第6話 探索
その番いの妖魔は我が子の糧に弱い妖魔達を狩っていた。
その尋常なる体躯を維持するためには膨大な栄養を必要としている。
縄張りにさまよいこむような知能の低い者どもは粗方狩りつくした。この妖魔の親子は食糧が無くなると子を抱えながら拠点を変える。
妖魔はある日とても栄養のある美味しい肉を付けた生物を見つけた。
それまで瘴気の濃いすごしやすい土地を転々としていたが、ふとした好奇心で息苦しい瘴気の薄い土地まで足を運んでみたのだ。
それまで見た事もないバランスの悪そうな後ろ足だけで直立する変な生き物がいた。
しかし、その生物は堅い皮膚の中にとても柔らかく甘みのある肉を持っており、骨までおいしく頂けることに気付いた。
時折一本の長い爪で反撃してくることもあったが、簡単にはがれてしまうらしくうまく衝撃を与えれば攻撃する手段を簡単に奪えた。あとは巣に持ち帰り飢えた子の腹を満たすことができる。まだ小さい為に一度に食べる事はできないが、いままで餌にしていた妖魔達とちがい反撃する力が弱い為に殺さないでも安全に子供の近くに置いておける。
手負いの妖魔は逆に危険でたとえ弱いやつでも成長しきっていない子の前に置くのは危険だ。しかし、妖魔は息の根を止めると直に瘴気をまきちらし同時に肉を霧散させる。
子を育てるのに最近見つけた弱い生物は非常に都合がよかった。
今日はまた少し瘴気の薄い処まで出てみた。頭がくらくらし僅かにめまいを感じた。あまり長居したくはないところだったが、出て来た甲斐があった。爪のあるやつが3匹に、堅い皮膚も爪もないやつが10匹歩いているのを見つけた。
これだけたくさんいるなら爪のあるやつはここで食ってしまおうとその妖魔は思った。
最初に襲ってきたやつは爪を弾くまでもなく頭部を前足の爪で貫き、勢いよく腕を上げそのまま引っこ抜いた。それを口にいれてバリバリ食べる。そして後ろ2本の足を掴みちぎれた首から齧りだす。口の周りに温かい体液が飛び散るがそれも悪くない味だった。
十分腹は満たされた。残りの爪持ちはそれを見て爪無し達に何かを言い逃げて行った。
10匹はその場で動かずただ震えている。
逃げた2匹を追いかける気は起きなかった。
これだけいれば当面の食糧には困らない。
節が2つある長い手を4つとも広げ一緒くたに抱きかかえた。
あまり強く持つと絞め殺してしまう。何匹かが口から泡を吐いた時点で絞めつけを緩め、そのまま巣へ運んで行った。
***
耐瘴気クロークは全員分完成し、装備も整えた。
「さすがに大きなコロニーだけあって鍛冶屋もしっかりしていますにゃ」
「手に入る鉄もなかなかいいやつみたいだな。この辺は質のいい鉱石が出土するらしい」
「この鉄の鱗を貼り付けたスカートはオシャレで動きやすいのにすごく防御力がありますにゃ。奴隷が装備できるような代物ではないですにゃ」
「この長弓はすごくいい作りをしていますにゃ、手になじむ感じがしますにゃ、昔使っていたやつよりも使いやすいですにゃ」
そういうとココは弦を引き絞り遠方に設置された2つのマト目がけ同時に2本の矢で当てるという離れ業を披露した。
「さて、そろそろ出発するぞ。ただ最近コロニー近辺にかなり強い妖魔が出没したらしい。奴隷商が1人殺されて、商品をかっさらって行ったと聞いた。その時なんとか逃げてきたやつの話によると、かなり瘴気の濃いところに生息するタイプだという。
ということは、これから探索する範囲で出くわす可能性が高い。「もし勝てないと思ったら逃げよ」と今の内に命令しておく」
「おいおい、奴隷の俺がいうのもなんだけど、囮は奴隷の有効な活用方法の一つだぜ、妖魔は子育てしない限り腹を満たしたら消える、危ないと思ったら迷わず囮にしろ、その猫族3人なんかお前なしには生きていけないからな」
