第十一話
結局、僕たちは情報を入手できなかった。キクミはそのことが悔しいらしく、歯噛みをしている。
木から飛び掛ってきたドクヘビを埃でも払うように切り伏せる。
ドクヘビダガーがセカンドになる。調査していればサードもすぐだろう。
洞穴に戻ってきた僕たちは、メンバーが集まるのを待っている。コウジがやってきて、僕も合流する。
外は暗くなり始めるが、洞穴は光る石で明かりを確保していた。
「あの石はなんですか?」
「よくは分からないけど、この島にあるランプみたいなものだぜ」
食事集めをしていたというコウジに聞き、便利なものがあるものだと島の優しさに感謝する。一つ手に持ってみるが、普通の石と大差ない。
僕は情報をまとめているメンバーを見やりながら、遠くで眠っているヒミリアに目を向ける。
コウジとともに行動していたようだが、あれだけ寝ているのを見るとクリスタルの力に不安を感じる。
僕たちもいつか……ああなってしまうのではないか。
僕は少し離れたところで、リーダーの発言に耳を向ける。
「今日の森の調査で、一つ気になる物を見つけた」
「な、何かあったんですかリーダー!?」
「森の一角に、魔法陣のようなものがあった。ただ、それがどんな効果があるのかは調べていない」
魔法陣か。
知らない物を見つけて、すぐに触れるのは危険だ。ましてや、この島は僕達を殺しにかかっているので、罠であるかもしれない。
慎重に調査を進めるのは当然だ。とにかく進展があってよかった。
「やったわね! これで、日本に戻れる可能性があがったわっ」
キクミが嬉しそうな表情で興奮気味だ。キクミは、帰ることに異常な執念を見せている。
と、太郎が僕のほうにやってきた。
「おい、平民」
「ああ、太郎元気そうですね」
「これ以上キクミさんに関わるな。キクミさんは本気で地球に戻りたがっているんだ。貴様のような雑魚に絡まれては迷惑だ」
絡んでるのはそっちなのだが。
「日本で何かが待ってるんですか?」
「僕との結婚だろうな」
それはねえよ。
「……明日、魔法陣の調査を行いたいと思う。どんな危険があるか分からないのでなるべくなら大人数で調査をしたい。参加するつもりのある人は手を上げてくれ」
メンバーたちはひそひそと話をする。危険がある以上、進んで参加したい人間は少ない。
とはいえ、少ないだけで、僕のパーティリーダーさんは別のようだ。
「私は行くわ」
「キクミさん!? ちょ、ちょっと待てよ。僕は反対だぞ。キミをそんな危険なところに連れて行きたくない!」
慌てたように太郎がキクミを諌める。
キクミの登場により、洞穴にいるメンバーたちのいくらかが見とれたようにため息を吐く。
確かに、黙っていれば可愛いからその反応もわかる。口を開くと小言がうるさく、耳を塞ぎたくなるのだが。
キクミははぁと深いため息をつき、眉間の辺りを揉み解した。
「あなたは関係ないわよ。私は、私の意志で行きたいの」
キクミは心の底から発した嫌悪の言葉を、しかし太郎は聞こえなかったように繰り返す。
「キミを守るのが僕の務めだ。キミは僕の姫なんだ」
太郎がさわやかに笑うと、メンバーの中の女性が頬を赤くしている。見た目は整っているため、騙されてしまう女性も多いようだ。太郎は太郎で愛が重たすぎる。愛の対象であるキクミはほとほと疲れている。
「私が姫なら、私の命令も少しは聞いてくれるわよね?」
「間違いを正すのも僕の役目さ。危険なことは下々にやらせればいいんだ」
これ以上二人のつまらない演劇を見ているつもりはない。
僕は二人を引き離すようにして、リーダーに顔を向ける。
「リーダー、僕、キクミ、それと、コウジ。これだけいれば魔法陣の調査は大丈夫か?」
「ちょっと待て、なんでオレがっ!」
コウジの抗議を僕は笑顔で無視する。
「少し、不安だが……私の仲間もいるから合計で八人になる。たぶん、大丈夫だろう」
