61 大丈夫の回数
放課後。
教室にはもう人が少なくて、
窓の外の光も、昼より少しやわらいでいる。
残っているのは、数人の雑談と、
机を片付ける音だけ。
その中で、いつも通り隣にいる。
「ねえ」
「なに」
凛が軽くこちらを見る。
その動きも、声も、普通。
でも――
(……まただ)
ほんの少しだけ、引っかかる。
「大丈夫?」
自然に出た言葉。
考える前に、もう聞いている。
「大丈夫」
すぐに返ってくる。
間もない。
迷いもない。
「ほんとか?」
「ほんと」
少しだけ、強く言う。
笑っている。
ちゃんと、いつも通りに。
でも、その笑顔が、
どこか“作られてる”感じがする。
「無理してない?」
もう一回聞く。
自分でも、しつこいと思うくらいに。
凛は一瞬だけ目を細めて、
それから、少しだけ笑う。
「してない」
同じ答え。
同じ調子。
同じ言葉。
風が吹く。
カーテンがふわりと揺れて、
夕方の光が少しだけ揺らぐ。
その中で、
凛の表情が、ほんの一瞬だけ止まった気がした。
でも次の瞬間には、
また普通に戻っている。
「心配しすぎだって」
軽く言う。
「……別に」
視線をそらす。
床を見る。
何もないはずなのに、そこに逃げるみたいに。
(……なんだよこれ)
違和感。
はっきりしない。
でも消えない。
“病院”
“来年の話”
“ちょっとだるい”
全部が繋がってる気がするのに、
決定的な何かがない。
凛はカバンを持つ。
「帰ろ」
いつも通りに言う。
その背中は、やっぱり普通で。
変わってないはずなのに。
「……ああ」
立ち上がる。
距離も、会話も、
何も崩れてない。
それなのに――
「大丈夫」
その言葉だけが、
やけに多くなっている気がした。
そしてそれが、
逆に、
大丈夫じゃないことを示しているみたいで。
胸の奥に、
小さく、重く残った。




