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第十話


 洞穴に向かうとすでにメンバーが集まっている。リーダーはすぐに所定の位置につき、会議を始めた。

 会議の中、一人の女性が僕のほうを見ている。

 木の机を中心に、リーダーが立ち上がり、各班の代表が取り囲む。

 僕は地面に座って、耳を傾ける。コウジは輪が小さくて入れなかったようだ。悲しそうに肩を沈めている。


「……森の調査も少しずつ進んでいる。明日から、参加できる人間は第二層に向かってくれ」


 会議が始まり、リーダーの発言に首を捻る。

 輪から外れていた僕は、コウジを小突く。


「第二層ってのは何ですか?」

「森は結界みたいなのでいくつかの層に分かれてるんだ。オレたちが出会ったのは第一層で、結界を越えた先が第二層だ」

「なるほど……」


 会議は順調に進んでいくが、あまり良い情報は得られない。魔物は地域ごとに出現するのが変わってくるようだ。


「はい、私のチームからは――」


 立ち上がったのは、先ほど僕を見ていた女性だ。

 長い黒髪はこの島に来てからも最低限の手入れがされているようで、光を反射するような美しさを保っている。背もすらっと高く、モデルと間違われてもおかしくない。

 というか、僕はそういう情報は持っていないので、本当にモデルかもしれない。

 周りの男たちもどこか色めいたため息をあげている。


「可愛いよな、あの子。このジョブ仲間集まりで文句なしの一番の女性だぜ? ほれるなよ?」

「ほれるわけがありませんよ」


 コウジのからかいに僕も苦笑を返す。

 見覚えがあるが、どこで会ったのか思い出せない。このままだとただのナンパの口実になってしまう。


「――以上です」


 彼女も大した情報はなかったが、第一層はあらかた調査が終わっているようだ。

 コウジからは、ボルケーノドラゴンに襲われたことが報告され、より警戒することになる。

 会議は終わり、明日からは第二層をメインに調査されることになった。

 堅苦しい話し合いだった。こういうのは嫌いだ。

 僕は凝り固まった背筋を伸ばすために腕をあげる。


「ねえ、少しいい?」


 僕を見ていた女だ。近くで見るとやはりどこかであった記憶がある。

 可愛らしく小首が傾げられ、コウジが僕に肩を組んでくる。


「なんだ、おまえ知り合いだったのか? 紹介してくれ」

「僕も知りませんよ……」

「どうかした?」


 女性は急に現れたコウジに疑問を投げる。

 コウジは「い、いえ……ごゆっくりー」と去っていく。コウジに睨まれたが、僕のせいじゃないだろ。


「キクミ! そんな男と話さないほうがいい!」


 続いて、僕の前に別の男が立ちふさがる。男のクセに長い髪が目立つ。戦闘の際に邪魔になりそうだ。そんな男とはなんだ。

 キクミをとめた男は長剣を背負っている。中性的な顔たちをしていて、服は汚れながらも高そうな物を身につけている。

 キクミにしても同じだ。どちらも金持ちの匂いがする。

 キクミは男に対して呆れたように頭を抱えた。


「太郎……いつも言ってるけど人の話に割り込むのはやめなさいよ。ええと、あなた、少し待ってなさい」


 太郎。覚えやすい名前だ。二人が言い合いを始め、僕の存在は? と首を捻っているとコウジがちょいちょいと手招きする。


「な、なあ。本当に知り合いじゃないのか? あの子があの太郎以外と話しているところを見たことないんだが……」

「分かりませんね……どんな人なんですか?」 

「この辺りじゃ有名な、戦う美少女だよ。戦姫いくさひめとも呼ばれてるけど、隣にいるあの太郎がうるさくて誰も話しかけられないんだよ。本人も必要以上の会話は求めないしな……うらやましい」


