第2話 奴隷購入
ケトラの息子パリスに町の案内をしてもらっていた。
「アベル兄ちゃんは、家の近くでしか飯買わないみたいだけどあの辺はそんなにおいしくないし高いぞ」
この町にきてすぐに仕事と住まいにありつけたためあまり町を散策していなかった。そのためアベルはあまり物の相場をしらない。
「それにアベル兄ちゃん、対価にガラばっかり使っているけど、もう少し質の悪いガラを使わないとダメだぞ。家の周りの物価が急騰しているって父ちゃんが嘆いていた」
「ああ、どうもガラの違いがよくわからないというか、価値の違いをいまいち理解できないんだ」
「はぁ、装飾品の店に出入りしているのに、その材料の価値が分からないなんて、うちの店まで馬鹿にされかねないよ」
ガラは装飾品に使われる宝石のようなもので、エルニドの町は基本的に物々交換が行われているのだが、その一方でもっとも利用されるのがガラである。
ガラは色や透明度、大きさなどでその価値が変わる為に、ある程度長く住まなければその価値を正確に把握するのは困難である。兎族は比較的正直者が多いが、それでも価値を知らない者は幾らか損をする。
「まぁ、もう少し鑑定眼を養うよう努力するよ」
しばらく通りを西に歩いたところで、お目当ての店を見つけた。といってもアベルのではなくパリスのだが。
「兄ちゃん…」
「ああ、分かったよ。ってか、ケトラさんも金持ちなんだからパリスも自分で買ったらどうなんだ?」
「商売人は自分で稼いでなんぼって言ってお小遣いくれないんだよ」
パリスは非常に悲しい瞳をこちらに向けていた。
「分かったから。でもあんまり奢るなってケトラさんに言われているんだ」
「うん。だからこうやって二人で外に出歩いた時しか強請らないだろ!」
「そういえばそうだな」
苦笑しながら得意げなパリスの顔を見た。
お目当ての店は、揚げ菓子を売る店だった。ニンジン一種類だけの。
食糧はいろいろあるし、兎族も普通族とほとんど変わらないものを食べているのだが、どうも種族全体でニンジンが好物らしく、物々交換でもかなりレートの高い品物だった。
「これで買ってこい。ついでに俺の分もな」
そう言ってポケットから細かいガラをパリスに渡す。
パリスは嬉しそうに店に出来た列の後尾に並んだ。
その店は最近商売替えしたらしく、食品店からニンジンの揚げ菓子だけを売るお菓子屋変わった。それはみごとに当たり、常に何人かのお客が並んでいた。
しばらくして、大きな植物の葉っぱを筒状にしたものにどっさり入れて戻ってきた。
「おい、人の金だからっていくらなんでも買いすぎだろ」
「だって、さっき渡されたガラどれも超高価なのばっかりだぜ。一番安いやつでもこれだけの価値があったんだ」
そう言うと、パリスはさっき手渡された細かいガラを渡した。最初に渡した分からほとんど減っていないようだったのでパリスの言っていることは間違っていないようだった。
「うーむ、すごく細かいし少し濁っていたからそれほど価値は無いと思ったんだけどな」
「はぁ、これだから。これは濁りじゃなくて、この山吹色のガラが持つ模様なの、あとこの色は珍しいから小さくても価値があるんだよ。価値が分からないんだったら、もう少しいろんなのを持つようにしないと」
そう言いながら、一本のニンジン揚げ菓子を掴んで齧りながらパリス商店を案内してもらった。ガラの品質の講義も交えながら店が並んだ通りを抜けさらに西へ向かった先に目的の場所に着いた。
「ここら辺がそうさ」
そこはぼろを纏い首輪につながれた雑多な人種がいた。年齢、見た目、体格も様々で、性別も偏りが無い。
「そういや兄さんどういう奴隷が欲しいんだい?」
そういうパリスはなぜかにやにやしている。
