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第一話

 多くの声が交じりあい、僕の耳に届く。それらはどこか不安な色に染まっている。

 頭痛が走り、意識がゆっくりと覚醒していく。

 飛び込んだ景色は体が冷えるようなほどに淀んでいた。紫に染まった不気味な空の明かりが、僕たちを照らしている。

 あんな空、地球にあったか? 

 

「ここはどこだよっ」

「なんなんだよっ! 誰か教えろよっ」


 他の人間たちが狂ったように叫んでいる。僕も訳は分からなかったが、おかしな状況には慣れているほうだ。


「おっ、目を覚ましたか」


 ひげが目立つ男が僕の肩を掴んできた。

 流れるような髪型のおかげか、中々男前に見える。

 右手首の火傷を見られないよう僕は、服の裾を引っ張った。


「ここはどこですか? あんたは?」

「オレはコウジだけど、ここはどこか分からないんだよ。お前も何もしらねぇよなぁ……」


 がくりとコウジは肩を落とし、疲れたように笑った。

 誰もこの状況を理解している人間はいないようだ。


「僕はサエキだけど……ここは日本、じゃないよね?」


 問題なく身体が動く。

 立ち上がれば、さらに多くの人間が見えた。人間たちを囲むように紫の壁のようなものがある。


「あれはなんですか? なんか凄く不気味ですね」

「結界、らしい。誰が名づけたのか知らないけど、あれより外には出られねぇって」

「結界って……誰が決めたんですか?」

「さぁな。誰かが言い出してそれが広まっただけだからな」


 結界の中は人が多く、中々暑苦しい。僕は服の襟を掴んで風を送りながら、状況を把握していく。

 結界の外には森が転々とあった。人間がいればいいんだけどね……。森の様子から、人が住んでいるような痕跡は見られない。

 足場をよく見ると、さらさらとした砂がある。触れてみれば、砂浜のそれと一致するのが分かる。

 海が近くにあるのかもしれないが、ここからでは見えない。

 海があると仮定して、考えられるのは無人島あたりに、連れてこられたとかか。

 だが、僕がそれに気づけないはずがない。自分を襲ってきた敵に対して、全く抵抗しないでやられるはずがない。

 記憶でも消されたのかもしれないが、そんな技術があるのかどうか……。 


「お、おいっ、どうしたんだ?」

「友人が巻き込まれているかもしれないので、探しに行って見ます」


 僕の脳裏に一人の女性がよぎる。


「そうか。オレも手伝うぞっ」

「ありがとうございます。背が低くて、何か偉そうな態度の女の子です」

「いればすぐに見つかりそうだな……」


 僕はそれから、僕の雇い主を探した。人の波をかき分け、一通り探したがいない。あいつ、かなり見た目可愛いから目立つんだよね。

 地獄から引きずり出してくれた彼女が、ここにはいないようでホッと胸を撫で下ろす。

 

「お、お前随分落ち着いてるな」

「え、そうですか? まあ、おかしな状況ってのには結構慣れていますからね」

「軍人か何かだったのか?」

「いやいや、普通の学生ですよ」


 軍人と思われるほどに老けてはいない。


「お、オレはこれでも、社会人なのにあ、やべぇ、足がつりそうだ」


 おいおい。コウジがふらついたので、僕は肩を貸す。


「まあ、学生ってのは夢みがちですし、ほら中二病とか色々ありますよね? あれをこじらせたようなものですよ」

「他人事見たいな言い方だな」

「自分のことだと考えると、嫌でしょ? 自分を誤魔化すための手段として、自分に置き換えないっていうのは大事なことですよ」


 コウジは足をさすっている。僕は周囲を注視していくが、現状を理解している人間は見つけられない。

 興奮しているような人間はいる。何か分かればと僕は、興奮している男に声をかけてみる。どこかやせ細った男は不気味に口元を歪めている。


「あの、あなたはこの状況を理解しているのですか?」

「え? い、いやぁ……これってたぶん、異世界っしょ。これで俺は嫌な現実から解放されるんだ……へへ」

「異世界……そんなことありえるのですか?」


 僕の雇い主がそんな類の本を読んでいたのを思い出す。

 あまり本が好きではない僕は、まったく知らない。


「現実に存在しているんだ! これで俺はきっと最強な力を手に入れて、異世界でヒーローになれるんだっ」


 目が血走っていて、僕は引きつってしまう。


「そ、そうですか、頑張ってください」


 関わっちゃいけない類の人間だが、中々興味深い単語もあった。

 異世界か。結界外の森には、見たこともない生き物の足跡そして空の景色。あながち間違っていないかもしれない。

 だが、信じたくはない。異世界にきてしまったとして、どうやって戻るのか?