 どんな人間かは分かったが、戦姫はないだろう。武器は腰に下げた剣か。

 キクミと太郎の話がやみ、太郎は口をつぐむ。だが、目は鋭いままだ。


「僕に何か用ですか?」

「……少し外で話さない? ここだと目立つのよね」


 確かに、周りのひそひそ声がうるさい。


「キクミさん、僕も行きますよっ」


 太郎が見えない尻尾を振るように声をあげた。


「来なくていいわよ別に。むしろ来ないでほしいわ」

「絶対に行きますっ。キクミさんから離れるわけにはいかないっ!」

「……遠くで見ていなさい」


 妥協案を提示すると、太郎がふんと鼻を鳴らして僕を見下してくる。

 外に出ると空は暗くなっている。風が僅かに吹いていて、薄着の僕にはつらいときもある。


「私のこと、覚えてる?」

「え、ええと……基本的に人の名前を覚えるのは苦手なんですよね」

「最初の日。イノシシから襲われたときに助けてくれたお礼を言いたかったの。ありがとう」


 ああ、あのときのか。

 キクミが頭を下げると、黒髪がつられて落ちていく。そういえば、こんな綺麗な黒髪の女性だった……かも。


「僕は別にあなた自身を助けるつもりはありませんでしたよ」

「どういうこと?」

「あの場で助ければ、それだけ的が増えます。つまり、結果的に僕の生存率があがるから助けただけであって、感謝されるようなことではありませんよ」

「そうね。そういうことにしておくわよ」


 キクミは口元を隠して、小さく笑みをこぼす。まるで僕に他意があるような言い方だ。


「あなた、名前は? 私は、知ってると思うけどキクミよ」

「僕はサエキです」


 自己紹介を終えたところで、コウジがヒミリアを担いで出てきた。


「サエキくんの仲間?」

「たまたま一緒になった人ですね。今後も一緒にいるかは……どうでしょうか」


 改めて彼女の服装を見ると、やはり服の一つ一つに金がかかっている。

 ズボンには、有名ブランドのロゴみたいな物も入っている。


「サエキくん、明日は暇?」

「まあ、一応は……」


 この世界にいるほとんどの人間が暇だろ。


「なら、一緒に森の調査に行かない?」


 どうするかね。彼女は僕に対して期待するような目だ。

 これは、もしかしたら僕の実力に関して何かを思っている可能性がある。

 誤解は早めに解いたほうがいい。力目当てで近づかれても迷惑だ。


「ああ、分かりました。待ち合わせ場所はこの洞穴でいいですか?」

「ええ。楽しみにしてるからね」


 僕はコウジたちの寝床に案内してもらい、一晩を明かした。



 次の日。洞穴の前に行くと、すでにキクミたちがいた。

 キクミと太郎、それに昨日洞穴で見かけたメンバー数人がいる。僕を含めて合計六人か。


「私はあなたを呼んだつもりはないのだけど……」

「キミを守るのは、僕の宿命だ。……ましてや、こいつが行くのなら、絶対についていく」


 太郎は寝癖を手で押さえながら、僕を睨んできた。

 そんな嫌われるようなことをしたつもりはないんだけどな。


「僕は別にいいし、キクミもいて困ることはありませんよね?」

「名前を呼ぶな、汚らわしい」


 なんでお前に言われなきゃいけないんだ。


「それはそうだけど……わかったわ。調査に向かいましょう」


 キクミがリーダーとなってパーティー申請が飛んでくる。初めてのことだったので、やり方が一瞬分からなかったが、近くの人間に教えてもらった。


「パーティー登録は、OK押せば大丈夫です。それで、登録された一覧を見て、名前を選択すると、脳内に地図と光みたいなのが出ませんか?」


 言われたとおり、アカネという人間の名前をクリックする。

 すると、脳内に簡素な地図が浮かび上がり、アカネの居場所が大雑把に理解できるようになる。まあ、目の前なのだが。


「どうかしましたか?」

「改造手術をされたのですか、僕は」

「そう思いたければそう思えよくそったれ」

「え?」

「どうかしたんですか?」


 一瞬悪魔が見えた。


「い、いや続けてください」

「はい。それは仲間のメンバーの物です。今選択した人の居場所が分かるってことです」