「囮にはしない。ただ一瞬の判断が必要な時の選択肢を今の内に増やしておいただけだ、俺も一緒に逃げるさ、危ない時にはな」
コロニーの玄関口で食糧を買い込み、斥候のナナ用にだけ予め買っておいた乗馬用の馬を渡す。他は皆徒歩で進む。
普段人間が行き来する道と違い、これから向かう先はだれも寄り付かない深い森で覆われた人外の土地だ。
斥候の得意なナナと違いこういった土地では馬を扱うのは難しい。
「それでは斥候役の私が先に向かいますにゃ、おさきにゃ」
そう言ってナナは馬に乗って行った。
それが見えなくなる前に一行も西へ歩き始めた。
徐々に瘴気は濃くなる。
クロークは徐々に結界の力を発揮し始めその表面を小さな静電気が走っている。
瘴気を弾く事で力の放電現象が起きている。
クローク内部では小さな浄化装置が複数ついている。
これで瘴気をシャットアウトしつつ内部は奇麗な空気が枯渇しないようにできている。
万一クロークを失っても大丈夫なようにクロークの予備も持ってきている。
これは、ゲルゼに運ばせている。
「しかし、ほんと優れモノですなこれ。ここら辺でこのクローク無しであるいていたらとっくに瘴気病にかかっていますよ。こんなところ人間が生存できる土地じゃありませんや」
「そうじゃないとな、妖魔も怖いが人間の盗賊やハンターはもっと怖い」
「ちょっとお待ちくださいにゃ、そろそろ地図を作製しますのにゃ」
「この木は良い目印になりますにゃ」
そういって用意した紙に墨で濡らしたペンを走らせ始めた。
地図の中心は菩提樹の木にするようだ。
波打つようなでこぼこの円を書き、点描で風景のようなものを表現している。
「お待たせしましたにゃ、進みましょうにゃ」
「ミミは地図作りのスキルはなかなかのものにゃ、こういう人外の土地でも迷うことはありませんにゃ」
以後もミミはメモを取りつつある程度したら詳しく書き込んでいた。
前人未到の土地らしく道と呼べるものはなく、瘴気の薄い土地では見たこと無いような植物や虫をたびたび目にした。
「しかし、こんなに進んでいるのに1匹も妖魔に出くわしていないな」
「ふむ、一般的に瘴気の濃さに比例して妖魔の強さも出現率も上がって行くものなんだがな」
「これはひょっとすると危険かもしれませんにゃ」
「え?それはどういう?」
「妖魔はその強さに比例した大きさの縄張りを持っているものですにゃ」
「ここまで出てこないっていうことはそれだけ強大な妖魔が支配している可能性がありますのにゃ」
「ん、もしかして奴隷商人を襲ったって言う妖魔のことなのか?」
「かもしれませんのにゃ」
「話に聞く以上に強敵かもしれませんにゃ」
「あ、主様、ナナさんが戻って来られましたよ」
「にゃー、ナナお帰りにゃ」
「どうでしたにゃ?」
斥候として先に向かわせたナナは、一行が楽に進める道を探して目印を付けつつ、遠方と近くを往復している。それで何かあった時だけ一行のもとへ戻るようにしていた。
「やばい妖魔がいましたにゃ」
「にゃにゃ?」
「とうとうお出ましかかにゃ?今宵の矢は血を欲しておるのにゃ」
「倒せるのか?」
「お任せくださいのにゃ。向こうに悟られるより先にこちらが気づいた時点で勝ちは確定していますにゃ!!」
「それじゃあ作戦を立てますかにゃ!」
「状況を説明するにゃ!」
「それではみなさんお聞きくださいにゃ。まず、妖魔は3匹。ものすごい大きな上半身に腕を4つ持ったやつにゃ。近接戦闘だけなら兵士200人分ぐらいの強さだと思われますのにゃ」
「に、200人?武装した人間がか?本当かよ!?」
「ナナは敵の強さをかなり正確に見抜く力がありますにゃ。これはマジですにゃ」
