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98 今の話
カフェの中。
外はもう、ほとんど夜になっている。
ガラスに映る街灯と、ぼんやりした人影。
さっきより少しだけ空気が柔らいでいる。
カップに残ったコーヒーは、もうぬるい。
「今なにしてるの?」
凛が、ゆっくりと聞く。
前よりも少し落ち着いた声。
「普通に働いてる」
短く答える。
大したことは言っていないのに、
どこか照れくさい。
「そっか」
小さく頷く。
その頷きが、やけに優しい。
「凛は?」
少しだけ間を置いて、聞き返す。
「私も普通」
少し笑う。
“普通”が、また並ぶ。
あの頃みたいに、
何かを隠すための言葉じゃなくて、
ただ今を説明するための言葉。
(……)
沈黙が落ちる。
でも、
さっきまでの重さはない。
言葉がなくても、
ちゃんと繋がっている感じがする。
窓の外を、車のライトが流れていく。
その光が、一瞬だけ凛の横顔を照らす。
少し大人びた表情。
でも、
ふとした瞬間に見せる柔らかさは、
あの頃と変わらない。
「普通ってさ」
凛が、ぽつりと言う。
「悪くないね」
少しだけ笑う。
「……ああ」
頷く。
今なら、素直にそう思える。
“普通”が並ぶ会話。
それだけなのに、
なぜか少しだけ、
温かい。
カップに残ったぬるいコーヒーみたいに、
派手じゃないけど、
ちゃんと残る温度だった。