「あなたの名前はアカネでいいのですよね?」

「はい、もしかして私を選択したんですか?」

「ああ、目の前で表示されました。なるほど、これで夜這いも仕掛け放題ってことですか」

「死んでください」

「え?」

「死んでください」


 今度は二度連続で悪魔が召喚された。彼女の前でふざけるのはかなり勇気が必要なようだ。

 中央の森に向かう。僕が昨日入ったエリアのため、似たような魔物しかいない。


「ここから、第二層に入るわよ」


 キクミが感情を込めずに告げる。

 僕や太郎は疲れていないが、他のメンバーはここまでのペースに疲れ出始めている。どこかで休憩を取る必要があるが、そのあたりは考えているのだろうか。

 今度はドクヘビという魔物が襲ってくる。これは期待できる。

 僕が戦う前にメンバーが倒したが、僕にもしっかりと熟練度が加算される。だが、熟練度は入るのだが、敵を倒さないとダガーは解放されない。


 ドクヘビダガー


 どうにか倒すと、刀身が毒々しいダガーが解放された。

 見ているだけで気分が悪くなってきそうだ。

 その後もドクヘビがやたらと襲ってくる。

 僕はあまり戦う機会がない。何もしないでどんどん熟練度がたまるのはラクでいいな。


「大丈夫ですか?」


 後ろにいると、メンバーの観察が容易にできる。木につまずいて転びそうになったアカネの肩を掴む。

 アカネは顔を顰めたが、頭をさげた。


「触れて欲しくはありませんが、感謝します」

「なら、ちゃんと歩いてください」


 パーティー全体で、明らかに疲労が目立っているが、気の強いキクミに「休みたい」と意見するほど自己主張の強いタイプはいない。

 僕はアカネの背を突き飛ばすようにして、道に戻す。

 少し歩いたところで、大量のドクヘビが襲い掛かってくる。全部で十体ほどか。

 キクミ、長剣太郎を軸に攻撃するが、倒しきれない。僕も攻撃に参加し、そして、太郎とぶつかる。


「どこを見ているんだ!」

「敵です」

「僕は敵じゃないぞ!」


 勘違いすんじゃねえよ。僕からしたらお前も結構な敵だが。

 ダガーを振るうと、ドクヘビは半分に斬れる。もう一体が噛み付いてくるが、僕は転げるように大げさに回避する。ドクヘビは太郎の背中に噛み付こうとして、慌ててキクミが切り伏せる。

 ドクヘビを葬ったところで、キクミが痺れを切らしたように言う。


「あなた、真面目にやってる?」

「魔物とあんまり戦わなかったのは、最後尾であなたたちが倒しまくるからですよ」


 ペース配分も考えず、みなが激しい動きで魔物を倒してくれるのだから、僕はほとんど何もしていない。


「別に、ラクだなぁとか思っていませんよ?」


 僕が決死の覚悟でギャグを放つが、場は静まりかえる。


「そっちじゃないわ。太郎に、わざとぶつかったわよね? あと、今もドクヘビから逃げていたわね」


 彼氏がやられて、怒ってる?


「なんだと! 貴様、僕にぶつかるなんて死刑に値するぞ!」

「そこは別にいいのよ。むしろあなたを死刑にしたいくらいだから」


 キクミはマジで嫌がっている。この二人の関係は奇妙だな。


「え?」


 太郎が本気で驚いている。


「わざとじゃありませんよ」

「あなたを見ていたけど、どうみても足の動きがわざとだったわ。魔物もいないのに不自然すぎるわ」


 チッ。騙せると思ったのだが、意外と目がいい。僕はバカにするように笑い、キクミを睨む。


「ずっと歩いて疲れていたんです。足がもつれても仕方ないでしょう?」

「仕方ないじゃない。早く調査を進めないと、この島にいる日にちが長くなるのよ? 急ぐのは当然じゃない」

「けれど、早く調査を進めて、パーティが全滅したら意味がないと思いますが」


 僕が口答えすると、キクミの目つきが鋭くなる。


「あなたは、この島から脱出したいとは思わないの?」

「キクミさん、そんな平民を相手しても無駄だよ。彼は地球に戻ったとしても普通の一般人。僕たちのように、生まれながらの勝ち組とは違って、居場所なんてないんだよ。ふぁーっはっはっ」