「ナナは単体の戦闘力だけでなく集団の連携も加味した強さまで見抜けますにゃ、敵を知り己を知れば百戦危うからずにゃ」
「その割には奴隷におとされたが…」
「う、うるさいにゃ。お前も奴隷の癖に生意気にゃ。油断は誰にでもあるにゃ」
「しかし、とすると合計兵士600人分の戦力ってことか?本当に大丈夫なのか?」
「400人分にゃ、1匹は妖魔の子供にゃ。これは戦力に入れなくていいにゃ」
「にゃにゃ、妖魔の子供かにゃ、妖魔は子供が出来ると餌にするために人間を襲う為に人間の住む土地の近くまで移動すると聞いた事があるにゃ」
「放っておくと兎族のコロニーにたくさん被害がでますにゃ」
「なるほど、兎族のコロニーには世話になっているから、仕留める事ができるなら仕留めたほうがいいな」
ナナはそれを聞いて戦う事の了承と捉えた。
「やつらはものすごい腕力を持っておりますが、足腰はそこまで強くは無さそうなのにゃ。といっても人間よりは遥かに強いですがにゃ。
剛腕を振るうのに支える程度の足腰は持っていますにゃ。でもその大きな上半身を支えながらではそこまで速く走れないにゃ。
機動力は人間と同じ程度だと思うにゃ、地の利を考えれば僅かに負けてしまいますがにゃ」
「ということは、ナナが馬に乗って奴らを引っ掻き回すのが良さそうですにゃねぇ」
「どうも脚力が自重と釣り合ってなさそうですにゃ。落とし穴がよさそうですにゃ」
そして見る見る猫族の3人は情報を共有し作戦を立てていった。
「では、打ち合わせ通りはじめるのにゃ。風向きは変わっていませんので風下から近づけるAルートからおびき寄せてきますのにゃ。トラブルが発生した場合ルートを変更するかもしれませんから、一応BとCルートの迎撃地点へも動ける用意はしておいてくださいにゃ」
「了解にゃ」
「はいにゃ」
猫族達は予め必要な道具を選んで持ってきていた。旅の必需品からいろんなトラップに使う道具一式。大抵のトラップは持ってきていたモノで作る事ができた。
3人は直に役割分担を決めて作業に取り掛かった。あっという間に落とし穴や身を隠す場所を作り迎撃態勢を整えた。
「それじゃあ妖魔を連れてきますにゃ」
「気を付けてにゃ」
「2匹とも連れてきちゃだめですからにゃ」
そう言って馬に駆け上り木々や枝の僅かな隙間をくぐり抜けて妖魔の巣へ走って行った。
アベル達は危険がないように迎撃箇所からさらに離れた場所で待機していた。
暫くすると不気味な鳴き声とともに遠くで木々がざわめいている。
「きたにゃ」
「こいつはなかなかの大物にゃ」
ナナが予め予定していたルートをうまく通り抜け、追いかけてきた妖魔を1匹に引き離し、誘きだしてきた。
全身体毛に覆われており、上半身は発達した筋肉で凄まじい膂力を見せつけている。4本の腕で木々を薙ぎ払った跡ができそこはまるで道の様。
「そろそろにゃ」
「まかせるのにゃ」
ココは妖魔が足踏みするであろう地形に到達する前に弓を構え、予定通り動きが鈍った瞬間に弦を緩めた。
「グガアアアアアア」
間髪いれずに第二射、第三射と矢を射る。
何度か矢を放つと相手も射撃位置を特定したらしく、4本の腕で矢を薙ぎ払う。
5本の矢が刺さっているが、筋肉があまりに分厚い為かあまり刺さっていないようである。
妖魔はこちらに視線を送ったかと思うと次の瞬間、ミミとココまでの距離を半分にまで詰めていた。横にのびる太い幹を掴みそのまま飛んできたのだ。
「主様、あの妖魔は並みではありません」
「兵士200人分って聞いた時は流石に過大評価だと思ったが、これを見て納得がいった。昔100人のちゃんとした装備を持った集団が野営中を全滅させられた時の妖魔の話を聞いた事があるが、丁度あんな感じのやつだった」
「ナナ、ミミ、ココの3人の実力を信じよう」
