62 触れない優しさ
帰り道。
空はまだ明るいのに、どこか色が薄い。
風も強くなくて、音の少ない夕方だった。
並んで歩く。
距離は、変わらない。
肩が触れそうで、触れないあの位置。
でも――
前より、少し遠い気がする。
「最近さ」
何気なく言う。
「なに」
凛は前を見たまま返す。
その声は、やっぱり普通。
「ちょっと元気ないよな」
少しだけ踏み込む。
でも、言い方は軽く。
重くならないように。
凛は一瞬だけ瞬きをして、
それから、こっちを見る。
「そう?」
「うん」
短く答える。
言葉を足すと、壊れそうな気がした。
凛は少しだけ考えるように視線を外して、
それから、笑う。
「気のせいだよ」
やわらかい声。
いつもと同じ調子。
でも――
それ以上、何も続かない。
「……」
言葉が止まる。
“ほんとに?”って聞けばいい。
“無理してるだろ”って言えばいい。
でも――
言えない。
言わない。
その一歩を踏み込んだら、
何かが変わる気がするから。
今のこの距離が、
壊れる気がするから。
凛はまた前を向く。
何事もなかったみたいに歩く。
歩幅も、タイミングも、ちゃんと合っている。
いつも通り。
本当に、いつも通り。
なのに――
その“いつも通り”が、
逆に遠く感じる。
風が少しだけ吹く。
凛の髪が揺れて、
その隙間から見える横顔が、
少しだけ、届かない場所にあるみたいだった。
(……これでいいのか)
思う。
踏み込まないこと。
聞かないこと。
触れないこと。
それが、優しさだと思っている。
でも同時に――
それは距離でもある。
二人の間にある、
見えない一歩分の距離。
その距離を、
誰も縮めようとしないまま、
静かに並んで歩いていた。




