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この作品には 〔ボーイズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。

血の桎梏

作者: 工藤るう子
掲載日:2012/04/09







 窓ガラスに映るのは、本当に私の顔なのか。


 映る顔の四分の一近くは、マスクで隠されている。


 マスカレード用の、それでも華美すぎないていどの装飾に凝ったものだ。


 疑うべくもなく、見慣れた、顔だ。


 窓に映っているのは、間違いなく、私である。


 暗紅色のビロードの部屋着の金のかがりが、蝋燭の明かりにちらちらときらめく。


 窓の外は、夜。


 雲間から現われたオレンジ色の禍々しい月が、周囲を照らし出す。


 黒い木々の影のかなたに見えるのは、十年近く前に焼けた、塔の残骸である。


 片付けられることなく、それは、夜の闇の中、禍々しいシルエットを見せて佇んでいる。




 兄さん――と、つぶやく。




 あの塔の中で、兄は、焼け死んでしまった。


 十数年という短い一生のその三分の一をあの冷たく暗い塔の中に塗りこめて。


 けれど。


 兄は、本当に死んでしまったのだろうか。


 ガラスに額をつけて、私は、他愛もないことを考える。


 なぜなら。


 兄の焼死体を、私は、この目で確認しているのだ。


 白磁のすべらかな頬がただれた無残な骸を、私は、思い出す。


 誰よりも美しく、誇り高かった、兄。


 けれど、長くつづいた血の澱みが呪となって兄の心の一部にほころびを生じさせていたのも、また、真実。


 それゆえに、塔に閉じ込められて。


「兄さん」


 私の心に、からだに、癒えぬ傷を残したまま、この世を去った、兄。


 涙に月がにじんだ。


「旦那さま、アルフレッド卿がお見えになられました」


「わかった。今行く」


 振り返る直前、ガラスに映った私の顔が、冷ややかな笑みを宿したような、そんな錯覚に、私は目をしばたかせずにはいられなかった。






 寄宿学校での日々は、私にとっては、地獄にひとしかった。


 私の何が“彼”の目を引いたのか、上級生の陰湿ないじめに身も心も竦みあがっていた毎日だった。


 誰にも相談は出来なかった。“彼”が、寮の監督生だったからだ。


 何度死にたいと思っただろう。


 何度、手首に剃刀を当てようとしたことか。


 けれど、所詮気の小さい私には、それを引くことは、出来なかったのだ。


 おどおどとひねこびて、ひとの顔色をうかがう毎日だった。


 だから、その命令を、断ることが出来なかった。


 長い夏の休暇を、私はどれほど待ち焦がれたことか。


 兄に会える。


 “彼”から、解放される。


 それが、私の、唯一の慰めだったのだ。


 だというのに。


 私が招いたと我が家にやってきた“彼”に、私は不安しか覚えなかった。


 そうして、それは、現実のものとなった。




 私は、“彼”に、レイプされたのだ。




 しかし、そんなこと、誰に言えるというのだろう。


 ただ静かに、私は、傷が癒えるのを待つよりなかったのだ。


 “彼”が一刻も早く私の家から去ってくれるのを祈るより他に――――


 兄は、どうやって、そんな私の状況を知ったのか。


 夜中、ふと目覚めると、そこには、私を見下ろす兄の心配そうな顔があった。


 開かれた窓から差し込む月の光が、兄の秀麗な顔を照らし出していた。


「大丈夫」


 そう言って、兄は私の前髪を掻きあげると、そっと、額にくちづけた。


 兄のやわらかな黒髪が、私の額をくすぐる。


 私だけに兄が見せる、ほのかにやわらかなまなざしに、私の瞳から、涙がこぼれ落ちた。


「何も心配しなくていい」


 そう言った刹那兄の琥珀色の瞳に宿った、刃めいて冷たいものに、私の背中をおののきが走り抜けた。


「にいさんっ」


 かすれた声は、しかし、兄の耳には届かなかった。




 これが、きっかけになったのだ。




 私に対する兄の執着は、幼い頃から常軌を逸していた。


 そうして、いまひとつ、兄を塔に閉じ込める直接の原因は、その残虐性にあった。


 秀麗な顔をわずかにゆがめることもなく、兄は、生き物を殺した。


 それは、血の奥深くに澱み、忘れたころに、血族に現われるのだ。


 兄は、“彼”を殺し、中世の城主のように、城壁からぶら下げた。


 最後の堰は断たれ、以降、兄は、ひとの血を、断末魔を求めた。


 どうやって塔から抜け出すのか。村からひとを攫っては、殺しを楽しむようになったのだ。


 そうして、終には、恐怖に捕らわれた村人たちに追い詰められ、塔に火を放たれた。




 私は、兄を助けることは出来なかった。


 兄は、私を助けてくれたのに。


 塔に駆けつけた私は、ただ、顔の右上部に傷を負っただけだった。




 あれから、私は、寄宿学校に戻ることはなかった。


 この屋敷からでることも、まれだ。


 その間に両親は亡くなり、私がすべてを受け継いだ。


 義務を全うするだけの毎日に倦み疲れたときだけ、私は街に出かけるのだ。


 村に出ることはない。


 兄と同じ顔の私を、村人たちが恐れ忌んでいることを、私は知っている。


 アルフレッド卿は、街で知り合った貴族の青年だ。


 街で知り合い、親しくなり、はじめて屋敷に招いた。


 誰ひとり、私とアルフレッド卿が親しいと、知る者はいない。


 細心の注意を払ったのだから。


 “彼”によく似た顔が、テーブルの向こうで何かを喋る。


 私は、ただ、ゆっくりとうなづくだけだ。


 彼の話題が何だろうと興味はない。


 私が興味を持つのは、ただ――――――


 “彼”によく似た青年が見せるだろう、断末魔の表情だけだった。




 兄は、やはり生きているのに違いない。


 この私の、双子の弟の血の中にひそかに息づいて、そうして、獲物を求めつづけるのだろう。




 兄さん。新しい獲物ですよ。気に入るといいのですけれど――――




 密やかにつぶやいて、私はかすかに、笑みを刻んだ。


 青年の背後のガラスに、赤いくちびるをゆがめて笑う冷たい兄の顔を、私は見たと思った。









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