1.あの時
訪問有り難う御座います。~少女は夢を見る~ 5.恋心 の話です。
長い黒髪が、風に煽られて顔にかかっている。白い指がその髪を耳にかけた。ただそれだけの事なのに、どきりとする自分は随分おかしくなっていると思う。
桃色の花びらが髪に着いたところも、古い本に指を這わせる姿も、全てが愛らしい。何て可愛い子なのだろうか。
図書館で話をした後告白をしたのは、焦ったからだ。正直、あんなに可愛い姿で話をされて、他の男に取られたら、どうしようかと思った。
「付き合ってくれない?」
そう言ったときのあの顔。つい先ほどまで怯えていたのに、ぽかりと口を開け、何とも言えない顔をした。
和歌が言ったとおりだと思った。このままでは他の男に本当に押し切られて付き合う日が来るとも。
別に、本当に衝動だけだったわけではない。一応、毎日情報収集をしたりしていた。最後は衝動に背中を押される結果になったけれど――
☆★ ☆★
あれから数日経ち、付き合っていると言えるのかどうかは分からないが、何とか付き合っているという部類に入る関係が続いていた。
毎日昼食を一緒にとっているおかげか、最近は自分から話しかけてくれたり、笑顔を見せるようにもなった。
窓際で和歌と楽しそうにしている水面。それを廊下から眺めるのも、もう日課だ。
「和斗、何してんのぉ」
「うっわ、変なのぉ」
「俺は今忙しいんだよ。どっか行け」
周りから変な目で見られるのも、もう慣れた。
水面は元々周りをみない方みたいなので、ゆっくり窓枠に寄りかかって眺められる。こうして見ると、いかに水面が可愛いかが分かる。和歌とは幼なじみなのだが、こうも違うと不憫に思えてくる。
「またそんなこと言ってると、和歌に怒られるぞ」
口に出していたのか、隣で一緒に中を見る明が呆れたようにそう言った。何の縁であるかは知らないが、明とも幼なじみの関係である。自分が水面に近づく前に水面と仲良くなれた二人が憎い。
「てか、何で俺まで付き合わなくちゃいけないのかな」
「水面にばれたらどうすんだよ」
「俺は別に問題ないし……」
何を思ったか、不意に明が立ち上がった。そのまま教室の中へと歩いてゆく。
「おい!」
慌てて廊下にしゃがみ込む和斗を尻目に、明は水面達の席へと近付いていった。その口元は笑っている。
後で締めてやる。
そっと窓から教室を覗くと、声が聞こえてきた。
「それにしても、水面ちゃんは可愛いね」
明の手が、水面の頭に乗っている。あの髪に触れている。和斗もまだ触ったことがないのに。
気が付けば、窓の木枠がみしりと音を立てていた。
廊下を見る明の笑みが歪む。こちらに気が付いたらしい和歌が頷いていた。
分かったなら、とっとと帰ってこい。
廊下を通る生徒全員が和斗を避けていたが、気にならない。とにかく今は、あの馴れ馴れしい男だ。
その時、不意に水面が廊下へ振り向いた。
慌てて下に隠れると、水面は気が付かなかったのか、変わりに明が出てきた。
「覗き魔」
「……おい、明。ふざけんなよ。何勝手に水面に手ぇ出してんだよ」
「お前のじゃないだろう?」
「俺のだ!」
中に聞こえてはいけないので、自然小さな声になる。
「落ち着けよ。首を絞めんなぁ〜」
「よし、一発殴らせろ」
「お、おい、マジやめろって。和斗に殴られるとしゃれにならん!」
固く握り拳を作ると、明の笑顔に汗が流れた。
止められるわけがない。自分が一体どれだけ水面に触れるのを我慢していると思う。
「ほら、水面ちゃんと図書館行く約束してんだろ。行けよ」
「うわっ、やべ」
時計を見ると、既に約束五分前だ。水面より先に着いておきたい。
慌てて明を放り出すと、和斗は桜並木に向かって走り出した。
「次こんなことしたら、和歌にお前の秘密話すからな!」
「ちょ、それだけは勘弁!」
「後、水面のこと名前呼び禁止」
それだけ言いおくと、和斗は廊下の窓から外へと飛び出していった。だから、その後明が言った言葉は勿論耳に入っていなかった。
「約束してる彼女は教室にいるんだから、そんな慌てなくてもいいだろ」
有り難う御座いました。