7.帰り道
訪問ありがとう御座います。
ようやくここまで、という感じです。
後少し、おつきあい下さい。
少し後ろを歩く水面の足音が聞こえる。自分の足音よりも少し多いそれが、可愛らしく思えた。並んで歩けばいいのだろうが、一生懸命歩くその音が可愛くて、つい先を歩いてしまう。
「和斗さん。前に一度あったことがあるって、いつのことですか?」
「いつだと思う?」
「ん〜……」
あの日言ったことが気になってしょうがないのか、こうして水面は時々尋ねてきた。勿論、和斗に答える気はない。自分では言いにくい話だし、何より水面に自分で思い出して欲しいと思っていた。
「入学式……ですか?」
「違う」
「休み時間?」
「違う」
初めてすれ違った休み時間は、既に盗み見る対象だった。バレないように、友人らに目を付けられないようにするのが大変だった。
入学式もあながち間違っていないが、正解とは言えない。
「あの、私も分かるでしょうか」
「勿論。顔見て話したし」
「ん〜……」
ちらりと斜め後ろを盗み見ると、小さな口を尖らせて一生懸命考えていた。考え事をするとき、自分が子供っぽくなることをきっと水面は知らないのだろう。
「きっかけとなったことですよね……」
そう、自分が水面にこんなにも惹かれるきっかけとなった日。
「どうして私を好きになってくれたのでしょう……」
和斗に聞かれているとは思わず、口にしたこと場だったのだろう。小さな呟きが、耳に残った。
好きになった――水面は一体、自分のどこに惹かれたのだろう。
忘れていた不安が過ぎる。
「あのさ……」
「はい」
気がつけば足は止まっていて、いつの間にか水面の方が先に立っていた。
「水面は……」
「はい」
「水面は、俺のどこを好きになったんだ?」
「え?」
あまりの羞恥心に、顔が上げられなくなった。
結局、水面自身に聞いてしまっている。衝動的に動いてしまうこの性格を何とかしたい。告白の時も、この衝動に動かされた。
「えぇ!?」
あまりにも唐突な質問に、水面も動揺しているようだった。
「あ、あの……ですね。その……えっと」
言いにくいことなのか、なかなか水面は口にしなかった。
俺は、臆病者だ。
「悪い! 冗談だよ。ほら、さっさと帰らないと、電車に遅れるぞ」
その口から、何が紡がれるのか。それが怖くて、和斗は逃げた。本当に自分で自分が情けなくなる。
「和斗さん?」
「いや、マジで時間ヤバくないか?」
「和斗さん」
「ほら、これ乗り遅れると次って――」
「明るい」
「……は?」
「明るいところが好きです」
振り向くと、一生懸命顔を上げる水面の姿があった。きゅっと小さな口を真横に引いて、こちらを見上げている。
「話し上手で……話しを振ってくれるし、いつも私を見てくれています……」
「水面?」
「短くて柔らかい黒髪も好き。沢山つけた、お洒落なピアスが好き」
好き、と言う度に、水面の顔の色が濃い赤に変わっていく気がする。夕日の所為なのか、それとも――
「何より……」
「……何より?」
「優しい和斗さんが、大好きです!!」
満面の笑みで彼女が笑っている。自分を好きだと言って。
「……有り難う」
「えへへっ」
初めて、夕日に感謝した。
どうかこの顔の火照りに、彼女が気づきませんように。