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88 帰り道
夕方。
空は少しだけオレンジに染まって、
昼と夜の境目みたいな色をしている。
一人で歩く。
足音が、一定のリズムで続く。
昔と同じ道。
角を曲がるタイミングも、
信号の待ち方も、
体が覚えている。
見慣れた景色。
並ぶ家。
電柱。
少し傾いたミラー。
あの頃と、ほとんど変わっていない。
変わったのは、時間だけ。
歩きながら、ふと横を見る。
――何もない。
当たり前の空間。
誰かがいたはずの場所。
でも、今はただの“空き”。
(……)
特に何も思わない。
思わない、はずなのに、
ほんの少しだけ、
胸の奥が静かに沈む。
すぐに、元に戻る。
前を見る。
また歩く。
同じ道を、同じように。
隣に誰もいないこと。
それはもう、
違和感じゃない。
寂しさでもない。
ただの事実。
ただの風景の一部。
信号が青に変わる。
足を踏み出す。
夕方の空気の中に、
一人分の影が伸びる。
それだけで、
ちゃんと成立している。
これが今の、
当たり前。
隣に誰もいないこと。
それが、
もう普通だった。




