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86 数年後

 

 朝。


 目覚ましの音が、部屋の静けさを切り裂く。

 同じ時間、同じ音。


 手を伸ばして、止める。


 一瞬だけ、また寝ようかと思う。

 でも、そのまま起き上がる。


 カーテンを開ける。


 光が差し込む。

 少し眩しい、見慣れた朝の色。


 顔を洗う。

 歯を磨く。

 制服じゃない服に袖を通す。


 鏡の前に立つ。


 少し大人になった自分が映る。

 表情は、特に変わらない。


 キッチンで簡単に朝食をとる。

 テレビはつけない。


 静かなまま、時間だけが進む。


 スマホを見る。


 通知がいくつか。


 必要なものだけ確認して、画面を閉じる。


 外に出る。


 朝の空気は、少しだけ冷たい。

 通りには人がいて、

 車が走って、

 日常がちゃんと動いている。


 歩き出す。


 いつも通りの道。


 信号で止まって、

 青になったら渡る。


 全部、普通だ。


 何も変わっていない。


 ちゃんと生活していて、

 ちゃんと時間が進んでいる。


 笑うこともあるし、

 困ることもある。


 普通に生きている。


 でも――


 ふとした瞬間。


 横を歩く誰かの気配に、

 無意識に目を向ける。


 隣に、誰かいる気がして。


 でも、いない。


 当たり前なのに、


 ほんの一瞬だけ、違和感が残る。


(……)


 すぐに前を見る。


 歩き続ける。


 全部、普通。


 ちゃんと前に進んでる。


 ただ一つだけ。


 どうしても、


 埋まらないままのものがある。


 “あいつがいない”。


 それだけが、


 今の“普通”の中に、


 静かに残り続けていた。

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