35 修復未遂
翌日。
朝の教室。
いつもと同じはずの景色なのに、どこかだけ空気が違う。
ざわめきも、笑い声も、全部そのままなのに――
一歩だけ、距離がある気がする。
凛が席にいる。
いつも通りの表情。
いつも通りの雰囲気。
でも、ほんの少しだけ。
近づきにくい。
「おはよう」
先に声をかけてくる。
その声も、普通。
「……おはよう」
返す。
それだけで、会話が止まる。
何か言おうとして、言葉が出てこない。
いつもなら、自然に続くのに。
間ができる。
ほんの数秒なのに、やけに長く感じる。
「ねえ」
凛が口を開く。
少しだけ、真面目な声。
「なに」
視線を合わせる。
逃げないように。
「昨日のこと」
その一言で、胸の奥が少しだけ重くなる。
考えるより先に、言葉が出る。
「……悪かった」
先に言う。
短く。
余計な言い訳も、誤魔化しもなしで。
凛が、少しだけ目を見開く。
予想してなかったみたいに。
「……いいよ」
やわらかく返す。
でも、それで終わらせるのが逆に怖くなる。
「よくねえだろ」
少しだけ強く言う。
自分でも驚くくらい、真っ直ぐな声。
凛が、ほんの一瞬だけ黙る。
それから――
「でも」
少しだけ笑う。
いつもの軽い笑いじゃない。
少しだけ、照れたみたいな笑い。
「ちょっと嬉しかった」
「は?」
思わず間の抜けた声が出る。
「嫉妬してくれて」
その言葉。
さらっと言うのに、妙に真っ直ぐで。
何も返せない。
「……」
言葉が詰まる。
否定しようとしても、できない。
もう認めてるから。
凛が少しだけこっちを見る。
目が合う。
逃げられない距離。
でも――
さっきまであった“微妙な距離”は、少しだけ薄れている。
「昨日さ」
凛が小さく続ける。
「ちょっとびっくりしたけど」
「……ああ」
「でも、ちゃんと理由分かったから」
その言い方が、少しだけ優しい。
責める感じじゃない。
受け止めてる感じ。
教室のざわめきが戻ってくる。
誰かの笑い声が、少しだけ近くで聞こえる。
でも――
この場所だけ、少しだけ静かに感じる。
「だから」
「……なに」
「もう大丈夫」
凛が軽く言う。
その言葉に、少しだけ肩の力が抜ける。
(……よかった)
小さく息を吐く。
凛が、いつもの距離まで少しだけ近づく。
ほんの一歩。
それだけで、空気が戻る。
完全じゃないけど。
でも、確かに――
さっきより近い。
その距離が、やけに安心できた。