ミミとココも素早く移動し、妖魔が到達するまえに姿を消した。
ナナは石を投げつけ妖魔の注意をもう一度惹く。
妖魔は矢のダメージを負った為か、注意が散漫になっている。
3人はうまく妖魔を誘導し、落とし穴の手前に陣取った。
3人は矢を放った。
妖魔は全て薙ぎ払い、こちらまで駆けてくる。
妖魔はその巨体の為普段は周囲の地形を尽く把握しながら移動するのだが、めったにおわされる事のないダメージと、長い事追いかけていた為に普段なら見過ごすはずの無い不自然な地面に足を踏み入れた。
「!!」
「よっしゃにゃ」
「ぶっ殺すにゃ」
「串刺しにゃ」
もともとあった窪地にローブで作った網をはり、その上に広葉樹の葉を敷き詰め土をかぶせた即席の落とし穴である。内部はアベル製の瘴気クロークを使って浄化した空気が満たされている。妖魔は矢で受けたダメージよりも遥かに大きく体力を奪われた。
ココは堅い筋肉の筋を通すかのようにスッと剣を突き刺し、そのまま落とし穴の外壁に差し込んだ。馬から降りたナナは荷物から新たな網を取り出し、左から延びる二つの腕を一纏めに絡め上げた。ミミは町で買った薬品を調合した薬を妖魔の顔にぶつけたようだ。
3人の容赦ない攻撃で徐々に力を失い、直にでも穴から這いだしかねない腕力を封じてしまった。
「そろそろ止めにゃ」
「デルタアタックにゃ」
「みんな位置につくにゃ」
そういうと3人は、妖魔を中心に3方に分かれ剣を妖魔の首先に当てた。
そして次の瞬間一斉に貫きそのまま横へ薙ぎ払った。
落とし穴の内部を音が聞こえるほどの血飛沫で見る見るうちに赤黒く染まって行った。
「ミッションコンプリートにゃ」
「妖魔相手は楽しいのにゃ」
「次も同じ手でいくのにゃ」
3人はさも楽しそうに後始末を終え、別の場所に同じようなトラップを作り始めた。
「ある程度強い事は分かっていたが、ここまで出来るやつらだとは思わなかった」
「主様、猫族ってこんなに強い種族なのですか?」
「彼女たちが特別な気がする」
「まぁ狩りは得意なやつらだ。が、虎族ほどではねぇよ。ねぇが、俺よりは僅かばかり強いかもしれない」
瘴気病が治ったことで、この面子では一番腕っぷしが強いと自負していたゲルゼは、自ら選んできた3人の力を目の当たりにして複雑な気持ちになっていた。
ゲルゼは一応武器を構えて加勢するつもりでいたのだが、その必要はなかった。
そうして残りの一匹も狩り終えて妖魔の巣へと向かった。
もう少し早く、あるいは遅く行くべきだったかもしれない。
生きたまま人間が地面に埋めらられており、その内1人を齧っているところだった。
見た処みんな奴隷の様だった。
齧られている奴隷は突き出した首から上の皮を全て剥ぎ取られており、性別が分からない。ただ、息をしている事からまだ死んでいないことが分かる。
近くで埋まっている奴隷たちは既に瘴気病にかかっているが、それ以上に隣で起こっている事に恐怖し絶望していた。
すぐさま妖魔の子供を殺した。
奴隷たちはここに人間が踏み込んでくるなんて想像もしていなかったらしく、暫く何が起こったのか理解出来ずにいた。
―ザシュ―
ゲルゼは齧られて虫の息だった奴隷を殺した。しかしそれを咎める者は誰もいない。放っておいてもあと数分の命だっただろう。ゲルゼはアベルの表情からやるべき事をすぐさま読みとったのだ。
アベルは瘴気は治せるが怪我は治せないのだ。マキアも多少の治癒魔法は可能だったが、この場合焼け石に水である。
「よし、この奴隷たちを助け出そう」
アベルは周りにそう言い、首から下が埋まった囚われの奴隷達にほほ笑んで見せた。
「君たちは今日から私の奴隷にする。協力して欲しい」
スコップで掘り出している間に、アベルはゲルゼに問いかけた。
