第十四話
戦いが終わると、僕たちは魔法陣があった森に戻っていた。数人がいくつか、クリスタルを回収しているようだが、すべては回収できなかったようだ。倒してすぐにワープされたのだから、仕方ないだろう。
何かが壊れるような音。しかし、視覚的な変化はない。
僕は自分の武器をステータスを眺める。新しい武器が解放されている。
そういえば、武器は僕だけしか解放されていないのだろうか? トドメを刺したのは僕のため、その可能性は高い。
トロールは熟練度が多いのか二増えた。
僕は男メンバー二人の会話を拾う。
「なにか、変わったのか?」
「いや、わからねえけど、あちこち見て回ろうぜ。さすがに……無駄死にだったなんてのはごめんだぜ」
沈んだ空気のまま、最短距離で道を抜ける。
僕たちにまとっていた不安。あの魔法陣は罠だったのだろうか……。
しかし、僕たちの疑問は、森を抜けたところで氷解した。
「う、海だ!」
誰かが叫び、つられて皆が声をあげていく。かつて砂浜だった先には、海が見えるようになっていたのだ。
「……少しは、前進できた、のか?」
「人が死ぬほどの価値があったかはわかりませんがね」
リーダーの問いに僕は答えた。
犠牲は少なかったほうだが、それでも確かに死んでいる。
この海が、一体どんな効果をもたらすのか、僕たちには分からないため、前進できたと断言はできない。
「そういえば、あなたが仕留めたのよね? 武器って解放された?」
「ああ、トロールダブルエッジとかいう奴がありましたね。キクミはどうですか?」
「私は解放されていないわね」
今までダガーだったにもかかわらず、ダブルエッジとは何なのか? ダガーが二本になるのか……気になるが、実戦まで待つことにして、僕は自分の精神力を試す。
おまけに、ゴブリンダガーから新たなスキルが見つかった。ダブルエッジ専用技の、ゴブリンクラッシュというのものだ。
「リーダー、ここら辺で解散しませんか?」
色々と実験したいことがあった僕は、リーダーに提案した。
「……そうだな。だが、夜に洞穴に来てくれないか? ささやかではあるが祝勝会でもしようと思う」
魔物がよってくる危険があるが、メンバーの士気を保つために、そのくらいのご褒美は必要だろう。
「分かりました。覚えてたら参加させてもらいます」
「……主役が来なくてどうするんだ」
「そう思ってるのはあなただけですよ」
現にメンバーはリーダー以外を見ている余裕なんてなかった。僕はリーダーの周りを飛んでる蚊のようにしか映っていないはず。
「サエキくん、どこかに行くの?」
「ええ、少し魔物を狩ってきたいと思います」
「そう……ねえ、私も行っていい?」
太郎は大丈夫か? そう思って見回してみたが、すでに姿はない。
「僕が否定する理由はありませんよ。むしろ、あなたのおつきの方が止めるんじゃないですか?」
「なら大丈夫ね」
太郎の意見なんて聞くつもりもないようだ。
「コウジたちはどうしますか?」
「……わたしは寝たい」
「というわけだから、オレたちはいいや。また夜にな」
僕たちが動き出そうとすると、メンバーの視線が集中していた。
「なんなんですかね? さっきから見られまくってて、僕はああいうのが大嫌いなんですけど」
僕がちらと目を向けると、さっと背けられる。
「ああ、お前ら二人が仲いいからさ。複雑な三角関係が噂されてるんだよ」
コウジからの説明を受け、キクミがかっと頬を染める。
「なっ、なんなのよその荒唐無稽な話! 私は、どっちともそんな関係じゃありません!」
「そうですね。まったくそんな関係ではありませんからね。そのうちそんな噂も消えるでしょう」
キクミとともに否定するが、むしろ疑われたようだ。こういうのは本人たちではどうしようもない。
コウジたちがパーティを抜け、代わりにキクミを誘う。
二人きりで出かければ、また疑われることになるだろうが、僕は気にせずにゴブリンを探す。
「少し、新しい武器を試してみたいのですが、よろしいですか?」
「別に構わないわよ。私も見てみたいしね」
僕はトロールダブルエッジへ切り替えてみた。
今までとは違い、装備は背中につけられる。それなりにでかいダブルエッジは、棒の両端に刃をつけたような武器だ。棒の真ん中を持ち、まわすようにして扱ってみる。
