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第1話 兎種のコロニー

ここは亜人種の兎種が支配するコロニー。エルニドの町。人口4000人ほどの町で瘴気濃度は春と秋の一時を除いて非常に薄く快適といえる。町の南東から南西にかけて瘴気を吸収しづらい雨麦という種類の畑が広がっている。


見た目もほとんど普通種との差異はなく、目が赤く肌と体毛が同じ色をしている。兎族は普通種に対して友好的な態度をとっており、同種に対するのとほとんど同じような対応をしてくれる。


ここで開発した魔法を使って商売し、稼いだお金を使って奴隷を買い、浄化装置を作って人工のオアシス(瘴気が薄く普通種や亜人種が暮らせる土地)を作る。これが、アベルの目的である。


一刻も早く普通種のコロニーを見つけてこの技術を提供し生存圏を広げたいのだが、生まれた村を出てから一度も普通種のコロニーは見つからない。亜人種のコロニーは何度か見つけたが、そこで稀に見掛ける普通種はみんな奴隷であった。


機構を作るには亜人種の労働力でも大きな助けになるのだが、どの亜人種も自身以外の種族には絶対に従わない。よくて穀物や道具の物々交換のような対等な交渉に応じてくれるだけである。


物々交換にしても対価に労働力を差し出す者はいない。こちらが差し出す分には可能だが、別種の相手に対しては労働力を提供してくれはしなかった。それはたとえ定住しない同じような旅人同士でさえも。


例外として圧倒的な力や兵力を持った個人に対してその力を認めた場合にコロニーごと従うこともあるらしいのだが。

しかし、アベルは亜人種に比べて魔法は得意ではあるが、圧倒的にはほど遠く、兵力どころかアベルただ一人の戦力である。


せっかく完成した浄化理論もこの世に残す前にアベルが死んでしまえば何世代にもわたった村ぐるみの研究は無駄になってしまう。

かといって、亜人種に教えるわけにもいかない。全ての亜人種に対してではないにしても忌避感をアベルは持っていた。それに村の何世代にもわたった研究の成果だからそのまま最後まで普通種でやり通したかった。


その為には同族の普通種を集めるか、奴隷を買うしか方法はないのである。奴隷ならば種族に関係なく主人の命令に従う。人間族が見つからない以上、奴隷を買う以外に労働力を確保することは不可能であった。




そんなわけでアベルは、エルニドの町で商売を始めようと思うのだが、商売をするにはまず売る場所と売る物がなければならない。

そして、瘴気の薄い土地は非常に貴重である。当然売る場所もそこを所有する者に対価を支払わなければならない。売る物も旅をするのに最低限しか持たないアベルは商品になるような物は、手放す事の出来ない貴重な品を除いて何も持っていない。


アベルは街で情報を集め、現在の立場で資金を調達する方法をいくつか知った。

1つ目は、町を見回って売れている野生の植物などを確認し、町のそとで採取。町に戻りそれを売っている店に直接買い取ってもらうか、町の外で売るという方法。

2つ目は、自身を質屋で質に入れ、この町で流通しているガラと呼ばれる鉱石を手に入れてそれを元手に材料を買い、開発した魔法で商品化して売る方法。

3つ目は、町で仕事を見つけ日銭を稼ぐ方法。

4つ目は、商店に加工技術を売り込む方法だ。


3つ目と4つ目はともに兎族の下で働くという点で共通するが、4つ目の場合は、代わりの利かない技術である為、その技術を高く買ってくれるかもしれない。しかし、友好的な亜人種とはいえ、その有用性のために今度は開放してくれない、最悪拘束される可能性をアベルは考えた。

1つ目の方法はやろうとしても稼ぎになるほど採取できるとは限らない、3つ目と稼げる量は大差ないかもしれない。


2つ目の方法は、失敗すればそのまま奴隷に落ちてしまう。

しかし、この技術で資産を稼ぐ自信があった。そこでリスクは高いがリターンも大きい2番目の自身を質に入れる方法を選んだ。


どのコロニーも基本的に流通は物々交換である。それでもそのコロニーで安定した需要があり、保存性や携帯性が高いものが商品の対価の中心になる。このコロニーでは装飾品に使われる透明性のある鉱石がそれで、ガラと呼ばれていた。