「で、この奴隷って持ち主に返さないといけないってことはないよな?」
「ああ、問題ない。これはアベル殿の物だぜ。むしろこの妖魔退治をしたってことで持ち主やコロニーから感謝されるだろうぜ。妖魔の死骸の一部を持ちかえるといい」
「そうか、ならいい」
助け出された奴隷は、全部で6人。20~40歳、牛族、馬族、羊族の男達だった。
アベルは首輪の名前を書き換えることで所有者はアベルとなり、アベルとアベルの奴隷たちが会話できるようになった。
応急処置として、瘴気灯を奴隷たちに当てる。闇の炎が燃え盛り、あたり一面が暗くなるほどだった。
予備のクロークを渡し一着につき2人に入って貰う。完全に遮断されるわけではないが、内部は常に浄化され続けており、2人程度ならコロニーと同じくらいの環境を提供できる。また内部の機構によりただ装備しているだけでも瘴気病の症状が少しずつ緩和されていった。
「アベル様は一体何者なのですか?」
アベルは西へと歩みを進めながら新たに加わった奴隷と話した。
瘴気の濃い土地に平気で乗り込み、あの恐ろしい妖魔を狩り、自分たちを助け出した新たな主は、新しいオアシスを作る為の土地の下見に来ていたのだという。この話を聞いた6人は、妖魔から助かった喜びも、奴隷の瘴気病を治療するという慈悲に対する感謝の念も霞んでしまった。
「へぇ、鉱山に送り込まれるところだったんだ」
「はい、我々は種族的にも丈夫なので力仕事をよく任されます。奴隷になってからも同じような仕事をしていますね。多少は過酷になりましたが」
「それは頼もしいな。土木系の仕事の経験はあるかい?」
「ええ、ここに生き残った6人供前のコロニーで城壁の建設に従事させられていましたし、俺個人なら他に河川の整備や櫓の建設なんかもやりました」
「ふーむ、これは運がいいな。ちょっと計画を前倒しして試しに一つ浄化機構を造ってみたいな」
そんなことを話ながら道中を進んだ。6人は元犯罪者だったり、盗賊に襲われたり、戦争に負けたりと奴隷に身を落とした理由は様々だったが、アベルに対しては一様に尊敬を持って接していた。彼らのアベルに対する尊敬の感情は奴隷だからという理由よりもたった一人でやろうとしている事そしてその内容に感化されたものである。
「そろそろ昼飯にしようか」
「おーまっていましたにゃ」
「ではナナを呼びますにゃ」
そう言うと、ココは何か合図を送ったらしい。暫くして斥候として前を駆けていたナナは戻ってきた。
「お昼御飯と聞いて飛んで戻りましたにゃ」
「うん。それじゃマキアとゲルゼ用意お願い」
「承知いたしました主様」
「こいつらの分はどうします?」
「彼らにも食べさせよう、十分持ってきているだろう?」
「ハハハハハ、日帰り予定なのに一週間分も持ってきていますからね。了解です」
そう言って、ゲルゼが背負っていた巨大な荷物袋から大きな布袋を取り出した。
猫族は小さな木々を剣で鮮やかに切り払いスコップで根っこを引き抜いてそこそこの広場を造った。ゲルゼは取り出した布の四隅を木の枝にくくりつけ、その4辺に同じような布を4つ取り付け巨大な天幕を造った。
「装置を作動させる。暫くしたら中へ入ろう」
アベルは何か呪文を唱えた。すると布から何かの模様が光り出し内部に気流が発生した。
「ひょっとして我々に貸し与えてくださっているクロークと同じ…?」
「よくわかったね、この天幕の中の空間を浄化しているんだ。ここで食事を取る為にね。クロークしながら食べるのは邪魔でしょうがないからね」
しばらくして皆中へ入った。クロークを脱いでも瘴気の中の腐った重苦しい感じは全くなかった。マキアは乾いた枝を集めてきており、中央で焚き木を組んだ。火が付いたら上空の天幕の一部をスライドさせ煙を外へ逃がせるようにした。
