6.お弁当
お久しぶりで御座います。訪問有り難う御座います。
花びらも散り、桜の木には今、緑の葉が生い茂っている。日の下は暑いが、木陰にはいると吹いてくる風が少し冷たくて、丁度よかった。
木の陰に、まばらに生徒の白いシャツが見えた。
「水面の弁当ってさ、水面の手作り……なんだよな」
「はい」
弁当箱の蓋に乗せられたウィンナーをつまみ上げる。見事にタコの形になっている。足は八本――丁寧すぎる。
そのまま口に放り込むと、上手い具合に胡椒の味がした。
こうしていつもおかずを蓋に取ってくれるのだが、毎日違うおかずで、更にどれも美味しい物ばかりだった。一体どれだけレシピを持っているのか。
「俺の母親、面倒くさがりで作ってくんないんだよな」
「そうなんですか」
「そうなんですよ。それで、金だけ渡されて購買のパン生活なわけ」
ぱくりと口に放り込むと、柔らかくて甘い卵の味が、口の中に広がった。
「マジで美味い!」
「あ、有り難う……御座います……」
ぼそぼそと礼を言って顔をうつむける姿は、本当に可愛らしかった。それだけでご飯三杯いけそうだ。
そのまま水面が顔を背けているのをいいことに、じっと見ながら手を進める。そういえば、少し髪が伸びた気がする。
「あの、お昼」
顔は背けたまま、水面が口を開いた。
「ん?」
もごもごと豚モヤシを口に頬張る。今日は味噌味だ。
「私、作ってきましょうか?」
「……」
一瞬何を言われたのか分からず、口の中の豚が無味に感じられた。次第に味が戻ってくる。
今、作ってくれると言っただろうか。
「……マジで?」
「迷惑でなければ」
そろりと水面の顔が向けられる。
「マジで!?」
「は、はい」
明日から決まった味しかしないパン生活とおさらばできるのだ。こんなに嬉しいことはない。
「あの、そんなに大したものは作れませんよ?」
「いやいや、水面の大したものじゃないは、大したものだから」
この弁当を基準にしたら、どれだけの弁当が泣くことになるやら。和斗が知っている中でも、和歌はまずアウトだろう。見たことはないが、あれの料理の腕は明よりも、和斗よりも劣る。
「なら、明日は特別和斗さんが好きなおかずを一つ入れてきますね。何がいいですか?」
「あぁ〜……卵焼き」
少し考えてはみるも、それ以外思いつかなかった。
「そんなのでいいんですか?」
「水面の卵焼き、好きだから」
初めて食べたときから、あの卵にはがっつり胃袋を捕まれている。それに、別に卵焼き以外にも水面は作ってきてくれるのだ。どれも外れがないのだから、別に何だってよかった。
「分かりました。卵焼きは必ず入れてきます」
ふわりと笑むと、水面はその白い手に《卵》とペンでメモをした。
有り難う御座いました。