ガラの装飾品を中心に多様な商売を手がける兎族のケトラという人の店に交渉に出向いた。


「…というわけで、俺の身柄を質にガラを貸してください」

「確かに普通種の奴隷はとても高い価値があるが、自ら奴隷になるとは…」


「いや、ちゃんと自分を買い戻します。その保障ですから」

「ああ、いやしかしそう簡単に稼げると思うのかね」


店主は胡散臭げにアベルを見ている。外の人間でしかもコロニー支配種族と別種の者がそのコロニーで商売を成功させるのは困難である。普通種は子孫を増やすのに非常に有用な為、比較的優遇されやすいし現にこのコロニーもそうなのだが、支配種族には絶対に勝てない。

まして、自らの自由を質にかけるということは、商売を成功させるよりも踏み倒す算段があるのではないかと疑わざるを得ない。

当然、契約の魔法で裏切らせないようにするが、普通種は魔法が得意で頭もいいから、油断するわけにはいかない。


「瘴気病の治療アイテムが作れます。誰もが欲してやまないアイテムだと思いますが。」

「それが本当ならすごいが、今現在確認されている浄化する方法は繭族の瘴気吸収魔法と濁っていない水石ぐらいなもんだ。

仮にそのアイテムの性能が本当だとしても誰も信じないんじゃないか?水石ですら効果を見て取れるぐらいになるまでかなり時間がかかるからな」


するとアベルはおもむろにズボンの右に設えた衣嚢から金属でできた四角い長方形の小物をとりだした。

そして、一番面積の広い面に親指を載せスライドさせた。すると、その先端の針の先程の穴から暗い炎が点火した。

店主のケトラは珍しそうにそれを眺めた。


「ケトラさん、その左手…」

「ああ、瘴気の毒だ。別に珍しくないだろ?」

「ちょっとその手をこちらへお願いします」


瘴気で変色し不気味な別の生物が張り付いたようなケトラの左腕の一部にアベルはそのライトの底部と接触させる。

炎はさらに暗くなりわずかばかり大きくなった。

すると、ケトラの左腕の怨嗟がそのまま具現化したような黒色の模様はほとんど周りの健康的な皮膚と大差ない状態になった。


「なっ、ええ?!」

「水石がどの程度のものか見たことないので知りませんが、それにも劣らないものだと思いますが」


ケトラの左手はわずかなくすみを残してその周りと変わらない奇麗な肌になっていた。

しばらく驚きの表情を崩さずに治った左手と目の前の奇跡を起こしたアベルの持つ道具を交互に視線を移した。

そして、2、3回つばを飲み込みようやく話し始めることができた。


「水石と比べるようなレベルじゃない。私は貴重な水石を求めるのに商売で得た資産の大半を費やしている。

それでもこの瘴気病の広がりを抑制するのが精いっぱいだ。

この疼きのせいで、眠れない日もあるぐらいだ。左手を切り落とそうかと何度考えたことか。それをこんな一瞬でここまで奇麗にしてくれるとは…」


それを聞いてアベルは にやりとした。


「どうです、これなら十分商売になるでしょう?」

「これを君が作ったというのか?同じものをいくらでも作れるというのか?これを売ってくれないか?」


ケトラは興奮してアベルに捲し立てた。


「落ち着いてください。もちろん私が作りましたし、同じ材料があればいくらでも作りますが、これの材料は非常に珍しい物なので、これ自体を売ることはできません。

ただ、恐らく別の普通に手に入る材料を使って、似たようなものは作れます。性能は少し下がりますがね」


「そ、そうか!

しかし、すごいな。この道具を使って瘴気病の治療だけでも商売が成り立つだろう」


「ええ、そうだと思います。しかし、この道具を売った方がもっと儲かるでしょう?できるだけ早く資金を貯めたいんですよ」

「ふむ、この町に定住でもするつもりなのかね?」


旅人の最終的な目標は定住である。新しいオアシスはそう簡単には見つからない。見つかっても奪われる可能性があるし、オアシス外の土地ほどではないにしても妖魔に襲われる可能性もある。

一定以上の人口を有したコロニーは、長い間オアシス状態であったことの証であるし、(一時的に瘴気が薄いだけでしばらくすると消滅してしまうオアシスも多い)その人口に比例して戦力の蓄えがあるため襲撃されて奴隷に身を落とす心配もない、妖魔に蹂躙される心配も少ないだろう。

