70 逃げ
昼休み。
教室はざわざわしていて、
あちこちで笑い声や椅子の音が混ざっている。
その中で、二人の間だけ少し静かだった。
窓際の席。
外は晴れているのに、空気はどこか重い。
「今度の休みさ」
何気ないふりをして、声をかける。
「うん」
凛はパンの袋を開けながら、軽く返す。
「どっか行く?」
少しだけ間を置いて、言う。
前なら、もっと自然に言えたはずの言葉。
「……ごめん、その日無理」
すぐじゃない。
ほんの一拍遅れてからの返事。
「最近多くない?」
思ったままが出る。
抑えられなかった。
「……そう?」
凛は目を上げずに言う。
視線はずっと手元のまま。
「避けてる?」
一歩踏み込む。
聞かないほうがいいって、どこかで分かっているのに。
「避けてない」
即答。
迷いはない。
言葉だけなら、はっきりしてる。
でも――
そのあと。
一瞬だけ。
視線が揺れる。
そして、逸らす。
窓の外へ。
何かから逃げるみたいに。
「……」
その沈黙が、答えみたいに感じる。
教室のざわめきが急に遠くなる。
周りは変わってないのに、
ここだけ切り取られたみたいに静かになる。
「ほんとに?」
重ねて聞きそうになる。
でも――
やめる。
これ以上踏み込んだら、
何かが決定的に壊れそうで。
「……」
凛は何も言わない。
ただ、パンを一口かじる。
味なんて分かってなさそうな顔で。
「……そっか」
結局、それしか言えない。
軽く流すみたいに。
何もなかったことにするみたいに。
凛は小さく頷く。
「うん」
それだけ。
会話は終わる。
あっさりと。
でも、
その“終わり方”が、
やけに引っかかる。
逃げてる。
はっきりとは言わないけど、
確実に距離を取っている。
それが分かってしまう。
でも――
追えない。
追ったら、
本当に離れていく気がして。
だから、
何も言えないまま、
時間だけが過ぎていった。