「ワーカーだ。ワーカーならどんなタイプでも構わないが、土木工事に適した奴がたくさん欲しいかな」
「なんだ、性奴隷が欲しいわけじゃないのか」
「お…おい、ケトラさんとの話を聞いてなかったのか?」
「でも今すぐってわけじゃないだろ?兄さんの資産も相当増えているんだから、性奴隷ぐらい持ってもおかしくないじゃん」
性奴隷はともかく、ハウスキーパーや簡単な雑事を代わりにやってくれる為の奴隷をそろそろ買おうかと思っていた。いずれたくさんの奴隷を使役する為にある程度はなれておいた方がいいと思った為だ。
「まぁ、後々のために適当に1人ぐらい今買っておいてもいいかと思っているよ」
「そうそう、買えるものじゃないんだけど、まあ兄さんなら余裕だよね」
「ところでこの奴隷たちはどうして奴隷になったんだ?」
「ここの奴隷は奴隷商人が食料品や装飾品と交換するために連れてきたやつだよ。奴隷商人が何処から仕入れているかは知らないけど、別のコロニーで罪を犯して奴隷に落ちた奴や、賊に襲撃されて奴隷として捕まったやつとか、他には親が食糧の代わりに売ったやつじゃないか?俺も奴隷商人じゃないから詳しくは知らないけど」
「なるほど、ところで彼らは逃げ出したりしないのか?」
「え?だって首輪していてるじゃん。俺も魔法とか詳しくないけど、あれ魔法がかかっていて、その首輪に書かれた名前の人物には逆らえないらしいよ。ってか、アベル兄ちゃんの方が魔法に詳しいだろ」
「魔法はいろんな系統があるみたいだからな。村ぐるみで浄化の魔法ばかり研究していたから、他の事には少し疎いんだ」
「まあ、あれだけすごいの作れるんなら納得だな。ところで、兄ちゃんの村って今どうしているんだ?」
「多分、今でも豚族に占領されてると思うよ」
「ああ、豚族か。あいつら、荒っぽいし集団で行動しているからな。このコロニーも1度豚族に襲われたことがあるって聞いたな。でも、守備兵だけで撃退したらしい」
それをわが事のように誇らしげに語って見せた。
そう言って奴隷たちを物色し始めた。
「いらっしゃい、あ、ケトラさんとこの坊ちゃんじゃないですか。瘴気ライター素晴らしいですね。愛用してます。あれのおかげで私の座るのもしんどかった膝の瘴気痩がほとんど無くなりました。まさかあんなに早く利くとは。おかげでこんなに早く座ったり立ったりできる」
そう言って、店主は座っていた椅子から立ったり座ったりを繰り返して見せた。
「ははは、でも俺じゃなくて、この人の付き添いなんだ」
「ほほう、普通種の方ですか、ケトラさんの関係者ですかな」
「そうなんだ、だからガラもたっぷり持ってるよ」
「ほう、ひょっとして瘴気ライターに携わっておられる…?」
「まぁそんな感じかな。愛用していただいているようで」
「そうでしたか!是非ゆっくり見て行ってください。お安くしておきますよ!」
そういって店の奴隷を見渡すとざっと10人が首縄を繋がれておりぼろを纏っているのにたいして、同じ首輪をしているが店員のような格好をしているアベルと同じ歳ぐらいの女の子がいた。
「彼女も奴隷?」
「ええ、そうです。しかしこれは売り物ではございません。彼女は器量もよく頭もいいので店員の仕事をさせているのです」
「この奴隷は全部、店長さんのもの?」
奴隷たちの首輪についている名前を見ていて気付いた事がある。何人かは違う名前が書かれていたのだ。
「いいえ違いますよ。商品の管理と販売の委託をされているやつもあります。売れたらその代金から管理費と売り上げの一部を頂くという契約です」
「なるほどな」
うんうん、頷きながら奴隷たちを眺めつつ、話しかけてみた。
しかし、誰も返事をしなかった。
