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第十三話

 ワープ先は森を開拓したような開けた空間。

 だが移動できる範囲は結界に覆われて狭い。闘技場を彷彿とさせる。

 ガタガタと震えるコウジがハンマーを構えながら、僕に顔を向けてきた。


「ア、アレを倒さないと、戻れないのか?」

「かもしれないですね」


 コウジの視線の先に、巨大な魔物がいた。

 トロールという名前のそいつは、右手に丸太のようなハンマーを持ち、ぼてっとたるんだ腹の浮き沈みとともに眠っている。先制攻撃の権利は僕たちにあるようだ。

 腰の大事な部分に布が巻かれ、それが外れて女性陣が戦闘不能になることだけが気がかりだ。


「脱出するだけなら方法はあると思いますよ」

「え?」

「死ぬ、とかですね」

「適当すぎんだろっ」


 コウジの目の光は乏しい。諦めたのかもしれない。だが、コウジは僕の言った方法を取らないだろう。そのくらいには信用している。

 遅れるように僕達の背後が光り、メンバーが勢ぞろいする。がやがやとトロールを見て、悲鳴を上げる人が多い。

 トロールは気づいたのか、その巨体を起き上がらせる。完全に立つと四メートルほどか。オーク以上に背丈があり、それが見掛け倒しでないのは、対面したプレッシャーで分かる。

 呼吸をするだけで、肺が凍り付いてしまいそうだ。

 張り詰めた空気……これは、久しぶりだ。

 僕が奴を殺すか、僕が殺されるか。お互いの命をかけた、本気の戦い。いくつか違うのは、一対一ではないことだ。

 血がふつふつと沸きあがる。思わず、口元が緩んでしまいそうになり、僕はそれを隠すように口へ手をやった。


「……あ、アレは……まさか、ボスみないものか」


 リーダーはぼやいた跡に、指示を飛ばす。


「……防御系の職業がトロールを引き付けろ。……補助魔法を使える人間はすぐに、壁役にかけるんだ。回復魔法を最優先に、攻撃職は隙をついて攻撃、無茶はするなっ」


 リーダーのおかげで、トロールがこちらに攻撃をしかけるより早く、準備が整っていく。

 鎧をつけているわりにリーダーの動きは速い。僕たちを守るように、トロールの前へ立ちふさがる。

 次に盾と剣を持った男、大盾を持った男がリーダーのあとに続く。彼らも防御がメインのようだ。

 背後では、武器は持っていないが、補助魔法を詠唱している五人がいる。その中にヒミリアも混ざっている。

 残った僕たち攻撃職は、トロールをじっと観察していく。

 リーダーが胸からぶつかるようにトロールへタックルする。トロールはその攻撃により、標的をリーダーにし、大盾男、盾剣男が攻撃を分散させる。

 攻撃職の何人かが、トロールの右足に集まり、僕は左足に向かう。

 トロールが人一人を軽く潰せそうな棍棒を振りかぶり、リーダーに叩きつける。


「……うぐ……らぁっ!」


 リーダーは耐え切り、吠えるように弾き返す。だが、疲労は明らかで膝から崩れ落ちる。トロールの一撃には、それだけの破壊力がある。僕たちは一撃ももらえない。

 トロールが追撃の攻撃をしようとする。

 が、右足に集まったメンバーが一斉にスキルを放ち、トロールの攻撃を中断する。あのまま攻撃されれば、リーダーは死んでいたかもしれない。

 トロールはうざったそうに、右足を振り回し、回避に遅れた二人が子どものように蹴り飛ばされる。


 蹴られた二人は死んでいないようだが、立ち上がれず、瀕死に近い。

 僕は左足にゴブリンダガーを投げつける。

 金属に弾かれかのような強固さで、筋肉に阻まれる。跳ね返ったダガーをジャンプして掴み、体重を乗せるように脛へと差し込む。

 肉に刺さり、内部の血を撒き散らす。


「ロォォォ!」


 ああ、最高だ。

 血が噴出し、トロールがのけぞるが大した傷ではない。トロールの左足が、僕を踏み潰しにかかる。

 この程度避けられないことはない。すぐに逃げようとするが、


「はぁっ!」


 盾剣男の盾が光り、トロールの左足へとぶつかる。トロールは僕に向けていた怒りを盾剣男へ変更する。仲間がいるのはこういったときに便利だ。

 棍棒を盾で受け流すようにしたが、盾剣男は吹き飛ばされる。足を引きずるように立ち、代わりに治療の終えたリーダーが大盾男と共に敵をひきつける。

  

