68 優しさのズレ
放課後。
教室には人がまばらで、
窓から差し込む光も、少しだけ傾いている。
静かな時間。
机の上には、まだ片付けていないノート。
帰るには、ちょうどいいタイミング。
「最近さ」
思い切って口を開く。
「なに」
凛はカバンに手をかけたまま、振り向く。
その表情は、やっぱり普通。
「無理してない?」
できるだけ、柔らかく言う。
責めるようにならないように。
ただの確認みたいに。
「してないって」
即答。
いつもと同じ。
迷いもなく。
でも――
「でも――」
言葉が勝手に続く。
止められない。
ここで止めたら、何も変わらない気がして。
その瞬間。
「大丈夫って言ってるじゃん」
少し強い声。
ぴたりと空気が止まる。
ほんの一瞬。
でも、はっきり分かる。
今までと違うトーン。
「……」
言葉が出ない。
凛も、一瞬だけ目を逸らす。
自分でも強く言ったって分かってるみたいに。
でも、何も言い直さない。
ただ、静かになる。
教室の外から、部活の声が少しだけ聞こえる。
遠くの音だけが、やけに響く。
「……悪い」
先に言う。
反射みたいに。
踏み込みすぎたのは、こっちだと思って。
凛は小さく首を振る。
でも、何も言わない。
そのままカバンを持つ。
「帰ろ」
いつもの一言。
でも、その声は少しだけ硬い。
「ああ」
立ち上がる。
距離は、変わらない。
並んで歩く。
でも――
さっきまでと同じはずの距離が、
少しだけ遠く感じる。
優しさで聞いたつもりだった。
心配だっただけのはずだった。
でも、
その優しさが、
ぶつかった。
噛み合わないまま。
言葉にしなかった分だけ、
余計に残る。
触れようとした手が、
少しだけ、空振りしたみたいだった。