「お客さん、奴隷は所有者の問いかけにしか答えないよ。ってもちろん、ここに並んでいるのはちゃんと言葉が分かるし話せるからその辺は心配しないでいいよ」
「アベル兄ちゃん、旅してるんだからいくつかコロニーに寄ったんじゃないんか?どこでも奴隷は売っていると思うけど」
「ああ、そうだけどまとまった資産を得たのはこのコロニーに着いてからだからな、それまでは縁がなかった。たまに一緒になる連れも誰一人奴隷は所有していなかったな」
定住出来るほどの資産を持たなくても奴隷をもつ旅人は少なくない。荷物を持たせたり、戦わせたり、身の回りの世話をさせたり、強い妖魔と出くわした時に囮にしたり、定住者よりもむしろ旅人や冒険者こそ奴隷にその価値を見出している。
その為、戦力の少ない集落や、備えの甘い村なんかを襲ったり、集団から離れた子供や女性をさらったりして奴隷にする賊まがいの冒険者もいたりする。こういった輩のせいで、外から来た者への目が厳しいコロニーが多い。
「ところでこの子ひょっとして」
アベルは、店の奥の影になっている場所で丸椅子に座っている奴隷の女の子を見つけた。
「ああ、そいつですか、お察しの通り普通種です」
「やっぱり、しかし…」
「ええ、もう長くないですよ。いくら普通種でもここまで瘴気病が進行したやつを欲しがる人は誰もいません。瘴気ライターもすぐに使えなくなるでしょうし、割に合いません。頭も良いし幾らか魔法も使えるようなんですが、放っておくとそのまま妖魔に変化しますからね、そろそろ処分しようと思っていたところです」
「よし、買います」
「ってええ?アベル兄ちゃん、買うの?いくらなんでもここまでひどいんじゃ流石に治らないでしょ?治らないよね?」
「お客さん、奴隷を扱ったことあんまり無いみたいだけど、もし処分する前に妖魔になって町に損害だしたら、責任は当然所有者が被るよ?まぁ、病気の進行を抑える事はできるけど、そこまで価値があるのか」
「ふふ。もちろん分かっていますよ。で幾らで売ってくれます?」
そういって、ポケットからガラを一つかみし、掌に載せたガラの山を店員の目の前に出した。
「お客さん、兎族でもないのにすごいガラ持ちだねぇ。こんなにガラを持っているのにわざわざこの子を買うなんて。まぁ、同じ種族だし珍しいから気持ちは分からないでもないけど。これだけあったらもっといい普通種も買えるよ。…まぁいいか」
そういって、少しガラの小山を眺めた後、一粒つまんだ。
いくら病気でもこの店長は謙虚すぎるとアベルは思った。
「まあ、そんなもんだろうね」
隣で見ていたパリスは納得した。
「奴隷って結構高いものだと思っていましたが?」
「普通種だからさらに高額だが、さっきも言ったようにこれだけ病気が進んでいたらね。それにあなたみたいなガラ持ちならきっとまたここで買ってくれるだろうと思っているからね。先行投資ってやつかな」
「そうですか、ありがとうございます」
「おうおう、それよりもっと買って行かないかい?それだけあればここにいる奴隷全部買えるよ?」
「今日のところはこの子だけでいいです」
「ふーむ。じゃまた来てくれ!あ、そうだ、ひょっとして普通種族が欲しいのかい?もしそうなら、なるべく仕入れるようにするけど。需要はあるけど、高価だから売れるあてが無ければあんまり仕入れないんだ。お客さんに買う予定があるなら積極的に仕入れるけど」
「そうですね、多分売っていたら買うと思います。でも必要なのはもう少し先かな、その時にワーカーとして大量に買おうかと思っています」
「ほほう、なにか事業でも始めるのか?まぁそれだけのガラがあればちょっとしたことができるだろうな。おう、入用があったら気軽に話してくれ、あんたいいお得意様になりそうだからな」
