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77/107

77 普通

 

 昼休み。


 教室はいつも通り騒がしくて、

 笑い声や机を動かす音が重なっている。


 窓の外はよく晴れているのに、

 その明るさが少しだけ遠く感じる。


 向かい合って座る。


 距離は近い。


 手を伸ばせば届く。


 でも――


 その距離を使うことはない。


「最近どう?」


 何気ない声。


 探るようでもなく、

 ただの世間話みたいに聞く。


「普通」


 凛はすぐに答える。


 迷いもなく、短く。


 それ以上、続ける気のない言い方。


「そっか」


 それで会話が終わる。


 自然に。


 あまりにも簡単に。


「……」


 沈黙が落ちる。


 周りはにぎやかなのに、


 ここだけ少し静かになる。


 “普通”。


 便利な言葉。


 何も問題がないように見えるし、


 それ以上聞かれなくて済む。


 踏み込まれないための、


 ちょうどいい壁。


 でも――


 何も伝わらない。


 本当はどうなのか。


 何を思っているのか。


 全部、分からないまま。


 凛はパンを一口かじる。


 視線は手元。


 こっちを見ることはない。


「……」


 何か聞こうとする。


 でも、“普通”って言われた後だと、


 それ以上踏み込む理由がなくなる。


 踏み込めなくなる。


 それが分かってて、


 その言葉を使っている気もする。


(……ずるいな)


 心の中で思う。


 でも、それを言う資格もない。


 自分だって、


 同じように逃げているから。


「ユウタは?」


 ふいに聞き返される。


 少しだけ遅れて。


「……普通」


 同じ言葉を返す。


 それが一番楽で、


 一番安全だから。


 凛が小さく頷く。


「そっか」


 同じ返し。


 同じ終わり方。


 会話は成立している。


 ちゃんと続いている。


 なのに――


 何も進んでいない。


 むしろ、


 少しずつ離れていく。


 “普通”であることが、


 こんなにも遠く感じるなんて、


 前は思わなかった。


 教室のざわめきの中で、


 二人だけが、


 うまく会話できていないみたいだった。

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