第5話 3人の猫族
「なんか、今までにくらべてえらい値段高かった気がするんだけど」
「気のせいじゃなく明らかに高いよ」
「まぁ、仕方ないじゃないか、彼女達はアベル殿が提示したスキルをそれぞれ有している(と思う)。それにとてもかわいい」
ゲルゼは品の無い笑顔を今しがた彼の選んだ奴隷達に向けた。
「「「にゃ…」」」
3人とも怯えきっている。
「まさかとは思うけど、ゲルゼの趣味で選んだんじゃないよな?」
パリスは怪訝な表情でゲルゼに問いかけた。
「多少は趣味が入った事は認めよう。同じアベル殿に仕える同僚なんだから、無能より有能、男より女、不細工よりもかわいい方がいいだろう」
「兄ちゃんは、偵察するのに必要なスキルしか求めてないのに、これって余計な出費なんじゃねーのか!?」
「まぁ、アベル殿はアホみたいに宝石もってんだから、これぐらい贅沢してもいいだろ。
あっと、アベル殿、首輪はまだ中立文字に書き換えられたままですんで、この魔法ペンでアベル殿のお名前を記入してください」
「あ、ああ」
購入した猫族はアベルの要望にあった奴隷を見つけて買ってきたものだ。
途中まで、5人で回っていたが、ゲルゼ独自に調べる方法があるらしく時間がかかるので、途中分かれてアベル達は他の市場へ足を延ばしていた。
戻って来た時にこの3匹が選ばれていた。
代価は合流した時に支払った。
このとき、魔法ペンも一緒に買ったのだ。
「…これで良し…か?」
「「「…」」」
「えーっと、初めまして。猫族の3人さん。今日からあなた方の主になったアベルです。よろしく」
「「「にゃーーーー!!!」」」
突然大きな鳴き声で、3人ともアベルに飛びついて来た。
みなマキアよりも小さい体格だが、護衛用に買っただけあって、かなりの力を持っている。
あまりの勢いにアベルは後ろに倒され勢いで頭を打ちそうになった。
「大丈夫か兄ちゃん」
「おにいちゃんが御主人さまでよかったにゃー!」
「あの虎種に買われた時は絶望したにゃー!!」
「初めてを奪われる前に死ぬつもりだったにゃー!!!」
「おいおい、そこまで嫌う事ないだろ…」
しかし、パリスは、ゲルゼの下品な表情に彼女達の気持が分かる気がした。
「落ち着いて。ここ往来だからね。とりあえず3人の名前を教えて欲しい」
「ナナにゃー!」
「ミミですにゃー!」
「ココにゃ!よろしくにゃー!!」
「ナナにミミにココか。可愛い名前だな。よろしく」
「「「よろしくにゃー!」」」
3人はあまりに人懐っこく、兎族の視線が痛かったために詳しい話は家へ帰ってすることに。新しく加わった猫族たちをひきつれて家に戻った。
「で、可愛いのはいいけどちゃんと彼女たちは兄ちゃんの目的に適う能力を持ってるのか?」
面白そうだったため家までついてきたパリスは、ゲルゼに聞いた。
「おう、俺の目に間違いない。そこらの奴隷商人なんかよりよっぽど目利きはできるからな。その皮下に隠された筋肉、獲物を射抜くような鋭い目、俺を本能的に恐れる野生の勘、刃物では絶対につかないようなひっかき傷。間違いなく何度か妖魔を退治しているはずだ」
「おおい、本能的に恐れるっていうかなんか違う意味で恐れていたように見えたぞ」
「ナナにミミにココ、実は妖魔が巣食う土地に調査に出かけるんでその護衛に君たちを買ったんだ。ゲルゼの言うように妖魔と戦った事はあるのか?」
猫族の3人はお互いに目線をやり、ほっと肩を下ろした。
「やっぱりにゃ!エロい目的じゃなかったにゃ!」
「私たちの得意分野ですにゃ!!私たちの住んでいたところは、よく妖魔が出没したにゃ!」
「あたちの弓の腕をご覧にいれますにゃ!」
「あまいな、猫族の娘たち。それも含めてに決まっているだろう」
ゲルゼはマキアにぶんなぐられた。
「へぇ、とてもそうは見えないのになぁ。妖魔ってマジ怖いのに。あんなでかくて恐ろしいやつとよく戦えるなぁ」
「でかいやつらはだいたいトロいにゃ」
「近づかなければ一方的にやれるにゃ」