ニコニコ顔で右こぶしを自分の胸に軽く叩きつけた。
「ゼッフェルって言う。ここら辺でなんかトラブルにでも巻き込まれたら『奴隷店のゼッフェル』の親友だって言え」
アベルはなかなか心強い親友ができたなぁと思った。
「さて、購入したからには、『奴隷の首輪』に書いてある名前を書き換えないとな。お前さんできるか?」
「どうやればいいんですか?」
「ふむ。まず余白にこの魔法のペンであんたの名前を書き込んでくれ。そのあとでここに書かれている名前をナイフで削る。それで譲渡完了だ。魔法ペンの使用は無料でいいぞ」
「わかりました」
「OK、これで正式にこの奴隷はお前のもんだ。多分すぐに処分することになるだろうけど、それまで大事に使ってやってくれ」
にやにやしながら親指を立てた。
「名前あるのか?」
アベルは今しがた所有権を得た奴隷に話しかけた。
「マキアです。主様」
「それじゃあマキア、着いてきてくれ」
そうして、マキアはアベルの後ろを歩き、店の外に出た。
すると、暗くてあまり見えなかったがほとんど全身に瘴気病が蔓延していることに気付いた。
「アベル兄ちゃん、流石にここまでひどいとは思わなかったね…」
「まあな」
そうして、何処にも寄らずにそのまま家に向かった。
すれ違う人がその末期の病状に驚くことも多かった為に、アベルは自分の着ていた分厚いフードを被せてやり、皮膚が衆目に晒されないようにした。
マキアはかろうじて歩けはしたが、歩くたびに痛みを感じるようだったので、肩を貸して家まで連れて行った。
「ありがとうございます」
パリスとは途中で別れて、アベルはマキアを住居に案内した。
「ここがいま住んでいるところだ」
2階建ての日干し煉瓦と檜の建具で出来た家。
「すごい。兎族のコロニーなのに」
マキアは感嘆してつぶやいた。
「まぁ、とりあえず中に入って。治療を始めるから」
そういうと、また肩を貸してベッドのある部屋まで連れて行き、そこへマキアを寝かせた。
「申し訳ありませんが、主様は私の体を見たらきっと興が殺がれると思います。それどころか瘴気病を移してしまうかもしれません」
「ははは、そんなつもりはないから」
「では、もしかしてもう処分されるのでしょうか?」
「なんでわざわざそんな為に買うのさ。違うよ。いまから君の病気を治すんだよ」
そう言って、瘴気ライターの上位互換、まだこの世に1つしかない瘴気灯を出した。
カチャリとボタンをスライドさせると暗い不思議な炎がともった。反対側からは何かを吸いこんでいるようだ。
「これは俺が作った瘴気を吸収するマジックアイテムだ。上で灯っている炎は下から吸い込んだ瘴気を燃料に燃えている。燃えカスは人でも扱いやすい魔力と清浄な空気になる」
「…」
マキアは黙って聞いていた。言っていることは理解できるが、それを信じることは到底出来そうになかった。
しかし、アベルが瘴気灯の底部をマキアの顔に寄せたとき、驚愕と歓喜と畏怖が同時に心を支配した。触れた部分から、ずっと感じていた強い痛みと痒み、しびれといったものが引いて行ったのだ。そしてその不快な刺激の穴を埋めるかのように暖かく気持ちのいい感触が広がっていった。
アベルはゆっくり瘴気灯の底部を動かしていった。マキアは心地よい感じが広がるのに身を任せていた。ほとんどしびれて表情を作るのも難しかった顔の神経も正常化されたが、あまりの気持ちよさに唇周辺の筋肉は弛緩しっぱなしで、よだれまで垂る始末だった。
「ほら、よだれを吹いて」
そういってハンカチを口元に当ててやる。
「はっ、も、もうしわけありません。主様」
顔を赤くしているところを、手鏡をかざし自分の顔を確認させてやった。