「マキア、もう一回り大きい鍋があったはずだ、そっちをだしてくれ」
「あ、これですか、これ鍋だったんですね。てっきり盾かと思いました」
当初昼食は簡単に済ます予定だったが、新たに加わった6人の奴隷はこれまで何も食べておらず瘴気病以外にも栄養不足で衰弱していたためにたらふく食わせてやることにした。
「さて、料理は3猫達とマキアに任せてお前たちは治療の続きをするか」
そう言って、1人ずつ治療していった。ゲルゼが瘴気灯を使って表面を治療し終わった奴隷を今度はアベルが内臓治療をするといった具合である。
途中昼食が出来あがったのでみんなで食べることにした。
「うう、うまい」
「もう一度このような食事を口にすることができるとは」
「アベル様程奴隷に優しい方に会った事はありません」
「僕なんか奴隷になる前でもアベル様ほど優しくしていただいたことはなかったよ」
「おれもだ」
「おにいちゃんは普通種にゃ、そこらのバカな亜人種なんかと一緒にしてはいけないのにゃ」
「普通種だからじゃにゃくてアベルおにいちゃんだからにゃ」
「奴隷にならないとアベルにいちゃの為にははたらけなかったのにゃ、奴隷になった時はくやしかったけど、結果オーライにゃ」
誰かの所有物にならずに他種族の為に働くと所属するコロニーの術が弱まり迷惑がかかる。
奴隷たちはアベルが主なら、アベルのやろうとしている事に協力できるなら、奴隷という身分と境遇に目をつぶれる気がした。
食事が終わった後も残りの治療も続け、ついには全員の瘴気病を直してしまった。
「この天幕もクロークもそのアイテムも全てアベル様が造ったっていうんだから、普通種の英知は測り知れませんね」
「だから、普通種じゃなくてアベル様が偉いのにゃ」
「俺なんて、あの妖魔に捕まる前よりも体の調子がいいぜ。アベル様は神様かなにかか?」
「神様に仕えるならそこらの一般人よりもよっぽど偉いな!」
「「「ハハハハハ」」」
アベルは6人の内臓を直す為に直接魔法を使った為に少し疲れて横になっていた。
マキアはアベルに膝枕をしてあげることができて嬉しそうにしている。
ナナとミミはアベルにごろごろ甘えている。ココは悔しそうにそれを見ている。
「ナナもミミも片付けるの手伝うにゃ」
しかし、ゲルゼの指示により6人の奴隷が手分けして片付けている為特に手を出す必要もなかった。
いつの間にかココはアベルの膝の上に乗っかって気持ちよさそうにしていた。
アベルは、疲労も取れ、足がしびれてきたのでそろそろ出発する事にした。
クロークを身につけ外へ出ると暫くして天幕は畳まれ直に出発の準備が整った。
一足先にココが出発し、一行は後に続いた。
暫くして細い谷に出くわし、迂回ルートはかなり大がかりになる箇所に出くわしたが、新たに加わった6人の奴隷たちがゲルゼの持ってきた道具を使って見る見る内に橋を作ってみせた。
わざわざここを突っ切った理由は、ナナの報告によるとこの先アベルの要望する開けた土地が見えたからである。
一行は又暫く進んで行った。
「あ、ナナが戻ってきましたにゃ、また妖魔でもでたのかにゃ?」
「なんだか嬉しそうにゃ」
斥候のナナは一行の元へ戻ってきた。
「アベルにいちゃが気にいりそうな土地を発見しましたにゃ!近くに水場もありますにゃ!!」
「本当か!?」
アベルも一度の探索で見つかると思っていなかったし、町で暮らしながらも何度も調査隊を派遣するつもりだった。
しかしナナはアベルから具体的にどういう地形が必要なのか聞いていた為に、ナナがそう言ったということは本当に見つかった可能性が高い。
暫く進むと、突然目の前に光が広がった。
いままで高い木に日光が遮られ薄暗く闇に眼が慣れていた為に、忽然と広がった平野から照らし出された光に一瞬目が眩んだ。
