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87 当たり前の更新

 

 夕方。


 仕事帰り。

 少しだけ疲れた体のまま、いつものコンビニに入る。


 自動ドアが開く音。

 冷房の効いた空気。

 同じ匂い。


 店内は明るくて、

 外の薄暗さとは切り離されているみたいだった。


 カゴは取らない。


 いつも通り、必要なものだけ。


 棚の前で立ち止まる。


 手が伸びる。


 迷いなく、同じ商品を手に取る。


 ――その瞬間。


 ふと、止まる。


(これ、前も――)


 一瞬だけ、何かが引っかかる。


 同じ場所。

 同じ手の動き。

 同じ感覚。


 誰かと一緒にいた気がする。


 横で笑って、

「それ好きだよね」って言われたような、


 そんな曖昧な記憶。


 でも――


 次の瞬間には、ぼやける。


 輪郭が消える。


 思い出そうとする前に、


「いらっしゃいませー」


 レジの声が響く。


 別の客の動き。

 商品のバーコードを通す音。

 袋の擦れる音。


 現実の音が、全部を上書きする。


(……まあいいか)


 小さく思う。


 気のせいみたいに。


 もう一度、商品を見る。


 ただの、よく買うもの。


 それ以上でも、それ以下でもない。


 カゴに入れる。


 そのままレジへ向かう。


「お願いします」


 機械的なやり取り。


 会計を済ませる。


 袋を受け取る。


 外に出る。


 ドアが閉まる音。


 また、日常に戻る。


 さっきの違和感は、


 もうほとんど残っていない。


 思い出しかけた何かも、


 形になる前に消えていった。


 当たり前は、


 少しずつ更新されていく。


 気づかないうちに、


 自然に、


 上書きされていく。


 そして、


 思い出す前に、


 忘れていく。

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