82 名前
夜の帰り道。
街灯の光が途切れ途切れに続いていて、
そのたびに明るさと暗さが入れ替わる。
足元だけが照らされて、
その先は少し見えにくい。
並んで歩く。
会話はない。
でも、あの“好き”という言葉が、
まだどこかに残っている。
消えきらないまま、空気に混ざっている。
「これさ」
凛がぽつりと言う。
前を見たまま。
「うん」
短く返す。
「なんて呼ぶんだろうね」
その言葉に、
足音が少しだけ遅れる。
(名前)
頭の中で、その言葉だけが浮かぶ。
「……」
何も言えない。
すぐに答えられるものじゃないって分かる。
「恋でもないし」
凛が続ける。
少しだけ苦笑するみたいに。
「……」
否定できない。
あの頃の、まっすぐな感情とは違う。
「たぶん、愛でもない」
静かに言う。
断言じゃない。
でも、ほぼそうだと分かっている言い方。
「……」
言葉が出ない。
否定もできないし、
肯定もできない。
どっちでもない何か。
それが、一番説明できない。
風が吹く。
冷たい。
二人の間を通り抜けて、
その“曖昧さ”をそのまま運んでいくみたいに。
街灯の下に入る。
一瞬だけ、互いの表情がはっきり見える。
凛は少しだけ目を細めている。
悲しそうにも見えるし、
どこか納得しているようにも見える。
でも、すぐにまた暗がりに入る。
表情が見えなくなる。
「……」
何か名前をつけられたら、
少しは楽になるのかもしれない。
定義できれば、
整理できるのかもしれない。
でも――
どんな言葉も、しっくりこない。
どれも違う気がする。
足音だけが続く。
一定のリズム。
でも、その中身は揃っていない。
「……」
答えは出ない。
出せないまま、
ただ時間だけが進んでいく。
名前のない関係が、
そのまま、
夜の中に溶けていった。




