勇者の襷
勇者が死んだ。
まだ若い勇者だった。
「魔王め、よくもこんなひどいことを」
人形のような勇者の寝顔を見ながら、彼の伯父が呟いた。
その小さな言葉に憎しみが十分こもっていたことは、幼い少年にもわかった。
「お父さん」
少年が、勇者の伯父の裾を引っ張った。
「お兄ちゃんは殺されちゃったの?」
「そうだよ。お前の従兄弟は、邪悪な魔王に殺されちまったんだ」
ハンカチで悲しみの涙を流していた人たちが、一斉に顔を上げた。まだ10にもならない無垢な少年に、魔王という残酷な存在を教えるのはいささか良くない。
「魔王は悪い人なんだ」
少年は従兄弟の顔を見つめながらぽつりと呟いた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「やっぱりお前にはまだ早かったな」
「そんなことないよ」
もう陽が沈む。少年は父親の手を握って、石ころを蹴った。
「僕勇者になりたい」
「勇者に?」
父は夕日を眺めながら小さく笑った。
「まだ無理だよ」
「大きくなったらだよ」
「そうか」
父は目を細めて小さく言った。夕日はもう見えなくなっている。
「お前はお兄ちゃんにそっくりだな。あいつも、小さい頃から勇者になりたがっていた」
「本当に?」
「ああ」
「じゃあ僕、勇者になれる?」
少年が石ころを蹴った。石ころは地面を這い、静かに歩みを止めた。
「きっとな」
父は少年の手をやんわりと握り返す。
白くて丸い月が、地面近くで小さく輝くのを瞳に映しながら、少年は父に寄り添った。




