64 笑顔の裏
昼休み。
教室はいつも通りの騒がしさで、
誰かの笑い声があちこちに弾けている。
窓から入る風が、プリントを揺らして、
カーテンがゆっくりと膨らむ。
その中で――
凛も、普通にいる。
「それ絶対ウソでしょ」
「いやマジだって」
軽く笑って、ツッコミを入れて、
周りと同じように会話に混ざっている。
声も、表情も、仕草も。
全部、いつも通り。
(……普通だな)
思う。
昨日までの違和感が、
気のせいだったみたいに。
凛はジュースを飲んで、
ストローをくわえたまま少しだけ目を細める。
それもいつもの癖。
変わらない。
何もおかしくない。
でも――
そのとき。
ふとした瞬間。
誰も見ていない方向を向いたとき。
笑顔が、消えた。
一瞬だけ。
本当に、一瞬。
表情が、空っぽになる。
感情が抜け落ちたみたいに。
「……」
(……今の)
思わず目で追う。
でも次の瞬間には、
「ねえ聞いてよ」
またいつも通りの声。
いつも通りの笑顔。
何事もなかったみたいに戻っている。
周りは誰も気づいていない。
会話はそのまま続いている。
笑い声も止まらない。
教室は、何も変わらない。
「どうしたの」
凛がこっちを見る。
「……いや、なんでもない」
反射的にそう答える。
言えるわけがない。
今の一瞬を。
あれが何なのか、自分でも分からないのに。
凛は少しだけ首をかしげて、
それから、また笑う。
完璧な、いつもの笑顔。
「変なの」
軽く言う。
そのまま会話に戻っていく。
(……気のせいか?)
そう思おうとする。
一瞬だった。
見間違いかもしれない。
でも――
あの“何もない顔”だけが、
頭から離れない。
教室のざわめきの中で、
一人だけ、
違うものを見てしまった気がした。




