っている。

 思わず殴りたくなるほどにうざい。

 命を見逃すとはいうが、そもそも女一人を守るためという俺んとっては小さすぎる問題なんだよな。

 この傷は、僕にとっては弱点にならない。だが、僕以外の人間に対しては有効な一撃だ。

 ここらが潮時だろう。元々僕は一人で生きることのほうが多い。今までがおかしかったのだ。


「いいか? 僕の最後の慈悲だ。今夜のパーティーが終わるまで待ってやる。終わったら、すぐに出て行け。そして、二度とキクミさんの前に姿を現すな、クズが」


 そう言いきって、太郎は高笑いとともに去っていった。僕を追い出せて、そりゃもう天にも昇るくらいの気持ちなんだろう。

 太郎が洞穴についた頃を見計らって、パーティー会場に戻る。

 コウジたちには別れを伝えておくかな。何も言わずに出て行くと、いらん心配をかけてしまう恐れがある。

 洞穴に戻ると、すぐにキクミがやってきた。

 いつから待っていたか分からないが、僕が太郎と出て行ったのを見られている可能性がある。誤魔化すのは面倒だ。


「何か、あったの?」

「何か、とは?」

「さっき、あなたと太郎が外を出て行ったから……」


 キクミめ、前に比べて回りが見えるようになっている。

 だが、太郎も一応考えてはいるようだ。すかさずこちらに近づいてくる。


「キクミさんっ、そのクズは放っておいて、僕と一緒に外の星でも見に行きませんか」

「頭殴ってあげるわ。それで我慢しなさい」


 キクミの冷たい一言を前に、太郎は黙り込む。


「僕は少し一人になりたいので、太郎と外の空気でも吸ってきたほうがいいと思いますよ」


 キクミは少し不機嫌そうに眉に皺をよせる。キクミの一番怖い表情だ。


「ちょっと……あなた、どうしたの? いつもと様子が違うわよ?」

「そうですか? いつも通りですよ」

「いいえ、なんていうかあなたらしくないわ。ふてぶてしさが足りないというか、なんというか」


 普段の僕はどんな風に映っているのだろう。


「僕にも話す相手がいるので、それでは」

「え、いるの?」

「おい、マジで驚かないでくださいよ」


 キクミが目を開いて、ああと声を出す。


「コウジさんとヒミリアちゃんだったかしら? さっき帰ったわよ」

「なんですと!?」


 話す相手がいなくなってしまった。

 どうせ、ヒミリアが眠いといって帰ったのだろう。コウジの奴は意外と面倒見がいい。ヒミリアはいなくても僕に迷惑をかけるのか。

 ふざけていると、太郎がむっとした表情で告げてくる。


「おい、クズ。今すぐ話してもいいんだぞ?」


 キクミが首を捻り、何かを疑うような目になる。馬鹿か太郎は……。

 もう僕のこと隠すつもりないだろ。


「キクミ、とにかく僕ももう眠いので、根城の洞穴に帰りますね」

「あ、ちょっと!」


 僕は洞穴を出て去っていく。これでよかったはずだ。

 キクミは闘技場の人間に誘拐されたと言っていた。

 僕のことをしれば、連鎖的に辛い過去を思い出すはず。僕に関わって、過去のトラウマとかが再発されても後味が悪すぎる。

 キクミが僕を追いかけようとしたが、どうやら途中でやめたようだ。それが懸命な判断だ。 

 ひとまずはコウジの下で夜を明かす。

 明日からは一人での行動だな。元々一人のほうが慣れている部分もあったし、団体行動は苦手だったからちょうどいい。僕は自己中心的な人間だと思っているし。

 目標としてはウルフのスキル獲得。

 それと、日本に帰る方法を探すことだ。どちらも気長に、焦らずやっていくしかない。

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