リーダーの仲間は四人もいるのか。突然現れた僕に、キクミと太郎が別々の反応を示した。
「待て、腐ったトマト!」
なんでトマト。
「貴様、彼女は僕の姫だ! 勝手なことは許さないぞっ」
「なら、お前も来るか?」
「だから、彼女を危険な場所に連れて行けるか! 行くなら、僕が一人で向かおう」
太郎は顔を真っ赤にして、怒鳴り続ける。ただキクミを思っていることだけは伝わる。
島に来る前から付き合いがあったのか、太郎はキクミに対して強い思いがあるようだ。
「やめなさい太郎! 何度いえば分かるのよっ。いい加減に私の邪魔をしないでっ」
太郎は驚きに目を見開き、それからしょんぼりとする。
「リーダー、俺も参加するぜ」
「リーダー、私も」
名乗り出てくる人間が増え、最終的には十六人になった。
「僕もだ! キクミを一人で行かせるわけにはいかないっ!」
いや、十六人もいるんだって。
下手に自分勝手な奴を連れて行くとチームが崩壊するかもしれないぞ。ああ、僕がいる時点で駄目か。
太郎を合わせて十七人。
それ以外は洞穴から出て行き、魔法陣について考えられる可能性をあげていく。
転移、魔物呼び、地球へのヒント、外への脱出などなど。
中々どれも微妙な線ではあるが、一つずつに対策を立てていく。
やがて、作戦会議は終了し、僕のまぶたが重くなってくる。
コウジはまだ眠っているヒミリアを起こしに行く。どうせ、コウジと同じ洞穴に向かうのだ。僕は護衛のつもりでコウジを待つ。
キクミはぶすっと頬を膨らまし、腰に手をあてる。また小言を言われるのか。
「あなたは……もうちょっとピシっと立てないの?」
「結構ちゃんと立っていますが……。というか、あなたは僕の母親ですか?」
「命を助けてくれた相手が情けないのが気に食わないのよ」
「むちゃくちゃですね」
僕はがりがりと頭を掻いて、
「僕に話しかけないほうがいいんじゃないですか? 彼氏がうるさいですよ」
「彼氏じゃないわよ、あんな奴。ほんと、死んでほしい」
「そのくせに仲がいいじゃないですか」
「もしかして、嫉妬?」
「え、誰に?」
「……婚約者、なのよ。最悪なことにね」
なにやら、やんごとなき事情があるようだ。深く関わったら面倒なだけで、面白そうな気配はない。
「キクミー、ちょっと聞きたいことがあるんだけどー?」
メンバーの女子に声をかけられ、キクミは「また後でね」と去っていった。
僕は壁を背もたれに、人間観察を始める。
「おい、冴えない名前のサエキ」
太郎は高慢に、僕の肩を掴んでくる。握力はそれなりにあるようだが、全く痛くない。
「自分に言っているのですか? すみません、あまり面白くありませんでした」
僕が言うと、太郎はかっと顔を赤くして、怒りを顕す。
「あの子に近づくなっ。貴様のような、貧乏人にキクミさんは守れない」
僕の正体に気づいているのか? ……いや、違う。
太郎が見下すのは僕だけではない。あの目は卑しい金持ちが、自分以外の人間を見るときの物に似ている。
たぶん、こいつは僕の服装で判断している。僕は上下ともにジャージ。下着を合わせても、三千円程度しかかかっていない安物の服たちだ。
キクミと長剣太郎は、服装に金がかかっている。恐らくは、金持ち同士の婚約者、とかそういった関係なのだ。今の時代、珍しくもない。
面倒事を背負いこむのは面白ければ。彼女らに関わっても、楽しさはなさそうだ。
「守るつもりも、近づくつもりもありませんよ。向かうが僕に近づかなければ、何もしないです。さすがに無視すれば、あなたはまた文句を言うのでしょう?」
「キクミさんが貴様に自分から近づいたとでも言うのか? 話しかけてもらいたそうに、舌を出していたじゃないか」
「犬か、僕は」
どちらかといえばお前だろうが。太郎は常に、キクミをちらちら見て、物憂げなため息を吐いていた。
太郎は気に入らないと舌打ちして去っていく。
