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タイトルは『いのち』とかそんな感じです

作者: 八束水臣

x年ほど前高校生の友人が学祭で劇の脚本を無理やり任命され悩んでおられました


テーマが「命」で人死には×

そして稽古時間が皆無と言う素晴らしい話

その辺を話しているうちに刺激されて1本書くに至りました

しかし、脚本なんぞ書いたことないのであくまで小説の形式で参考にする程度のもをといった次第で書きました

しかも文字数少ない目でと言われたので若干駆け足仕様です


前置きはこの辺で

雨の降りしきる夜、一台のバイクが山道を走り抜ける。帰宅を急ぐ少年はその逸る気持ちを右手に伝えじりじりと速度を上げていく。雨に視界を奪われ疎ましく思いながらも対向車、後続車ともにないことが危機感を薄れさせさらに加速していく。

くだりカーブに差し掛かり少年は慣れた調子でバイクを倒す……自身の速度も忘れて。

地面を照らすライトがマンホールを映す。

――ッッ!

瞬間、後輪が踊る。気づいたときにはすでに遅く、ブレーキに手を伸ばす間もなく少年は道路に投げ出された。スタントマンさながらに、二度三度転がりうつぶせになる。痛みよりも先に恥ずかしさで体が熱くなっていた。しだいにそれを上回る熱さと痺れが左肘に奔る。大枚をはたいて購入した学生には少々分不相応な革ジャンのおかげで大きな裂傷はなかったがそれでも関節はじくじくと痛んでいた。早鐘を打つ心臓を押さえつけ、少年は立ち上がろうとする。そのとたん、左足首に痛みが奔る。


「くそッ」


誰にでもなく悪態をつき少年は立つ。

堪えられないほどの痛みではないようだ。足首を二、三度捻りながら衝突音を奏でたバイクを探す。見るとバイクは反対車線を突き抜けガードレールにぶつかっていた。力なくカラカラとタイヤを回す鉄の塊を見て、バイクと地面に足を挟まれなかった幸運に感謝した。

惨状に対して思いのほか軽傷であることに安堵し、続いてバイクの生存が気にかかる少年。

少し足を気にして少年はゆっくりと歩き出す。近づくにつれてバイクの灯りがガードレールの下の何かを映す。

それは……紅い、傘。

刹那、落ち着きを取り戻しかけていた少年の心臓は一気に跳ね上がる。

先ほどとは比べ物にならない位に怒涛の勢いを刻む。

全身が震えだす。

雨が急速に体温を奪っているがそれだけではないことは明白である。

歯噛みが合わずカチカチと鳴る。

いまや左肘の激痛すら遥か彼方に追いやられていた。震えの止まらない手で傘を拾い上げる。柄のひしゃげた傘は砂利を舐め汚れていた。ガードレールから身を乗り出すようにして崖下に目を凝らす。見ると明らかに今しがた折れた木の枝や千切れた雑草で一筋の道が出来ていた。

めまいを覚え少年はガードレールに掴みかかる。破裂せんばかりに心臓が鳴り、過呼吸のように息を吐く。

崖下ではなにもうごめく気配はない。

不意に、少年の背に薄く灯りが届く。一台の車が少年を気に留める風もなく通り過ぎていった。とたん、少年は全身から汗が噴き出し、心臓は握り潰されそうな圧迫感に襲われた。少年は傘を崖下に投げ捨て、あわててバイクを引き起こした。見る限りバイクに大きな損傷はない。


「かかれ、かかれよ……」


心の底から祈りながら少年はエンジンをかける。キュルキュルと二、三度鳴きバイクは息を吹き返した。

そこから逃げるようにバイクで走り出す。いや、ようにではなく正に逃げ出したのだ。

焦る気持ちが思考を低下させ、さらには目撃者の可能性が拍車をかけ少年の拙い想像力はただこの場から逃げ出すことを選んだ。



「おかえりぃ。ご飯は?」


「いい」


居間から届く母親の声を一言でかわし、少年はバスタオルを取り自室に入った。ずぶ濡れになった服を脱ぎ散らかしていく。黒光りしていた革ジャンは左腕の部分が大きく剥げて、大量の雨を吸いこみ重量が増し目に見えて無残な姿に変わっていた。バスタオルで体を拭き必死に落ち着こうとするが当然落ち着けるはずもなく焦燥感ばかりが募る。それは決して消えることはなくコールタールのようにへばりつき少年の心を覆いつくしていた。

