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第8話 今は内緒の話、ニュースもまだ言ってないこと

「……そろそろ、来る時間か」


 時計の針が午後一時を指そうとしているのを見て、僕はごくりと生唾を飲み込んだ。


 いくら音楽制作という大義名分があるとはいえ、休日に自分の部屋へ同年代の女子を二人も招き入れるなんて、僕の灰色の人生において未曾有の異常事態だ。


 しかも来る人は、学年一の美少女とクラス一頼れる女子生徒。


 緊張しないほうがおかしい。


 ピンポーン。


 一階から、無情にも玄関のチャイムの音が響き渡った。


 心臓が跳ね上がる。


 僕は大きく深呼吸をして、覚悟を決めて階段を降りた。


「いらっしゃい……」


 玄関の扉を開けると、そこには予想以上に破壊力のある光景が広がっていた。


 学校での窮屈そうな制服姿とは違い、少し大きめの白いニットに身を包んだ冬峰ふゆみねさんが立っていた。


 眼鏡を付けておらず、髪をしっかりと結んでいて、人を寄せ付けない冷たいオーラは鳴りを潜め、年相応の女の子らしい柔らかさと、どこか無防備な雰囲気を漂わせておりまるで別人だ。


 その隣には、落ち着いたベージュのカーディガンを着た結城ゆうきさんが、面白そうに目を細めて立っていた。


「お邪魔するわ、灰原はいばらくん」


 冬峰ふゆみねさんが小さく微笑み、靴を脱いで上がってくる。


 すれ違いざまに、微かに甘いシャンプーの香りが鼻腔をくすぐり、僕の心拍数は一気に跳ね上がった。


「散らかってるけど、入って。……親には『文化祭の打ち合わせ』って言ってあるから、適当に話を合わせてほしい」


 僕が小声で伝えると、二人は小さく頷いた。


 そのままリビングを通り抜けて二階へ案内しようとした、まさにその時だった。


「お兄ちゃん、誰か来たのー?」


 リビングの奥からドタドタと足音を立てて出てきたのは、中学生の妹だった。


 妹は、玄関ホールに立つ冬峰ふゆみねさんの姿を見た瞬間、雷に打たれたように完全にフリーズした。


 無理もない。


 ただでさえ目立つ美少女が、突然自分の家の玄関に立っているのだから。


 それも二人。


「えっ……うそ……超絶美少女……⁉」


「あ、えっと……初めまして。冬峰ふゆみねりんと言います」


結城ゆうき しおりです。私たち、お兄さんとはクラスメイトで文化祭の打ち合わせをお願いしていたのですわ」


 冬峰ふゆみねさんが少し緊張した面持ちでぺこりと頭を下げ、結城ゆうきさんがニコッと妹のほうに笑みを浮かべると、妹は「ひぇっ!」と奇声を上げて僕の背後に隠れた。


「お、お兄ちゃん! 何この人! アイドル⁉ なんでこんな絶世の美少女がお兄ちゃんみたいな一般人の家にいるの⁉」


「こら、失礼なこと言わない! 二人ともクラスメイトだよ! ちょっと、文化祭のことで集まっただけだから!」


りんさん! このバカ兄から脅されてたりしないよね?」


「するか!」


 慌てて誤魔化そうとする僕の騒ぎ声を聞きつけ、奥のキッチンから母さんまで顔を出した。


 母さんは冬峰ふゆみねさんと結城ゆうきさんの姿を見るなり、持っていたお玉を落としそうになるほど目を白黒させている。


「あらやだ……奏多かなたのお友達? 奏多かなたの母です。それにしても……すっごく可愛いお嬢さんたちじゃないの。……奏多かなた、あなた変なことして脅したりしてないわよね?」


「母さんも僕を犯罪者みたいに言うな! ほら、行くよ!」


 これ以上ここにいるとボロが出ると察した僕は、逃げるように二人を連れて二階の自室へと駆け上がった。


 かつて僕が『アルタ』として曲を作っていた時、一番のファンでいてくれた妹だ。


 まさか自分の兄が再び曲を作り、しかも目の前にいた超絶美少女がそれを歌うなどとは、夢にも思っていないだろう。


「ふふっ、賑やかなご家族ですね」


 部屋に入るなり、結城ゆうきさんがクスクスと笑いながら言った。


「ごめん、騒がしくて。……ここが、一応僕の作業部屋だ。機材は古いけど、録音だけなら十分いけるはずだよ」


 僕が部屋の隅に設置されたマイクと防音パネルのスペースを指差すと、冬峰ふゆみねさんは目を輝かせて機材に近づいた。


「すごい……。これ、全部あなたが一人で揃えたの?」


「中学生のころに、お年玉とか小遣いを全部つぎ込んでね。引退してからは、ずっとホコリを被ってたけど」


「……もったいないわ。こんな素敵な場所があるのに、あなたが音楽を辞めちゃうなんて」


 冬峰ふゆみねさんは愛おしそうにマイクスタンドを撫でると、くるりと僕の方を振り返った。


「さあ、早く始めましょう。私、今日をずっと楽しみにしてたんだから」


 その瞳には、ただ純粋に音楽を求め、僕の紡ぐ音に飢えている一人のボーカリストの顔だった。


 僕はパソコンの前に座り、音楽編集ソフトを立ち上げた。


 冬峰ふゆみねさんがマイクの前に立ち、ヘッドホンを耳に当てる。


 結城ゆうきさんは少し離れたソファに腰を下ろし、静かにノートパソコンを開いて動画の構想を練り始めた。


「……流すよ。まずは、君が歌ってくれた、僕のボツ曲からだ」

カクヨムでも同作品を先行して投稿しております。

先が気になった方はそちらもご覧ください。

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