「すごい、扱いづらそうね。ハズレじゃないの?」
「すぐに会得してみせますよ……」
そういって振り回したら手からすっぽ抜けた。くすくすとキクミが笑った。くっそ。
「……」
馬鹿にされたままでは気に食わない。
僕はそれから、少しの時間を借りてダブルエッジを操る。暗殺者なのに、かなり目立つ武器だ。暗殺用には向かないが、格好良さはある。
こんな武器は初めてだ。これなら、ただの棒のほうが扱いやすいだろう。
ダブルエッジは油断すると自身を傷つけそうになる。僕は頭の中で様々なパターンを組み立てていく。
我流の型を作っていき、動きやすいように改良を加える。
「……凄いわね」
数分振り回しているとそれなりにコツがつかめてきた。ジャンプしながら、回転させ、木に叩きつけてみる。
動きながらでも戦えるほどには昇華された。
「キクミ、下がっててください。少し戦いたいと思います」
「わかったわ。危なくなったらすぐにいいなさいよ」
「舐めないでください。もう、完全に使いこなせますよ」
「どうかしらね?」
ゴブリンが気づけるように、わざと大きな足音をあげる。
ゴブリンの攻撃を避けて、ダブルエッジを回すようにして斬りつける。さらにそのまま手の中で棒を回し、逆の刃で斬りつける。
扱いにくさはあるが、威力はかなり高い。トロールのようなボスには、こちらのほうがいいだろう。
くるくると回して背中に装備しなおす。
「サエキくんって動きがいいけど、何かスポーツでもしてたの?」
突っ込まれるかもしれないと、前々から僕は嘘を考えていた。
「やってはいませんが、体を動かすことは好きでしたよ」
スポーツではないが、闘技場での殺し合いは何度もやっているため、体を動かすのには慣れている。
「通りで全く汗をかいていなかったわけだわ」
僕はそれには触れないでおいた。一番得意なのは格闘だ。武器は魔物を狩るために使用しているだけだ。
もう一体ゴブリンを見つけ、今度はスキルを放つ。
ゴブリンクラッシュ。一体どんなモノか。
刃は光をあげ、僕はそれをゴブリンに叩きつける。壁でも殴ったような音とともに、ゴブリンが絶命した。ゴブリンの死体もなく、地面には小さなクレーターが出来上がる。
威力はあるようだが、ゴブリン相手だと正確な数値が分からない。
最後にポイズンダガー、殺さない程度に加減して、ポイズンダガーを与える。
ゴブリンは顔色を変えながら、僕に血相変えて攻撃してくる。
呼吸が乱れ、足はふらつき……最後には倒れた。麻痺は完全な足止めだが、毒は僅かな足止めとダメージってところか。
実験を終えて、トロールダブルエッジをゴブリンダガーに戻す。移動はこのほうが動きやすい。
「どこか行きたい場所はありますか?」
「そうね……色々と斬りたいわね。結構ストレスとかたまってるのよ、私って。サエキくんも手伝ってくれない?」
ふふふとキクミが怪しく笑う。ちょっと怖い。
「魔物の指定がないのであれば、ウルフと戦ってみたいのですがよろしいですか?」
「いいわよ。場所は知ってるから案内するわ」
というわけでウルフを狩る。キクミがトロールにつかった突牙線が、ウルフの武器から手に入るスキルらしい。
道中、ウルフの特徴について丁寧に説明してくれるキクミ。既に知っていたが、キクミが嬉しそうに教えてくれるので、流す気持ちにもならない。
ウルフを発見次第狩っていく。
ウルフから得られるスキルは、サードにしなければ入手できないようなので、今後も通う必要がある。
夕方になり、洞穴に戻るついでに、僕たちは砂浜へ出る。
「少し、強敵と戦ってみたいわよねっ?」
半日ほど狩りをしていて、キクミについてよく知ることができた。基本的にすべてが真面目だ。
それにどこか、焦っているようにも見えた。日本で何かが待っているのは確かだ。
「キクミも随分動きがよかったけど、何かスポーツでもしていたのですか?」
「うーん、色々な武術を習ってたから、最低限の動きは出来るわ」
最低限どころか、滅茶苦茶活躍していた。
「最低限というか、普通ではなかったですよ」
「普通か……普通。ねえ少し私のことで話を聞いてもらいたいのだけど、いいかしら?」
断る理由もない、僕がこくりと頷くと、キクミは小さく笑った。
「私はそれなりの企業の娘。それで、認めたくはないけど、太郎は私の許婚よ」
