04 自覚症状
次の日。
朝の教室は、まだ静かだった。
窓から差し込む光はやわらかくて、机の上に長い影を落としている。
黒板には昨日の消し残しがうっすら残っていて、チョークの粉が白く光っていた。
誰もいない時間特有の、少しだけ澄んだ空気。
俺は自分の席に座って、なんとなく窓の外を見ていた。
校庭では、早く来たやつがボールを蹴っている。
(……今日も普通だな)
そう思ったとき。
「おはよう」
後ろから、声。
振り返るまでもない。
「……おはよう」
自然に、言葉が出た。
――出てしまった。
(普通に挨拶してしまった)
一瞬だけ、自分で自分に引っかかる。
凛はそんな俺を見て、すぐに口元をゆるめた。
「今の反応、だいぶ進行してるね」
「なにがだよ」
「私に慣れてきてる」
カバンを机に置きながら、当たり前みたいに言う。
「それは人として当然だろ」
「違うよ」
「なにが違う」
凛は少しだけ首を傾ける。
朝の光が、髪の隙間から差し込んで、輪郭を淡く照らしていた。
「特定の人にだけ慣れるのは、もう症状」
「理屈が雑すぎる」
「でもさ」
その言い方が、少しだけ変わる。
軽い調子が、ほんの少しだけ薄れて――
凛は、こっちをまっすぐ見た。
教室にはまだ人が少なくて、
遠くで椅子を引く音が、やけに響く。
「その方が、楽しいでしょ?」
一瞬、言葉が止まる。
窓の外では、朝の風が木の葉を揺らしている。
カーテンがゆるく膨らんで、また元に戻る。
胸の奥に、引っかかるもの。
昨日の帰り道。
夕焼けの色。
横で笑っていた顔。
全部が、ぼんやりと重なる。
「……」
否定しようと思えば、できたはずだ。
適当にごまかして、いつも通り流せばよかった。
でも――
できなかった。
「……まあ」
小さく息をつく。
「否定はしない」
凛の表情が、少しだけ明るくなる。
「ほらね」
勝ち誇ったみたいに笑う。
(……なんだよそれ)
納得いかないはずなのに、
その空気が嫌じゃない自分がいる。
教室の扉が開いて、クラスメイトが何人か入ってくる。
ざわざわと、いつもの朝が始まり出す。
その中で――
俺の中だけ、ほんの少しだけ変わった気がした。
名前のつかない、小さな違和感。
あるいは――
もう始まっている何か。