「どちらかというと小さい方が怖いにゃ」
「見た目と違って強いんだな」
「ふーむ、そんなに強いんだったらどういういきさつで奴隷になるんだろう?戦争で負けたとかか?それとも犯罪者?…犯罪者には見えないなぁ」
どれだけ個体が強くても、コロニーごと標的になる規模の戦力にはどうしようもない。
仲間を逃がしたりする過程で捕らえられそのまま魔法の首輪で拘束されてしまうこともある。
「武力じゃないにゃ」
「搦め手でやられてしまったのにゃ」
「我らの弱点を知っていたのにゃ…」
「ということは、ハンターか。いったいどんな手を使ったんだ…」
「わたしたちの住んでいたコロニーはオアシスの範囲がせまいのですにゃ」
「耕作できる土地がすくないのにゃ」
「だから、つねに食糧が不足していますにゃ」
「ふむふむ、それで」
「ある日私たちはお腹をすかせていたのですにゃ」
「そしたら何処かの軍隊が落としたらしいレーションを発見したのにゃ」
「あたちたちは大喜びでそれに飛びついたのですにゃ」
「レーションの下に落とし穴があったにゃ」
「でもそんなものに引っかかるほど間抜けではないですにゃ」
「当然、落とし穴は回避してレーションを確保したにゃ」
「そしたら、レーションに別のトラップを起動させる魔法が掛っていたにゃ」
「どこからともなく鉄製の網が飛んできたにゃ」
「でも我らの運動神経を舐めすぎにゃ。これも余裕で回避したにゃ」
「近くで敵が伺っている様子がよくわかったにゃ」
「全てのトラップを回避したのできっと悔しがっているとおもったのにゃ」
「これみよがしに貴重な食糧を食べている様を見せつけようとおもったにゃ」
3人は沈痛な面持ちでため息を吐いた。
「それが不味かったにゃ」
「トラップのターンはまだ終わっていなかったにゃ」
「まさか貴重な食料に毒を仕込むとは思っていなかったのですにゃ。我らの土地ではそれぐらい食糧は貴重だったのですにゃ」
「速攻性のしびれ薬でしたにゃ」
「助けを呼ぶこともままならなかったにゃ」
「3人とも奴隷の首輪を嵌められてここまで連れてこられたのにゃ」
「なんか間抜けだなー、まぁニンジン揚げとかなら俺も引っかかるかもしれないけど」
「レーションは保存が効くから結構貴重だし、しびれ薬もそうそう手に入るものじゃないだろう。この3人は最初から狙われていたのかもしれんな」
「わたしたちはこう見えてもコロニーではかなりの戦力だったにゃ」
「盗賊やハンターは何度も撃退しているにゃ」
「ひょっとするとコロニーの戦力を少しずつ削って、一気に攻め落とすつもりかもしれないですにゃ…」
アベルは非常に彼女たちを憐れに感じた。アベルも自らの住む土地を襲撃によって失い、家族や仲間を全て失っている。彼女たちの眷族もいずれそうなるかも知れないと言っているのだ。
「解放されたいか?」
ついつい聞いてしまった。たとえ彼女たちが高額だったといってもアベルにとってはそれほどの痛手ではない。しかし、毎回こんな事をしていたらいつまでたっても計画は進まない。それでも…。
「おにいちゃん、この首輪をよく見てほしいですにゃ…」
「私たちの脊椎と繋がっていますにゃ…」
「復讐防止用のひどいやつですにゃ…」
「…」
「気にしなくて結構ですにゃ」
「おにいちゃんは優しいひとですにゃ」
「見た瞬間わかりましたにゃ、きっとわれらを無下に扱ったりはしないですにゃ」
「首輪の主が一定範囲にいなければ、首輪のしていない者に逆らえない。アベル殿は主としてかなり良い方だから、解放なんてしたらだめだぜ!あと俺もな」
「なかなか厄介な魔法アイテムなのだな。まぁこの事業が一段落したら、アンチ魔法の研究でもしてみようか」
どこか遠くを見つめる素振りをアベルは見せた。
「さて、きみたちの事は分かった。それじゃ俺がやろうとしていることを話そうか」
マキアが全員の分の紅茶とお茶受けを持ってきた。
アベルはそれをみんなに促し、マキアに説明したことを彼女たちに説明し始めた。