捜索、容疑者、逮捕……テレビなどで絵空事のようにしか知りえない事態が自身に降りかかるが正確な知識を持たない少年には陳腐なイメージしか浮かんでこない。

――日本の警察の捜索能力はすごいって聞いたぞ。あっさりオレのこともみつけるのかな

――テレビ番組で雨は証拠を洗い流すっていってたし

暗と明を行き来する少年の脳は今にも破裂しそうな勢いだった。

ベッドに座り頭から毛布を被り「捕まる、捕まらない」と出口のない問答を延々とぶつぶつと呟いていた。


日が昇る。少年は毛布を被ったまま壁にもたれた状態で眠っていた。

扉が強く叩かれる。その拍子で少年は体を震わせて覚醒する。


「いいかげん起きなさいよ。母さんもう出るけど、ご飯食べたら流しに置いといてね」


少し早口にまくし立てて母親は仕事に向かっていった。

家で独りになった少年は弾かれたように着の身着のままで駐車場に出た。泥と雨で薄汚れたバイクを穴が開くほど観察する。ステップやミラーが多少曲がっているほかタンクの塗装が少し剥がれている程度で大きな欠損はない。


「大丈夫、この程度なら雨が流してくれる……大丈夫だ」


バイクを凝視しながら少年は自身に強く言い聞かせる……何度も何度も。

しばらくして納得したのか家に戻り朝食を摂る。茶碗を持つ手に痛みが奔る。その時になってようやく左腕を痛めていることを思い出した。食後、シップと包帯で応急処置をして制服を着る。まだ日差しの強い時期にカッターシャツは長袖を選んでいた。

身支度を済ませ少年は学校へ向かう。

道中、少年は自身の異変に気づいた。

他人の話し声、笑い声が異常に鋭く耳に届くのだ。同じ方向に歩く、同じ服を着た者たち。今までなら気にも留めなかった筈の顔も知らない女生徒の笑い声、ふざけ合う男子生徒の声、少年はそれら全てが自分に向けられているように思えてならなかった。まるですべて見透かしたような嘲笑いの渦が少年を包囲する。

心臓がドクドクと急速に脈動していく。暑さのせいとは言いがたいほどの発汗に足がもつれる。自然とペースが遅くなり喧騒から少し離れる形になった。結果、嘲笑は小さくなり心拍数は正常に戻りつつあった。


「……大丈夫だ」


小さく呟き少年は胸を強く押さえつけて改めて歩き出した。


教室に入るもやはりざわめきは少年には嘲笑となって突き刺さる。


「おはよ~」


「おはよっス」


少年は口々に投げかけられる友人からの挨拶にも一言か細く返すだけで弱弱しい足取りで席に着いた。


「どした?具合でも悪い?」


「ああ……風邪かもね」


友人の質問から逃げるため適当な方便をでっち上げる。


「昨日の雨きつかったもんなぁ。帰り濡れたろ?」


「少しな……」


「つか、あの雨じゃこけてんじゃないかって心配したよ」


少年の全身に緊張が奔る。

咥内の粘つく唾を大きく飲み込み、声色が変わらないように細心の注意を払って。

「あの程度で事故る分けないって」


少年は言い放つ。

友人らは特に不審に感じなかったようだ。

そうこうしている内に本鈴が鳴り教師が入ってくる。


6コマの授業が終わるころ少年は昏倒寸前だった。

クラスメイトの、教師の視線全てが自分に向けられている感覚に襲われていた。

そこに乗る感情は侮蔑、犯罪者に向けるそれであった。

『こんなところでのこのこ授業受けてんじゃねえよ』

『この人殺しが』

『早く警察に自首してこい。それとも通報してやろうか?』

視線は言葉となり、言葉は力となり少年を蹂躙していく。

これから街中を抜け帰宅することに恐怖を覚えた。しかし、ここに留まることも出来ない。少年は全身を引き摺るようにして学校を出た。

帰路を急ぐも強迫感から足がもつれ、遅々として進まない。雑踏に心を圧迫されふらつき、その姿でさらに人目を引き重圧が増える悪循環に飲まれていた。

肩がぶつかる。


「ぼやぼやしてんじゃねえ!」


ぶつかった中年男性の雑言は少年には『人殺し野郎が』と届く。ぶつかった拍子でふらついて地面に倒れる。今にも泣き出しそうな顔をしていた少年にばつが悪くなったのか中年男性は舌打ちを残して歩き去った。地面にへたり込んだ少年は幻覚ではなく真実に周囲の視線を一身に集める。