そういうコロニーに定住できるということは、何かしらの理由で流浪を余儀なくされた者たちにとっては憧れでありまた希望なのである。


だがアベルはそれとは少しレベルが違っていた。


「いえ、違います。奴隷を買いたいのです」

「なるほど奴隷か。奴隷は高価だからな」


そう言うとケトラは徐に背後の棚から一つかみ透明な宝石をカウンターに置いた。


「瘴気灯、あ、これの名前ですが、売るわけにはいきませんよ?」


ケトラは横に首を振った。


「いや、そうじゃない。左手の瘴気病を直してくれた対価だ。奴隷に何を求めているかしらないが、一般的なワーカーとして売られている奴隷ならそれで1人買えるだろう」

「いいのですか?さっき行った治療は、ただのデモンストレーションであなたに信用してもらう為に行ったことですよ?」


アベルは、商売をする者がこんな気前がよくて大丈夫なのだろうかと思った。


「君が信用を私に求めたように今度は私が君に信用を得たいということだよ。アベルさんだったか?私と継続して取引してほしい。素材の仕入れと住まいはこちらで手配するから、できればこの商品を独占的に取り扱わせてくれないか?」


相手にとって都合がいいのは分かるが、こちらとしても目的に適っている。

最初に自分で提示した4番目の選択肢、技術を売り込むに近いが治療の対価を見ても分かるように技術をちゃんと評価してくれているし、足元を見るような真似はしていない。最初から非常に良い相手に当たったと言える。


「分かりました。奴隷ももう少しまとまった人数が必要ですのでしばらくお世話になります」

「ありがとう!技術もすごいが、これほどガラ(かね)の匂いがする商品は初めてでね」


そうして、ケトラは、所有する日干し煉瓦の家、旅人に宿屋として提供していたものを一部材料置き場と作業場に改装し、アベルに貸し与えた。独占契約の対価として、である。




アベルの予想通り最初に作った瘴気灯の材料はどれも仕入れることができなかったが、効果の低い瘴気ライターの材料は普通に手に入った。というか、手に入る材料でできるレベルのものをつくったので当然である。瘴気灯と違って油を差さなければならず、何度か使うと壊れてしまう。さらに効果も瘴気灯に比べてかなり弱かった。


しかしそれでも貴重な水石に比べて効果が高かったため、富裕層に飛ぶように売れた。


長年水石を愛用していたため、水石を取り扱う商店の人間とは仲がいい。なので、彼らの取り扱う水石の暴落を避ける為、ただでさえ高い水石よりもさらに高い値段で売った。尋常じゃない利益率を叩きだしていた。


末期の瘴気病にも効果があるため、ほんの少しでも瘴気ライターの効能に預かりたい者たちが共同して購入することもあった。なので、数秒の瘴気ライターの使用権をばら売りしたところ、購入できる層が広がり、製作者のアベルも販売元のケトラもどんどん富が蓄積していった。


その性能は、コロニー内はおろか、遠方のコロニーからも買い求める客がやってくるほどになった。通常コロニーに立ち寄る者は、根なし草の旅人がほとんどである。




「今日はこれだけ出来ました」

「おお、2日で5つも出来たのか!ありがたい、もう新品の在庫は尽きていてね。使用権をばら売りしている1つでこれもあと少しで壊れそうだったんだ」


「いや、ある程度の予想はしていましたが、まさかここまで売れるとは思っていませんでした」

「それだけアベルの発明はすごいってことだな。いまじゃ、このコロニーの有力者のほとんどがお得意様だよ」


ケトラは嬉しそうに湯のみに入った紅茶をすすりながら続けた。


「20リーグ(約111km)も離れた場所のコロニーからわざわざこの商品を買い求めてきた者もいたよ。それもそのコロニーの定住者だよ。

取引対象はガラだけにしていたんだが、そいつのコロニーじゃ銀とかいう鉱石が主要な交換物らしいんだ。わざわざ詳しいやつを呼んでそこでの食糧とのレートを聞いて、多少相手が不利な程度のレートで取引してやった。流石にそのまま追い返すのは悪いからな。それでも奴ら大喜びだったな。しかし、おかげで在庫がほとんど無くなったが」


