やり直し勇者は今日も失敗する。
目が覚めたとき、私はいつもと同じ天井を見ていた。何もかも変わらない。あの梁の木目も、少し黄ばんだ壁紙も。揺らめくカーテンの隙間から差し込む朝の光が眩しくて目を細めた。
またここに来てしまったのかと、重たい上半身を起こしてため息をついた。ここは王都近郊の宿屋。王都から程遠い田舎から出てきた私は2日前からここに滞在していた。田舎から王都までの道のりは大変なものだったし、路銀もそう多くはなかったから宿屋は粗末なものだった。しかし、昨日までの私は期待に胸を膨らませていた。勇者選抜の候補者に選ばれたのだ。
勇者とは我が国の参謀本部である。元は遥か昔、我が国が魔王に侵攻された時活躍した武人のことを指したらしい。
魔王討伐後に武人は軍部で活躍し数々の作戦を指揮した。当時民間では軍部と言えば武人、つまり勇者の印象が強くその所属していた部自体が「勇者」と呼ばれるようになったのだ。
我が国は元々封建制であり、王侯貴族が強い権力を持っていた。しかし、魔王侵攻の際に軍部の力が強まり均衡が崩れたのだ。
軍部はさらなる封建制の弱体化をねらい、平民を積極的に取り入れるようになった。その過程で生まれたのが各地から優秀な平民を選抜し勇者として入隊させる、勇者選抜である。勇者に選ばれるのは大変名誉なことであり、一般市民に比べ破格の俸給を得られた。要は平民にとって一発逆転の貴重な機会であったのである。
私は国立A大学付属A学園で優秀な成績を収め、どうにか選抜候補へと選ばれた。そして2日前に王都にやって来た。だがおかしなことに、もうずいぶん前のことなのだ。なぜなら私はもう十七回、この日に戻り続けているのだから。
なぜ戻り続けるのか、最初はよく分からなかった。私は優秀だったから、ペーパーテストとも面接も、楽々と突破できた。軍部に入ってからも、上司からの覚えめでたく順調な日々を過ごしていた。
しかしその日は突然やってきた。ある日、窓が大きな音をたてて割れた。強い風を受け私はよろめいた。窓枠からは一面に黒々とした瓦礫が折り重なっているのが見えた。さっきまでは石畳の美しい整然とした街並みが広がっていたのだが。どうしてか身体中が痛かったので、目線を下ろすとガラス片がびっしりと突き刺さっていた。私はすぐに意識を失い、そして目を開けてみると、勇者選抜の前に戻っていたのだ。
窓の外には青々とした空が広がりカーテンを捲った風が頬を撫でた。外をみても瓦礫などなく、平和そのものだった。悪夢を見たのだ、と考えた。まだそう暑くないというのに髪の毛がべったりと額に貼りついてることを不快に思ったが、それっきり悪夢を思い出すことはなかった。まだ試験を控えているのだから考える暇はなかったのだ。そうこうするうちに時間は進み私は「悪夢」と同じ運命を辿った。
3回目、また宿屋のベッドで目覚める。私はどうやら単に悪い夢という訳ではなさそうだと気づいた。夢の内容と現実に起こることは何一つ違わなかった。研修内容から上司の冗談、果ては定食の日替わりメニューまで。私はとうとう分かってしまったのだ。夢は私の未来なのだと。
ではなぜ私は未来を知っているのか?私にはわからなかった。魔法のようなことは出来るはずがないのだ。魔法というものがこの世から消え去って久しい。文明の発達と共に不思議な力は我々人間の物ではなくなってしまったのだ。私は早々に過去に戻る原因を究明することは諦め、未来の死因について考えてみることにした。
未来は常に爆発により終わりを迎える。あれは攻撃ではないのか?我が国がB大陸において軍事力を武器に君臨してから随分と時間が経っている。かの「勇者」が現れてからずっと。近隣国で戦争を仕掛けられるような国は無いはずだった。
私は近隣国、特にかつて魔王が支配していた国の情報を手に入れるのに躍起になった。軍部に入ったとはいえ、まだ未熟な若者だ。得られる情報はたかが知れている。魔王の国、C国が秘密裏に強力な武器を開発していたことを突き止めるまで何周も繰り返すこととなった。
きっかけはC国の新聞記事だった。燃料が不足し物価が高騰していることを報じる内容だ。少し違和感があった。なぜならばC国の燃料資源は豊富でありここ100年は尽きないと予測されている。資源が市場に流れないのは大不自然だったのだ。その他にも武器開発が可能な企業に国の補助金が多く流れていることなど様々な要素があったが、とにかくC国の武器開発に私は気づいてしまったのだ。
しかし、気づいたからとて何も解決することは出来ない。私は軍部に入りたての若者であり、私の言葉を上層部に聞いて貰えるまで気の遠くなるような時間がかかった。最初、私は直属の上司にこの件を相談した。まともに取り合ってもらえず、何度も相談するうちに最初は優しかった上司に冷たい目を向けられようになった。
知っているのにどうすることも出来ないまま迎えた運命の日は、今までで1番辛かった。
次は、評価が下がるのを覚悟で上層部に直訴した。これは大変上手くいった。幸い上層部は柔軟な思考の人が多く私の訴えは聞きいられたのである。すぐに対策が取られた。しかし、結論から言うとこれは全くの無駄であった。
とうに、我が国の軍事力はC国に敗北していたのだ。上層部がC国の武器開発に気づかないのもおかしい話なのだ。未来の記憶があるとはいえ何ら経験のない若者がC国の新聞を読んで気づくのである。なぜ熟練した武人たちは気づかなかったのか?それは単に平和な時間が長すぎたからであった。かつて勇者が手に入れた平和は我が国を鈍らせた。
対策は取りようがなかったのだ。我が国に比べ、あまりにC国の技術は進みすぎていたのだ。馬と車が競争する時、どんなに優れた馬でも車に打ち勝つことはできない。
我が国の滅亡は運命であり、いま誰か一人優れた人間が現れても解決できることでは無いのだ。私は16回目でそのことを理解できた。どんな栄華を誇ってもいつかは滅びる。我が国は今、その時を迎えているのである。
私はベットの上で大きく体を伸ばし、身支度を素早く済ませた。靴紐を念入りに結び宿屋の亭主に別れの挨拶をする。外へ出ると乗り合い馬車がちょうど来ていたので、運良く乗ることができた。
石畳の上を揺られていると、ふと何十年も前に、故郷からやってきた時の事を思い出す。
見送りに出てくれた母は少し寂しげな顔をしていたが、何も言わず強く抱き締めてくれた。母は震えていた。1年もして休暇が少し長く取れるようになったら帰れるんだから大袈裟だな、と思っていた。何も泣くことはないだろうと。私は自分が勇者となり、故郷に錦を飾ることを信じてならなかったのだ。
今、私は凱旋するどころかこの国から逃れようとしている。私は勇者にはなれなかったのだ。それどころか、育ててくれた人を置き去りに、親しい友も優しい上司もみんな見殺しにする非情な人間だ。急に目頭が熱くなり喉が引きずられる。目を抑えても涙が止まることはない。王都を遠く離れるまで私はずっと背中を丸めていた。