「え…何これ…すごい」
そこには少しばかり頬に朱をさしたがわずかなくすみものこっていない美しい顔がのぞいていた。
「首から上はそこまでひどくないみたいだね。ほとんど痕も残らなかったよ。まぁ、これで治りきらなくても魔法を使って根こそぎ治すつもりだけどね」
「は、はい。主様は一体…」
「ちょっと恥ずかしいかもしれないけど、次は首から下ね、さあ上着を脱いで」
奴隷用の服はくすんだぼろのワンピースのような上着と膝から少し下で切れたぼろのズボンだ。
自分でワンピースを脱いだマキアは、いつもは見ないようにしている自分の体に目をやってやはり見なければ良かったと落胆し、次いでアベルにそれを見られるのをとても恥ずかしいと感じた。
それまでは絶望し、自分の体も命も興味を持てず、体を精査する奴隷商人に対してなんの感慨も浮かばなかった。
しかし、今しがた奇跡を目の当たりにして体が奇麗になるかもしれないという僅かな希望を持たされた為に、同種族のそれも同じような歳の男を前にして失っていた羞恥の心を取り戻したのだ。
「はい。あの…お願いします」
そう言って近くに脱いだ上着を奇麗にたたみ、再びベッドに横になった。程度の差こそあれ、首から下はほとんど全て瘴気病で変色し腐臭を放っていた。
奴隷店のゼッフェルの言っていたことは本当である。ここまで到達する前には大体妖魔化するか死んでいるものだ。おそらく、この少女の精神力が普通よりも高いのではないかとアベルは思った。
「それじゃあ」
瘴気灯の底部を心臓の近くにスッっと近づけた。暗く灯った不思議な火は一気に燃え上がった。火が勢いづくと同時に同心円状に明るくなっていった。もとの肌色を取り戻し始めたのだ。肌色が広がっているように見えるがよく見ると、外側から中心にかけて細かい闇の粒を吸いこんでいるのが見える。それはまさしく瘴気そのものであった。
火の勢いが弱まったら少しずらすというのを繰り返した。仰向けの状態から治療できる範囲が全て終われば次はうつ伏せになってもらい、同じように繰り返した。
マキアは生まれてこれまでこれほど気持ちのいい感覚を味わったことはなかった。いや、瘴気病に侵されるまではずっとこの心地よさを味わっていたはずなのだ。
そのあまりの苦痛が日常化したために、忘れていた普通の感覚にめまいがするほどの心地よさを見出しただけなのだ。
「この分だと内臓もやられているだろうけど、瘴気灯で治せる範囲はそこまで広くないんだ。とりあえず、最初は体に染み込んでいる瘴気の絶対量を減らすよ。次は、下半身をやるから、ズボンを脱いで」
マキアは先ほどまで腕の関節を曲げるのも苦痛で、必要がなければほんの僅かの動作も節約するほどだったが、今は動かすごとに凝り固まった筋肉をほぐすような気持ちよさを感じ、何でもいいから体を動かす口実が欲しいと思った。まだ下半身は治っていないが、上体を思いっきり曲げて、ズボンを脱ぎ、たたんで上着の上に載せた。
無残な下半身に対する羞恥心よりも久しぶりに戻ってきた普通の感覚に感謝するほうに気持ちが傾きすぎてもう恥ずかしそうな素振りを見せなかった。
アベルは同じように少しずつ動かして治療を施していった。
もはや、瘴気病であったかどうか分からないほど奇麗な体になっていた。1時間ほどかかったが、少なくとも表面付近の病巣は取り除いたとアベルも満足していた。
「さて、仕上げをやるよ。恐らくまだ内部も瘴気が残ってるはずだからね」
そう言うと、アベルは、精神を集中させた。頭に術式を思い浮かべ色や形や概念を決まった順番に思い浮かてそれが記憶から消えないうちに術式に当てはめていった。