「きれい」
マキアはふと呟いた。
他の者達も同じような印象を抱いただろう。
何処までも広がった草原。くるぶし程度まで伸びた若草色の芝生が何処までも広がっていた。あまりに遠くまで見渡せたために、ひょっとしてここはオアシスでは?と思ったのだが、実際は今まで抜けてきた森よりさらにひどい濃度の瘴気が満ちている。
よく見ると紫の光の線が見え瘴気が光の波長を伸ばしているのが分かる。
「素晴らしいな。まさにうってつけの地形だよ。段差もあまりないし、ここでいいかもしれない。水場にも案内してくれ」
「了解ですにゃー」
ナナが案内した先は、森を抜けて北側の岩山の根元。
そこに忽然と穴が開いており、脇を水が流れていた。
洞窟の奥で湧水が出ているらしい。
よく見ると草原の中にまで小川は延びており、先が沼の様になっている。
さらに溢れた分はそのまま北へ延びていた。
「この水奇麗だな、洞窟を出るまでは瘴気をあまり含んでいないようだこのままでも飲める」
瘴気が満たされた大気同様瘴気を含む水もまた生物は飲用できない。しかし、地下深くから湧き出す水は大抵瘴気を含まない奇麗な水である事が多かった。
「ミミは、この付近一帯の地図を作ってくれ。ナナもこの草原の外周がどうなっているか調査して簡単に報告してくれ。後のメンバーはこの洞窟を探索して内部構造を教えてくれ、あんまり深い様だったら一度ここまで戻ってくるように。ゲルゼ、ランタンを出してやれ」
「「了解しましたにゃ!」」
「「「ハイ!」」」
ナナは馬で出て行った。ミミは、これまでの道のりを簡単に地図にした為直に草原へ出て行った。ココはアベルの護衛として残り、ゲルゼや6人の奴隷たちは洞窟の探索に乗り出した。
「アベル様、先は少し広い空間がありそこで行き止まりでした」
洞窟の探索隊は直に戻ってきてしまった。
「ふむ。丁度いい。ここを拠点にしよう」
アベルはその報告を聞いてニヤリとした。
「アベル殿は何か思いつかれたようですな」
「うん、丁度密閉空間だし、湧水も調達出来るからね、だからこの出入り口にさっき使った天幕を貼り付けるとどうなると思う?」
「にゃにゃ、ここで過ごせるようになるのかにゃ?」
「ああ、天幕を長期的な拠点にするのは厳しい。素材に施した細工が長期間持たないからだ。あれは風化にあまり強くない。
でも出入り口だけなら大丈夫。正直最初の浄化設備が完成するまでの拠点はどうしようか悩んでいたんだが、丁度いいや、ここを拠点にしよう」
そう言って、ゲルゼに昼食で使った天幕を出させる。
アベルの指示により間もなく出入り口が完成した。
さらに少し奥にもう一つ同じように出入り口をつくり風除室が出来あがった。
内部に瘴気が入り込まないようにするための構造である。
さらに筒の様な物を取り出し、天井部に取り付けさせる。
「アベルにいちゃん、これは何なのにゃ?」
「空気を循環させるための装置だよ。せっかく水流があるから利用して換気できるようにしようかと思って」
そうして、アベルは細かく指示を出し難しい箇所はアベルがやって見せた。
暫くして内部の空気は完全に浄化され、クローク無しでも問題なくなった。
アベルはここを住めるぐらい快適にしようと考えていた。
天井の高い奥の広間から全ての苔を除去し、クロークを装備させた3人に薪の調達を指示し、持ってきた薪で火を焚き始めた。
煙は先ほど内部で充満しないように排気口が設けた。
さらに、さらに砕いた岩で簡単な竈を作成し、水流の一部を分岐させて小さな小部屋に引き込み簡単なトイレを作った。
この作成には新たに加わった6人の奴隷の経験も生かされている。
アベルは洞窟内の改造に夢中になっており、いつしかすっかり日が暮れてしまった。