 盾剣男がくれたチャンスをいかすため、先ほど傷つけた場所へパラライズダガーで投げつけた。

 黄色の線が走り、寸分違わず刺さるが麻痺はしない。僕は距離を開け、戻ってきたダガーを再び掴む。

 左足に集まったキクミ、太郎、コウジ。それぞれ思い思いに攻撃していく。

 三人とも攻撃系のスキルを持っているようで、僕よりもダメージを与えているかもしれない。僕は麻痺攻撃しかない。


 トロールの両足は、すでに血でまみれ、さっきから何度か膝もついている。

 僕たちの攻撃が連続で行われたところで、トロールは後退し、すぐに攻撃に移ることなく立ち止まる。さっきまでと違う行動に、僕たちは深追いをせずに立ち止まる。

 トロールの肺が浮き沈みを繰り返している。

 変化がなく、数人の戦闘職が追いかけようとして、トロールが両足を地面に沈める。


「全員、耳を塞げ!」


 僕は何をしようとしているのか理解し、声を張り上げる。遅れて、トロールが雄たけびをあげた。

 どんなに訓練を受けていようが、不意打ちの爆音なんてくらえば、ひとたまりもない。

 僕はいち早く耳を塞いだが、それでも体は音に驚いてしまう。一瞬怯む程度だったので、すぐに体の感覚は戻ったが、戦いの中での一瞬は死を意味する。

 耳と体が戻った右足を攻撃していたメンバーへ、棍棒が叩きつけられる。


「え?」


 死んだことさえも認識できないかのように。無慈悲に四人が潰れた。

 原型を留めているのは、その中で一人だけだ。


「うわぁぁぁ!」


 間近にいた男が、武器を捨て、がむしゃらに地面を四つんばいで移動していく。ついていく武器。

 だが、思うように動かないのか、顔面をぶつけるように転ぶ。

 遅れて事情を飲み込んだ右足メンバーたちが、恐怖に支配されて魔法組のほうまで逃げていく。


「……怯むなっ。くっ……」


 リーダーが声をあげて引きとめようとするが、変わらない。

 戦況は天気のように常に変わっていく。トロールが起こした行動により、人間優勢だった状況が、一気にトロールへ傾いていく。

 トロールからすれば苦肉の策だったのかもしれない。最後っぺだったのかもしれない。

 だが、やられてしまったことで、人間たちにはまだ何か必殺技を隠しているんじゃないか? 本当は僕たちを簡単に殺せるが、手を抜いているんじゃないのか? そんな考えがちらついてしまう。