「あいつ、何かあなたに言った?」
僕と太郎が話しているのを見てか、用事を終えたキクミが戻ってくる。
また太郎に何か言われるのか。キクミに小言を言われ、太郎に怒りをぶつけられる。負のスパイラルすぎる。
「仲良くしようぜ、だそうです」
「本当に?」
「嘘をついていると思いますか?」
キクミが僕の目を覗き込んでくる。
「……何を考えているのか、さっぱり分からないわね」
「おーい、サエキィ! ヒミリアを連れていってくれ」
「……それでは、僕は」
見るとヒミリアは体育座りのまま目を閉じている。キクミはまだ視線をこちらに投げていたので、
「何か僕に用がありましたか?」
「いえ……おやすみなさい。明日頑張りましょう」
「はい。しっかりと休んでくださいね」
僕はコウジの近くで眠っているヒミリアの頬を叩く。ぷにぷにとした柔らかさが返ってくる。
「ほら、おきてください」
「足が、動かない。おんぶ」
「コウジに乗せてもらってくださいよ」
「ちょっと臭い」
「なぬっ!? まだ加齢臭って年じゃねえんだけどなぁ」
自分の臭い嗅いでも分からないだろ。コウジは首を捻り、納得いかない様子だ。
「自分で歩くつもりないのなら、ここに置いていってもいいんですよ?」
「薄情者ー」
ヒミリアが両手を振って抗議すると、ぷかぷかと浮いた黒猫が上下に揺れる。
なんなんだこいつは。いつからいたのか知らないが、ぬいぐるみのような黒猫は無機質な目でこちらを見ている。
「あ、掴むな」
「うるさいのですよ。僕の周りを無許可に飛び回らないでください」
掴んでみたが、普通のぬいぐるみにしか見えない。肌触りも、質の悪いぬいぐるみのようだ。
「これはなんなんだですか?」
「説明面倒だから、体験してみて」
「体験? 嫌な予感しかしないのですが……ええと、タンマ、ストップですやめてください」
「ファイアボール」
ヒミリアがボソッと呟くと、黒猫の口がぱかりと開き、火の玉が飛び出す。
「あぶなっ!」
僕は瞬時に首を振り回して、魔法を回避する。洞穴の壁にぶつかり火の玉は消えた。
腰を抜かしながら、僕はヒミリアに引きつった怒りをぶつける。
「わたしの魔法の杖みたいなもの。職業武器の黒猫」
「これ、強化するとどうなるんですか? ていうか、謝罪の言葉は?」
「アクセサリがつく。ごめんなさいー」
確かに、黒猫にはゴブリンを小さくしたようなキーホルダーがついた首輪がある。
僕は魔法のお返しに黒猫をヒミリアに投げつける。それから、ヒミリアの腕を掴んで無理やり引っ張る。
「お前、強引……」
「わがままなガキにはこのくらいでいいんですよ。甘やかしても付け上がるだけですし」
「い、痛い!」
ヒミリアが泣き喚くが、知るか。
コウジについていき、目的の洞穴につくとヒミリアが涙目にして黒猫をぶつけてきた。
背中にあたるが攻撃力は大してないようで、紙で叩かれてるような感覚だ。
「わたしの腕がぽっくりもげたらどうするつもり……」
「ボンドでくっつければいいですよね」
「ここにボンドない!」
「オレはそこじゃねえと思うぜ、ツッコミどころ」
コウジの意見に同意だ。ヒミリアは僕の脛を蹴って洞穴の奥でごろりと横になる。武器である黒猫を枕にして。
あっさり眠ったな。こんな環境に放り出されてここまで眠れる奴なんて中々いない。
「見張りは僕がやりますから、コウジも先に寝たらどうですか?」
「マジで? サンキューな」
コウジも洞穴で横になる。ヒミリアに比べれば結構時間がかかったが、すぐにいびきが届いてきた。
口を縛り付けてやろうか。
この夜の時間をどうにか有効活用したいところだが、今の僕にいいアイデアは思いつかない。
二人が寝付いたところで、僕はあくびをかみ殺す。
僕も軽く眠るかな。寝ていても何かが近づけば起きれるし。
夜中にゴブリンが数回近づいてきた。僕は途中眠りを邪魔されながら、夜を明かした。