「あなたは黙っていて。関係ないから」


 キクミにいわれて、太郎は僕を睨んできた。濡れ衣だろ、おい。


「焦ったっていいことはないと思いますよ。方法が見つかっているのなら、まあ分からないでもないですが、アテのない探索ってのは予想以上に疲れるものですよ。あなたと違って、僕たちはそこまでのモチベーションがない一般人、なので」


 僕が挑発するように言うと、キクミが肩を震わせる。


「……みなさん、疲れていますか?」


 声を抑えてはいるが、怒りが込められているのが分かる。パーティメンバーは威圧的な態度に素直な気持ちを吐き出せない。

 頷きたいが、下手に言えばキクミに怒られる。

 だから、僕はわがままになる。


「休みを取りたいですね。僕はもう疲れました疲れました」

「汗一つかいていないじゃない!」

「あー、だりぃなぁ。一回休憩していいですよね? さすがに、ペースが早すぎますよ。誰かと競争してるわけでもないんですから……」


 僕は近くにある倒れた木を椅子にして、座り込む。キクミはこちらを睨んだが、そこに一つの声が割り込む。


「あ、あの! 少し、休ませてくれませんか!?」

「えっ!?」


 キクミはアカネが汗を一杯掻いているのに、今気づいたようだ。それからはっとしたように僕のほうを見る。

 僕は僕が疲れたから休んでいるだけ、そんな体で無視した。

 木をベッドにして、寝ようとすると、


「ふざけるな! キクミさんが行くと言っているのだから、黙って従え!」


 太郎が僕を蹴り落としやがった。パーティメンバーがキクミに逆らえないわけではないようだ。

 太郎の攻撃的な態度が、かなりの原因だろう。


「テメっ、服一着しかねえのに汚さないでくださいっ」

「うるさいっ! 言うことを聞かないのが悪いんだ!」

「太郎。あんた少し黙って。ここで休憩にしましょう。……私も少し、疲れていたところだから」


 そういってキクミはアカネに対して優しく微笑みかけた。先ほど見せた鬼は退治されたようだ。


「それでは、僕は川で服でも洗ってきます」


 いつも使ってる川は地理的にこの近くに流れているはずだ。耳を澄ませば、獣の唸り声に混じって水の流れる音が聞こえる。


「川……そうね。休むのなら、そっちにしましょうか」


 キクミがむぅと頬を膨らませ、ちょっと怒ったように僕を小突いてくる。

 川に移動し、思い思いに休む。僕が川の水を飲んでいると、


「あなた……ちゃんと口にしなさいよ」


 突然キクミがやってきて、耳元で囁くように言ってくる。水を飲むのに邪魔だ。


「なんのことですか?」

「彼女のことよ。疲れていたから、休ませるためにさっきの行動をしたんでしょ?」

「好意的な捉え方をしてもらって嬉しいかぎりですね」

「あなたねぇ! ごめんなさい。私、周りが全然見えていなかったわ……」

「そうですか、目が増えるといいですね」


 周りが見えていないほどに、キクミは何か大事なことが地球で待っててくれているのだろう。僕も早く帰らないと、雇い主に怒られるだろうが……それだけだ。

 そこまで本気になれるキクミに、僕は密かに拍手を送る。

 僕は水を飲み終えて、適当に離れたところに移動する。キクミと話したってことは、


「貴様! キクミさんになぜ話しかけるんだ!」


 やっぱ、こうなるのね。

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