 逃げていった奴らの心は軟弱な思考に支配されている。


 さっきと同じように戦えば、時間はかかるが問題はないと僕の脳が答えをはじき出している。戦いの中で育った僕には、この答えに絶対の自信を持っている。

 だが、皆が僕と同じような思考を持っているわけではない。仲間の死が多大な影響を与える。他人の死で心が動かない人間なんて、そうはいない。

 左足メンバーの僕たちは驚きながらも、距離があった。まるで遠くの出来事を見ているように呆けている。


「みなさん、攻撃を再開しますよ」

「ふざけるなよ、平民っ。あ、あんな奴に勝てるのかよ……っ」


 声を震わせた太郎。その手に持つ長剣から、力は感じない。士気は明らかにどん底だ。

 ここで、僕が何かを言っても駄目だろう。ぱっと出の僕ではなく、ここまで引っ張ってきたリーダーがみんなを元気づけるしかない。

 ふらついた太郎が僕にぶつかってきた。


「……!」


 僕は右手の裾がはだけ、咄嗟に左手で隠しながら太郎を睨んだ。腕を見られたかもしれない。自然、僕の視線は鋭くなってしまう。

 わざとぶつかったわけがない。こいつの目は恐怖にとらわれていて、どこを見ているか焦点は迷子だ。

 かっこいい騎士様だ。


「……後ろに下がっていてください。悲鳴をあげるだけなら、ここにいても邪魔です」


 戦えなくなるのが普通だ。ここで、なあなあな戦いを続けるよりは、きっぱりと拒絶してやったほうがいい。

 太郎は、戦わなければいけないという最後の鎖が壊れたように、逃げ出した。


「お、お前は!?」


 コウジが動かない僕へ見開いた目を向ける。


「コウジ」


 僕はコウジの耳元で簡単に話をする。これからのこと、どうやって状況を打破するかの作戦をコウジに伝えていく。

 コウジは頷いて、すぐに後方支援部隊に混ざる。

 残ったのは僕とキクミだけだ。キクミも怯えはあるが、比較的落ち着いている。


「元気そうですね。こういう状況はなれているんですか?」

「まあ、少しね。それで、何か、策でもあるの?」

「詳しい説明は戦いが終わった後でいいですか?」

「なによそれ」

「あなたは攻撃するだけでいい。後はいくらでも僕がやってみせますよ」


 詳しい説明がないので、キクミは少しふくれ面だ。

 とはいえ、時間に限りがあることを理解して、僕に追及はしてこなかった。


「大盾、時間を稼げますか?」

「……三十秒なら」

「分かりました。それだけあれば十分です、感謝します」

「御意」


 お前はいつの時代の人間だ。僕はそれからリーダーに駆け寄る。


「リーダー、どうにか士気をあげなきゃ戦いになりません。そのためにも、あなたがどうにかするしかありません」


 幸い、リーダーはこの状況を受け入れられている。リーダーまでも絶望状態だったら手のうちようがなかった。


「……だが、どうやって? 慰める言葉なんて思いつかないぞ……?」

「いや、それについてはそこまで問題はありません。トロールが弱っていることを証明できればいいです。今まずいのは、トロールが優勢であると思われてる部分です」


 あと少しで倒せることを理解すれば、怯えたあいつらも元気を取り戻すだろう。今のあいつらの精神状態は不安定だ。

 正にも負にも揺れやすい。


「リーダーは演説をして、合図を出してください。それに合わせて僕とキクミで最強の攻撃をぶつけます。リーダーは、見ろっあいつは弱ってる! すぐに倒せるっ! とか何とか大げさに発声してください。それで恐怖をかなり誤魔化せるはずです。今の一瞬だけ騙せれば、それでいいです」

「……分かった、やってみよう」


 リーダーが駆け出したのを確認して、キクミは腰に手を当てて呟いた。


「確かに、それなら私に説明は必要ないわね」

「ですよね?」


 リーダーが声を大にして演説を始める。僕たちは大盾を休ませるために、一度前に出る。

 トロールの攻撃を適当に引き付ける。キクミの動きは羽でも生えているように、軽やかだ。地球ではしっかり運動をしていたのだろう。


「みんな……さっきの攻撃で仲間がやられた。本当にすまない。だけど、お願いだ。……私は、あの化け物が許せない。トロールを殺すには……キミたちの力が必要だっ」


 トロールの拳が迫るが、僕は簡単に避ける。地面が陥没するほどの威力があっても、当たらなければ無意味だ。

 キクミも動きがいい。休んだ大盾がふたたび前に出てくる。

 そろそろ、頃合だろう。


「……さっきの攻撃はトロールの必殺技? 違う……あれは、死ぬ前の悲鳴だ。その目で見てくれ。トロールの体力はもうほとんど残っていない。攻撃もロクに当たっていないだろう?」


 強い一撃を大盾がそらしてくれる。リーダーの声にあわせ、僕たちは走り出す。大盾男がぐっと親指を立てて後退していく。


「最強のスキルをぶつけてください! 僕があわせますっ」

「はぁぁぁ!」


 キクミが走りながら、スキルを発動する。キクミは剣を引き、両手で持ち直してスキル名とともに振りぬく。


突牙線とつがせん!」


 まるで狼の牙が刺さるような一閃が、トロールの肉を抉る。傷は深くないが、トロールは悲鳴を漏らす。

 キクミは斜めへ体をずらし、僕が攻撃しやすいように移動してくれる。僕は傷を広げるようにゴブリンダガーを突き刺す。

 ダガーの刃が見えなくなるまで、埋まり血が僕の体を濡らす。だが、攻撃はたらないっ。

 トロールの目は、死にそうになりながらも僕を殺すことだけに力を入れている。やるかやられるか。僕はもう一度ゴブリンダガーを持つ手に力を入れる。

 僕はその場で一発をもらうことを覚悟して、トロールの膝に飛び乗る。


「サエキ、離れなさい! 魔法が来るわ!」


 だが、キクミが僕に指示を出す。


「アクアボール・オーバー」


 遠いはずなのに、僕の耳にははっきりとヒミリアの声が聞こえた。眠そうにしながらも、放たれた水の大砲は凄絶なる一撃でトロールを怯ませる。

 ヒミリアの脇では、コウジが親指を上げる。僕の話から、攻撃の決定打としてヒミリアに用意してくれていたようだ。僕はトロールの足を壁代わりに、飛び退いた。

 遅れて、別の魔法が好き勝手にトロールへ降りかかる。

 ヒミリアはぶすっとして倒れこんでしまう。帰りはおんぶしてやろうと、僕はご褒美を画策する。


「……生きて、必ず地球に戻ろう。私たちは、ここで死んでいった人たちのためにも、生き続けなければならないんだ」


 リーダーが強く言い放った。

 トロールが膝をつき、僕の顔を睨んでくる。

 疲労を隠すようにしているが、さっきから呼吸の感覚が短くなっているのは見ていて容易に分かる。


「……やってやるよっ! あんな雑魚、オレのハンマーですり身にしてやる!」


 コウジが声を張り上げると、それにつられるように、俺も、私もと最後の一歩を踏み出す。

 中にはどうせ死ぬなら、暴れてやる! みたいな卑屈な闘志だが、戦うつもりがあるならなんでもいい。


「これが狙いだったってことかしら?」

「単純な奴らでよかったですね」


 コウジに与えた役目はサクラとして、リーダーの一声に反応すること。ヒミリアに魔法の指示を出してくれたのは、嬉しい誤算だ。

 そこからのトロールは怖くはない。

 全員で足を斬りつけ、膝をついたところで、僕がトドメの一撃に喉へとダガーを突き刺した。

 メンバーの雄たけびを聞きながら、僕は新たに解放された武器に満面の笑みをこぼした。


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