「あ、あいつ何言ってるんだよ……あぁ、くそ腹減ってきたな」


 コウジが腹をさすっているが与えられるようなものは……。ポケットをまさぐると、チョコレートが一つあった。


「チョコ食べますか?」

「え? いや、いいって。ほら、ほかにも聞いてみようぜ」


 コウジが遠慮したので、僕はポケットにしまいなおす。

 あげたとしても、水が確保できなければ、喉が渇くといった問題が出てくる。チョコレートだけならそれなりにいいんだけどなぁ。


「ん? お、おう! サエキ!」

「あぁ? って、タナカかどうしたんですか?」


 前方から大げさにやってきたのは、クラスメートのタナカだ。クラスメートではあるが、こんな状況にでもならない限りは話さないような仲でもある。クラスが同じ以外に接点はない。


「よかったぜ。やっと知り合いを見かけられてさ。サエキは何かしらねえか?」


 普段関わりのないタナカでも、知り合いがいるというのは落ち着くものだ。


「いや、そちらはどうですか?」

「うーん、ぶっちゃけ何もわからねえよ」


 ニヘッとタナカの軽い笑い。彼の特徴を表すような笑い方だ。

 基本的にタナカは軽い男だ。こんな状況になっても笑っていられるタナカの神経の図太さに拍手を送る。

 コウジとタナカも軽く挨拶して、三人で行動する。


「とりあえず、結界を触ってみていいですか?」


 僕が提案すると、


「ああ、触ってみな。おもしれーぜ?」


 タナカは意地悪く口を緩める。何かあるんだろうな、と僕は近づいて触れてみる。

 触れた指先がぴりぴりと痺れるような感覚。無理に力を入れると、電撃が手から腕へ駆け抜ける。


「ちっ……!」

「だ、大丈夫か」


 コウジが覗き込んでくる。


「少し、痺れましたが……問題はありません」

「痛くないのか?」

「このくらい、我慢すれば平気ですよ」


 僕はぷらぷらと腕を振って、結界を背もたれに腰掛ける。通るつもりがなければ、いい背もたれだ。電流マッサージと名づけよう。


「ははっ、変なところで強がるなってサエキ」

「強がっていませんよ」


 コウジも恐る恐るといった感じで、背中をつけている。だが、電撃をくらってぺたりと倒れた。

 涙目になっていて、小さな笑いを誘う。

 ――そんな笑いは、一つの声によってかき消される。


「お、おい! あれなんだ!?」


 紫の空に巨人のような人間が浮かび上がり、結界の中で悲鳴が重なる。

 祭りのような賑やかさ。頭にがんがんと声が響き、うるさいなと僕はぼやく。

 紫の空に浮かんだ人間は両手を大きく広げる。


『ようこそ、人間諸君。私はキミたちを歓迎しよう』


 声は男のものだが、少し違和感がある。機械音声のような、どこか無機質な音だ。


「何が歓迎だよ! ここはどこだ! さっさと俺達を返しやがれ!」

「そうよ! あんた何者なのよっ!」


 結界にいる人たちが文句をあげる。


『キミたちは異世界に召喚された。そして、ここで力をつけて世界を救うことになるのだ』


 まるでこちらの言葉に耳を傾けていない。録音した音声でも流しているのかもしれない。

 男の発言に、さっき話しかけたガリ男がひひっと小さく笑い声を上げた。中々に腐った笑みだ。

 その他にも何人か、この状況を楽しんでいる人間がいる。

 僕も少なからず楽しさはある。日常に慣れきった僕にとっては久しぶりの非日常だったから。


『この世界に召喚されたキミたちは、イレギュラーのような存在だ。だが、神はクリスタルをこの島に落とした』


 勝手に召喚して、イレギュラーとは酷い扱い。


『キミたちがやることは、神の落し物であるクリスタルを手にし、力を手に入れることだ。でなければ、この島で魔物に殺されるだろう。クリスタルに、力を願えば君たちには神の力が反映される』


 本当にゲームのようだ。


『クリスタルに関するルールを説明しよう。クリスタルの力は一人一つまでだ。また、クリスタルを持つ人間が死ねば、そのクリスタルは別の人間が利用できる』

「なんで、チート能力なのに自分で集めなきゃいけないんだよ! 神様のイレギュラーなら、そっちの問題なんだから、問答無用でよこせよ!」


 さっきのガリ男がまるで知っているかのように話す。あいつ、もしかしてこんな体験を今までにしたことがあるのか? 

 怪しいな……脅して情報を引き出したい。

 とはいえ、タナカの前でそれを行えば、今まで培ってきた信用を捨てることになる。


『この島には魔物が存在する。キミたちは魔物に対抗するために、クリスタルの力は絶対に必要になるはずだ。諸君らの中から、英雄になれる者が生まれることを願おう』


 男は耳にからみつくような笑い声を残した。僕の背もたれも同時に消えた。

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