ケトラの奥さんがカウンターの後ろから出てきて、アベルにお茶を差し出した。


「しかし、銀ですか。そういえば銀も手に入りにくいですね」

「ああ、ここの住人は金は好きなんだが銀はすぐに錆びるからあんまり好まれないな。みんなきれいなものが好きだから。」


いや、と奥さんの方を向いてケトラが続ける


「正確には、兎族の女性が…だな」

「ははは、なるほど」


アベルとケトラはとても仲が良くなっていた。普段は、ケトラが用意してくれた住居で生活し、食事は兎族の出店する屋台で済ましているが、たまにケトラに夕食をごちそうになる。


ケトラには、13歳の息子パリスがいるが、瘴気で内臓をやられていた。

瘴気ライターも瘴気灯もどうやら内臓の疾患に対しては効果が薄いようだった。そこで、アベルは初めて瘴気の浄化魔法を使ってやった。この魔法は自身に取り込む繭族の魔法とは違うが、結構な魔力と集中力がいるために、流石のアベルも疲れた。

しかし、このときからケトラの妻エリルも子供のパリスもアベルを慕うようになった。


「ところで、昨日だけで作り方を教わりに来たやつが5人、今日は今朝から2人も来たよ」


何処にもないのに需要は極めて高いものだから当然と言えば当然である。


「ケトラさんは、独占したいと言いましたが、私もいろんな人に広めたいとは思っていません。あと、まだあまり広がって欲しくはないです」


アベルは少し表情を重くした。


「ケトラさんに住居を用意していただいて申し訳ないのですが、そろそろ拠点を変えようと思っています」


それを聞いたケトラは驚いた。


「お、おい、ひょっとして商品を売ってくれないのか?」


横で聞いていた妻エリルも心配そうにこちらを見た。


「アベル兄ちゃん出ていくの?」

「うん。もう少ししたら」


今では弟のように慕っているパリスも不安げな表情だ。


「まだしばらくは居ますし、出て行っても商品はこちらへお渡しします。

それに、出て行った後には大量の食糧や日用品をこちらから買い取るようになると思います。」

「ん?大量?それはどういう…」


わずかにアベルは考える素振りを見せた。

ある程度の戦力が整うまで、普通族以外には秘密にするつもりだったが、それだといろいろ不便が起こる。最低限の信用できる人間には話してもいいのではという結論に達していた。


「このコロニーから西の位置にオアシスを作ろうと思うのです」


それを聞いた3人の兎族は困惑した。

当然である、オアシスは見つけるものであって作るものではないのだから。


「ここから西は濃い瘴気の大地がずっと続いている。とてもオアシスが見つかるようなところじゃないぞ。年に2回の瘴気風もそっちから吹いているし、妖魔の襲撃も大体西からだ、そして西から旅人が来たなんて話は聞いた事がない」


正真正銘瘴気渦巻く人外の土地であった。


「ええ、だから見つけるのではなくて作るのです。」

「そんなこと、本当に出来るのかね」


ケトラはそう言いながらも彼なら可能ではないかとほんの少しだけ頭の隅で考えていた。


「しかし、仮に出来るとしてもなんでわざわざそんな瘴気の濃い場所を選ぶんだ?そんなところにいたんじゃすぐに瘴気病にかかって死んでしまうだろ。たとえお前さんの作る道具で治してもきりがないぞ。それに妖魔がうようよいるはずだ。おそらく一晩で骨すら残らないだろう」


「ですから、オアシスを作るのです。わざわざ瘴気の濃い場所を選ぶのは、賊を近づかせない為です。瘴気は何とかなりますが、賊を撃退する戦力がありませんから。」

「おい、しかし、そんな濃いところに作ることなんてできるのか?」

「1人ではもちろん無理です。しかしある程度の労働力があれば、可能です。単純な土木作業ですから。設計と術はもちろん私がやります」


ケトラはアベルのすごさは十分理解しているが、それでもこの話は眉唾に思った。しかし、彼はこのために資金を調達し奴隷を欲していることが分かった。なので、彼を止めることはできないだろうと思った。


「なるほど。まあ無理はしないでくれ」

「ええ、ところで奴隷が売っている市はどこら辺になりますか?食糧と日用品の調達以外に市場を利用した事がないんで、まだあんまり町には詳しくないんですよ」


「それなら、俺が案内するぜ!兄ちゃん」

「ふむ、そうだな、パリス、アベルを案内してあげてくれ」

「ああ、お願いする」


パリスはニンジンの揚げ菓子をアベルにおごらせる気でいた。







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