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94 当たり前の欠損
帰り道。
夜に近づいた空が、ゆっくり色を落としていく。
街灯が一つずつ灯り始めて、
昼とは違う静けさが広がる。
一人で歩く。
足音だけが、一定の間隔で続く。
ふと、
何のきっかけもなく、思う。
(あのとき――)
視界が、少しだけ遠くなる。
手をつないだ感触。
指と指が重なって、
少しだけぎこちなくて、
でも、離れなかった温度。
花火。
夜空に広がる光。
隣で見上げていた横顔。
音が遅れて届くたびに、笑っていた。
雨。
傘の下。
狭くて、肩が触れて、
どうでもいいことで言い合って。
全部、覚えてる。
細かいところまで、ちゃんと。
忘れていない。
忘れたわけじゃない。
でも――
足を止める。
横を見る。
当然みたいに、
そこには誰もいない。
風が通るだけの空間。
何もない。
(……)
また前を見る。
歩き出す。
記憶はあるのに、
現実にはない。
そのズレが、
今ではもう違和感にならない。
ただの事実として、
そこにある。
隣には、いない。
それだけ。
それだけのことが、
今の当たり前になっていた。