「なにあれ」


「ちょっとぉ助けてあげたら?」


恋人らの嘲笑いが何倍にも膨れ上がり少年の頭を万力のように絞めつける。


「あああぁぁぁーーーッ!」


残る力を振り絞り全力で走り出した。


帰宅した少年は頭から毛布を被り昨日と同じ姿になる。部屋で独りになっても耳に笑い声や雑言が張り付いていた。

それどころか今現在耳元で『死んでわびろ』『なら飛び降りがいいんじゃない』などと新たな語彙で少年を攻め立てた。心の奥底から溜まりに溜まった澱は少年の心身を蝕んでいた。疲労が倦怠感を呼び睡魔に襲われる。

まどろむ意識の中、少年は『声』から逃げられることに安堵した。


真っ暗だ……オレ、今どこにいんだろ。まいったな、何にも見えない。

ん?なんか見えるな。

行ってみるか。近づくにつれておぼろげな像が形を成してくる。

紅い……でも汚くてひしゃげた……。

1歩ずつゆっくりと近づく。それに呼応するように左肘が熱を帯びてゆく。

もう紅いそれが何かわかる距離まで来ていた。

ドクドクと自己主張する左肘。

紅い傘だもんなぁ、やっぱ、女だろうな。

暗闇から白くて細い手が伸びて傘を拾い上げる。

ほらね……

あんなところにいるんだ、ちょっと神秘的な感じじゃないかな。真っ黒な長い髪、白いキャミソールとかが合ってそうだ。

ひしゃげた傘を持つ後姿は予想通りのそれだった。

しかし、雨や砂利汚れが飛沫しており黒曜石のような艶やかな黒い髪も純白のキャミソールも薄汚く汚れてしまっていた。

胸が締め付けられる。やっぱりだ……そう……そうだ、オレは君を――――――


目が覚めた少年はまるで滝にでも打たれたような大汗をかいていた。少年の網膜には夢の中の傘の持ち主の像が焼き付いていた。もはや少年には眠りすら安息の地ではなくなっていた。


朝日が照り付ける教室に少しずつ生徒が登校して来ていた。


「あいつそういやゼンゼン学校来てねえけど、どうしたの?」


イスを逆向きに座り後ろの友人に話し掛けている。


「先生が話してんの聞いたけど、引きこもってる間に栄養失調で入院したらしい」


「なんで籠もってて飯食わねえんだよ」


「しらねえよ」


肩を竦めてにべもなく切り返した。


「見舞い行く?」


「理由はわかんねえけど、面会謝絶だってよ」


「うっそ。なんで?」


自身らとかけ離れた言葉を聞き、心配より好奇心が優ったようだ。


「だからしらねえって」


「ま、待つしかないか」


後頭部で後ろ手に組み軽く伸びをして会話のきりをつけた。


「そいや知ってっか?山道で事故った奴いんの」


「まじで?」


新たな話題に食い付くように身を乗りだす。


「まじも大まじ、崖沿いにある警官人形おっこってたもん」


「ああ、あの傘差してる気味悪い奴?」


「そうそれ」


「間抜けもいるもんだねぇ」


生徒らは友人の近況からとりとめもない雑談へと飛び火しホームルームまでの時間を潰していた。


病院のベッドの上でシーツを被り少年は呟き続ける。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


虚空を見るその瞳の焦点は合っておらず頬は扱け、痩せぎすな体を貫頭衣で包んでいた。

謝り続けながら少年は命の重さを全身全霊でもって理解していた。

てな感じでした

書き上げたとき知人に読んでいただいたのですが

「面白いと思うけど、高校生の劇ではない」

というありがたいお言葉を賜りました


で、高校生の子がこのまま提出したかは聞いてませんが後日演目がなんだったか伺うと


桃太郎だったそうですw


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― 新着の感想 ―
[良い点] 面白かったです なんか他人事には思えなかった
2013/04/14 19:48 退会済み
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