「まあ、予想の範疇ですね。もしかして、それで護身術でも習っていたとか?」
「ええそうよ。動きがいいのはそれが理由」
凶暴すぎるんだよな、この人。
「お嬢様なら、ボディーガードの一人か二人はいるんじゃないですか? わざわざ自衛手段なんて学ばなくても大丈夫な気がしますが……」
「ボディーガードは……信用できないのよね。一度、小さい頃に誘拐されたんだけど、それを企てたのがボディーガードだったから」
それはまた運の悪いことで。
「雇うときにちゃんと調べたのですか? そういう奴ってのは色々と経歴が怪しいんじゃないですか?」
「経歴をいざ調べてみたら、闘技場出身なんてオチよ。一体どこをどう調べたのかが、気になるわ」
「まあ、闘技場出身の人間なんてロクな奴はいませんよね。あいつらは平気で嘘をつくし、しかも嘘のレベルが高いですから」
僕を含めて。
「よく知ってるじゃない。あなたも騙されたことでもあるの?」
「小さい頃はそれなりに、ですね」
「まあ、結局は信じられるのは自分だけってことよね」
「よく分かってるじゃないですか」
それだけ分かってれば、十分世の中を渡っていけるだろう。
「あとは動きがいいのは……VRゲームのおかげかしらね」
「VRゲーム?」
「知らない? ほら、最近ではそこそこ有名にもなってきたでしょ?」
「あー、ニュースなんかでみたことありますね」
体感型ゲームだったか……? とはいえ、アレは金持ちしか出来ないほどに機械が高かったはずだ。
雇い主も……そういえば、持っていたな。酷いときは学校をサボってまで、していたこともある。
最近は価格も下がってきて、金持ちでなくても入手できるようになっているそうだ。
メンバーの中に動きのいい人がいたのも、VRゲームで体験していたからかもしれない。
会話に一区切りがつき、砂浜をぷかぷか浮かぶ魔物――アクアフィッシュを発見する。一体しかいないようで、僕はキクミと顔を見合わせて戦うことにする。
新たなエリアであるが、果たしてどのくらい通用するのか。
「アフィィィ!」
アクアフィッシュは魚の形をしているが、ゴブリンと同じくらいの大きさだ。砂浜につくかつかないかで、浮いている。
こちらに気づくと尾びれを振って好戦的な姿勢を見せる。
動きは鈍い……慎重に距離を測っているとアクアフィッシュの口元が青く光る。
「魔法が来るわねっ」
水鉄砲を放ってきて、僕とキクミは別方向に避ける。
ダガーに切り替えて、パラライズダガーで斬りつける。アクアフィッシュの動きが止まり、そこへキクミがスキルを放つ。
痺れが吹き飛ばすように、アクアフィッシュがその場で回転し尾を叩きつけてくる。
攻撃をくらうと解除されるのか……? だが、以前パラライズバタフライにやられていた男は普通に動けていなかった。
攻撃によって、違ったりするのかもしれないし、偶然解けただけかもしれない。僕はアクアフィッシュに張り付き、ひたすらパラライズダガーで動きを封じる。
余裕があれば、ポイズンダガーもぶつけるが、毒にはならなかった。
「案外余裕だったわね」
キクミは剣を仕舞い、前髪をどかす。
「そうですね。新しいエリアといっても、敵が強くなるとは限らないようですね」
その点だけはキクミは残念そうだった。
アクアフィッシュダガーが手に入る。水属性のようだが使いどころはいまいち思いつかない。刀身が青くてかっこいいので、使ってはみたいが、ゴブリンダガーよりか弱そうだ。
ボルケーノドラゴンがたぶん火属性だから、弱点をつけるかもしれない。この武器が通じるかがまず問題だが。
「ねえ、アレは何だと思う?」
キクミが指差した場所には、墓に似た物がある。近づくと文字がかかれているのが見える。
砂を払い退け、僕は読み上げた。
「東の祠……それに、ウンディーネへの祈りをささげよ?」
キクミも顔を近づけて、顎に手を当てる。
「とりあえず、後でリーダーに報告しておくわ」
「僕もついていきましょうか?」
僕の申し出にキクミが頬をかく。
「これ以上変な噂はたくさんよ。まあ……太郎とよりかはいいけれどね」
「僕を風除けに使わないでくださいよ」
キクミはまだ怒りを覚えているみたいだな。
僕たちは砂浜で狩りをしながら、結局一緒に洞穴へ戻った。