ゲルゼも猫族達の役割以外は聞かされていなかった為に一緒に聞いていた。
聞いている者達は驚愕とも尊敬ともつかない表情を繰り返す。
話し終え、最初に口を開いたのはゲルゼである。
「おいおい、只者じゃないと思ってたけどそれは本当なのか」
「オアシスを作るってマジなのかにゃ!」
「にいちゃんそんなにたくさん資産があったのかにゃ!」
「瘴気灯っていうの本当かににゃ!」
「そんな一度に聞いたら主様も答えられませんよ、私も末期の瘴気病でしたが、この通りです。きっと主様がやろうとしていることも完遂されると思いますわ」
「ああ、そうだ。きみたちも瘴気病を患っているなら治そうか?」
そう言うと、ポケットから瘴気灯を取り出した。装置を作動させると、小さな暗黒が灯った。底部に瘴気が集まりだし、すぐ下の空間付近で目視できるくらい凝縮され、暗い粒が吸い込まれている様が伺える。
「それでしたら、ミミをお願いしますにゃ」
「えっ、わたしですかにゃ?ちょっとま…「ミミのしっぽの付け根に瘴気痣ができているのにゃすごく辛そうにしていましたにゃ」」
「よし分かった、患部を見せてくれ」
「「ごくり」」
パリスとゲルゼから唾を飲み込む音が聞こえた気がした。
「主様、主様以外に見せるのはかわいそうだと思います」
「そうだな、じゃあマキアが代わりにやってくれるか?」
そう言って、彼女達を個室へ促す。
「そういうわけにはまいりません、主様のように気持ち良くできるか自信ありません。主様がやるべきです」
「気持ちいい必要があるのか?別に誰がやってもいっしょだと思うけど…ミミがいいならかまわないよ」
そう言って3人を見ると、ミミは恥ずかしそうにしつつ承諾した。ナナとココはなぜかにやにやしている。
アベルは特に気にすることなく3人を別室へ連れていった。他の子も一応検診するつもりなのだ。
「…これが持つ者と持たざる者の差か…」
「くそっ、くそっ、俺が奴隷商人として活躍していた時でもあそこまでの逸材はいなかった…っ。かつての奴隷商人として、もうすこし査定したかったのに」
「あまり邪な気持ちを持たないでください。主様にうつったらどうするんですか」
「兄ちゃんは多分理想に燃えすぎてその他のモノに頓着し無さ過ぎなんだよ。いつも計画の事ばっかり話すから分かる」
隣の部屋からにゃーにゃー楽しそうな鳴き声が聞こえてくる。
暫くして、治療が終わったらしくまたリビングへ戻ってきた。
「はあ、おにいちゃんのすごさを理解できたにゃ」
「…やばかったにゃ」
「おなかの痛みがなくなったにゃ、すごくうれしいのにゃ」
ココは外皮に疾患は無かったが、どうやら内臓をやられていたらしかった。
アベルは、浄化魔法でそれも治してしまったのだ。
「さて、護衛は確保できたし、そろそろクロークを作成し始めるか、あとみんなの分の武装の購入だな。3人とゲルゼには普段着も必要か、ケトラさんのところに納品する分も製作しなければならないし忙しくなってくるな」
「主様、食事のご用意ができましたよ」
マキアは家についてから会話に交じりつつも夕食の準備に取りかかっており、いましがた出来たらしい。ちゃんとこの人数を賄える分作ってあった。
「うーん、マキアの姉ちゃんレベル高いなやっぱ。マジでおいしいよ、このニンジンのスープ」
「兎族はニンジンでできてさえいればなんだって美味いって言うだろ。しかし、奴隷にまでこんな良いもの食わしてくれるなんてありがたい。昔の俺に説教したくなるぜ」
「うん。外食しに毎回外へ行かなくて助かるよ」
「うにゃーー、あなたが神か」
「コロニーでもこんなにおいしいもの食べたこと無いにゃ」
「こんなにたくさん食べれて幸せにゃー」
和やかな夕食を終えて、パリスは夕食のお礼を言って帰って行った。
猫族の3人は、マキアから家事などを教わる事に。
アベルはクローク作りにとりかかり、ゲルゼはその手伝いである。
西方探索へ向けて準備はちゃくちゃくと進んで行った。