44 手の距離
帰り道。
空はもう夕焼けを過ぎて、やわらかい夜の色に変わり始めている。
街灯の光が、一定の間隔で道を照らしていた。
人通りは少なくて、静か。
二人の足音だけが、ゆっくり響く。
並んで歩く距離は、いつも通り。
近い。
触れそうで、触れない距離。
風が吹く。
少し冷たい空気。
そのとき――
一瞬、手が触れる。
ほんの、かすかな接触。
「……」
「……」
どちらも何も言わない。
反射的に離すこともできた。
でも――
離れない。
指先が、軽く触れたまま。
意識する。
さっきまでなかった感覚。
ほんの少しの温度。
心臓の音が、急に近くなる。
でも、つながない。
握ることも、
絡めることもなくて。
ただ、触れているだけ。
曖昧なまま。
凛も何も言わない。
前を向いたまま。
でも、その歩幅は変わらない。
むしろ少しだけ、合わせてきている気がする。
街灯の下を通るたび、
二人の影が交差する。
手の位置だけが、少しだけ重なって見える。
その光景が、
やけにくっきり残る。
(……これでいいのかもな)
ふと思う。
はっきりしすぎない関係。
でも、遠くもない。
言葉にしないまま、
少しずつ近づいていく距離。
触れているのに、繋がっていない。
その曖昧さが――
不思議と心地いい。
風がまた吹く。
今度は少し強く。
でも、手は離れない。
離そうと思えば、いつでも離せる距離。
なのに、離さない。
その選択を、
お互いにしている。
何も言わないまま、
ただ歩き続ける。
その静かな時間が、
やけに大事に感じた。