ナナとミミが戻ってきた。
「うおー、なんですかこれ。すごく快適ですにゃ」
「秘密基地ですかにゃ?そういうの大好きにゃ」
戻ってきてそうそうおおはしゃぎである。
「なかなかいいのが出来たと思っている。彼らもなかなかいい腕を持っていたからね」
「アベル様の的確な指示と構想があったからです」
「アベル様の技術や知識のなせる技です」
「お前たちももう少し自分の腕を誇っていいぞ、さてナナ、この辺どんな地形になっているんだ?」
「はいですにゃ、こちらから北まで長ーく草原が広がっていますにゃ。
我々がやってきた東側は全て森になっていますにゃ。
北側は少し突き出ていまして、そこが断崖絶壁になっておりましたにゃ。
西側は昇り坂になっておりまして、別な小川も発見しましたにゃ。この小川は、北へ向かってそのまま滝になっていましたにゃ。西側はある程度傾斜を登るとまた森になっていますのにゃ」
「なるほど」
「西側はさらに瘴気が濃くなっておりますにゃ。西側は妖魔に気を付けたほうがいいですにゃ」
「分かった。御苦労さまナナ、奥で休んでくれ。
ミミ、この辺いったいの地形はどれぐらい傾いている?」
「中央部が僅かに隆起しておりますが、四隅はほぼ同じ高さでしたにゃ」
「了解、それじゃ晩飯食べたら地図の作成をお願いするよ」
「はいですにゃ」
新造した竈で夕食を作り、みんなで食べる。
湧水は調査の結果全く瘴気を含んでおらず軟水で非常においしい。
乾燥穀物があれば十分暮らしていけそうだった。
「ここから石を切り出してこういうのできないか?」
アベル自らを書き込んだ紙を見せた。
そこには細かく平面図、立面図や時系列に分けられた作り方が詳細に書き込まれていた。
「なるほど」
「出来ると思います」
奴隷たちは感心しながらその設計図を覗きこむ。
「お前たちにはここに住んでもらい、これを作って欲しいんだ。もちろん、食糧は定期的に運ぶし、必要な道具も追加で送る。どうだ、やれるか?」
「我ら命を救われた身ですし、アベル様のやろうとすることは理解しました。この事業に関われるのは光栄です。必ずややり遂げましょう」
「ああ、そうだとも」
「まかせてください!」
「よし、お願いしよう。さて、そうと決まれば食糧や物資を調達しに行ったん町へ戻らなければならない。明日朝直に出発しようと思う。みんなもう休もう」
「お疲れ様でした主様」
「はいにゃー」
「今日は楽しかったにゃー」
「でも疲れたにゃー」
「それじゃ俺たちは交代で見張りにつくぜ、お前ら順番きめるぞ」
一行は洞窟内で休み、奴隷1人が交代で出入り口の見張りについた。
アベルは猫族達に包まれて快適に眠ることができた。
「それじゃ、後の事は6人に任せる。持ってきた道具と食料は全部ここに置いてくるから好きに使っていい。食糧と追加の道具、それに残りのメンバー分のクロークも後からもってくるから、それまでは予備でもってきたクローク3つを使い分けて欲しい。
武器も私とマキアの分を置いていくがもし妖魔と出くわしたら戦わずに洞窟へ逃げるように」
「はい、お任せください。
アベル様のご期待に添えるよう尽力します」
「あまり無理しないようにな。それじゃ!」
そう言って、アベルは6人の奴隷たちと別れた。
一応持ってきた道具でも作業を進めることはできるが、それよりも現地で食糧を調達する方に力を割くように言っておいた。
調査だけのつもりが、思わぬところでワーカーが手に入った。連れて帰ってもよかったが、その後予定していた土地が見つかった為に急遽そのままワーカーを開拓に従事させることに。これを予期していたわけではないが、食糧や道具をたくさん持ってきておいて正解だった。
オアシス、コロニー開発に向けて幸先の良いスタートを切った。