77 普通
昼休み。
教室はいつも通り騒がしくて、
笑い声や机を動かす音が重なっている。
窓の外はよく晴れているのに、
その明るさが少しだけ遠く感じる。
向かい合って座る。
距離は近い。
手を伸ばせば届く。
でも――
その距離を使うことはない。
「最近どう?」
何気ない声。
探るようでもなく、
ただの世間話みたいに聞く。
「普通」
凛はすぐに答える。
迷いもなく、短く。
それ以上、続ける気のない言い方。
「そっか」
それで会話が終わる。
自然に。
あまりにも簡単に。
「……」
沈黙が落ちる。
周りはにぎやかなのに、
ここだけ少し静かになる。
“普通”。
便利な言葉。
何も問題がないように見えるし、
それ以上聞かれなくて済む。
踏み込まれないための、
ちょうどいい壁。
でも――
何も伝わらない。
本当はどうなのか。
何を思っているのか。
全部、分からないまま。
凛はパンを一口かじる。
視線は手元。
こっちを見ることはない。
「……」
何か聞こうとする。
でも、“普通”って言われた後だと、
それ以上踏み込む理由がなくなる。
踏み込めなくなる。
それが分かってて、
その言葉を使っている気もする。
(……ずるいな)
心の中で思う。
でも、それを言う資格もない。
自分だって、
同じように逃げているから。
「ユウタは?」
ふいに聞き返される。
少しだけ遅れて。
「……普通」
同じ言葉を返す。
それが一番楽で、
一番安全だから。
凛が小さく頷く。
「そっか」
同じ返し。
同じ終わり方。
会話は成立している。
ちゃんと続いている。
なのに――
何も進んでいない。
むしろ、
少しずつ離れていく。
“普通”であることが、
こんなにも遠く感じるなんて、
前は思わなかった。
教室のざわめきの中で、
二人だけが、
うまく会話できていないみたいだった。