両手に淡い紫の輝きを纏い、マキアの頭部らへんに触れ、そのまま少しずつスライドしていった。纏った光が強くなった箇所でしばらく止まり、またスライドしていった。
そうして、足の先までいったところで手の光は消えた。
「んんーーーー、終わった。ふぅ。疲れた。瘴気を全部取り除いたよ。気分はどう?」
胸を通過したあたりでまた羞恥心がもどったマキアはまた顔を赤くしていたが、アベルの問いかけにそのまま居住まいを正した。
「生まれ変わったようです。主様」
「そうか、よかった。いろいろ話をしようと思うのだけどまずは着るものを用意しないとね」
「あっ…」
「女性用の服は無いから、俺の服を適当に使って。落ち着いたら調達しに行こう」
そう言ってアベルは近くのタンスから適当にシャツやズボンや上着を取り出しマキアの方に投げた。マキアはそれを拾いそそくさと身に付けた。
「とりあえずお茶でもどうぞ」
「ありがとうございます」
「君は普通種だよね?」
「はい」
「実は普通種のコロニーを探しているんだ。もし知っていたら場所を教えてほしい」
もともとは普通種と接触してこの技術を伝え、繁栄することを目的に旅をしていた。行けども行けども普通種のコロニーを発見できず、今なおあり続ける普通種のコロニーの噂もほとんど聞かず、先に魔法が完成した為に、この兎種のコロニーを拠点に稼ぎ始めた。仕方がないので、1から新しい町を作る計画を練っていたところだが、辿りつけるところにあるならそちらへ行きたかった。
「私の住んでいたところは小さな村でした。突然の瘴気の嵐で村の住人はほとんど妖魔になってしまい、私を含む数人はそこから逃げ出したのですが、途中で冒険者につかまってしまいまして、そのまま奴隷として売り飛ばされました。その場所もかなり遠くですし、おそらくもう村は廃墟になっていると思います。申し訳ありません」
「ふーむ。それじゃあ、他に普通種のコロニーの噂は聞いたことない?」
「いえ。村はあまり他のコロニーとの接触はなく半ば隠れて暮らしていましたから外の情報はほとんど入ってきませんでした。奴隷になってから聞いたことがありません」
普通種はその他の亜人種に狙われやすいため、残るのは隠れるようにして存在する小規模なコロニーだけだ。
残るほどひっそりと隠れているために見つけにくい。見つけにくいからこそ狙われずに残っているともいえるのだが。
「そっか。残念だね…」
「はい、お役に立てず申し訳ありません。主様」
「ま、いいや。俺もずっと探していたんだけどね、もう諦めた。というか、あきらめて自分で作ることにしたよ」
「自分で作る…のですか?主様」
「ああ、瘴気を浄化する機構を代々研究していた村に住んでいたんだ。あとすこしで実用化できそうなところで豚族の襲撃にあってみんな奴隷になっちまった。で、俺だけ運よく逃げてそのまま旅を続けていたんだ。旅をしながらも研究を続けてね。旅の途中で完成させた。
この瘴気灯もさっきの魔法も全部その研究の副産物なんだ。メインは土地、空間そのものから瘴気を取り除くって方」
マキアは、アベルのすごさを味わっていた。自分に施された治療でこれ以上尊敬は出来ないというぐらい尊敬したはずだが、今の話を聞いて、それまで思っていた尊敬の念はまだまだ限界じゃないことに気付いた。
「主様は私の考えが及びもつかないほどのお方、どんな事でもお申し付けください。少しでもあなたの力になるよう努力します」
もとより奴隷なのだから、それは当り前なのだが、マキアは奴隷でなくても一生アベルに全てを捧げる気持ちでいた。
「そうだな、じゃあまずはお茶でも淹れてもらおうか。この部屋をでてリビングを挟んだ向こう側が台所。リビングに移動してゆっくりお茶を飲みながら話そう」
「畏まりました」