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03 軽症患者

 

 放課後。


 チャイムが鳴ってしばらくすると、教室の空気は一気にほどける。

 椅子の音、笑い声、部活の話。昼とは違う、少しだけ解放されたざわめき。


 オレンジ色に染まり始めた窓の外を横目に、俺はカバンを肩にかけた。


 廊下に出ると、夕方特有のにおいがする。

 少し冷えた空気と、どこか湿ったコンクリートの匂い。


 昇降口で靴を履き替えて、外へ出た瞬間――


「ねえ」


 横から声。


 振り向かなくても分かる。


「なんでついてくんの」


「同じ方向」


「嘘つけ遠回りだろ」


「ばれた?」


「ばれてる」


 凛は、まるで最初からそういう予定だったみたいに、自然に隣を歩いている。


「じゃあいいじゃん」


「よくねえよ」


 校門を出ると、帰宅する生徒の流れがゆるやかに広がる。

 部活に向かうやつらの掛け声が、遠くから聞こえてくる。


 空はすっかり夕焼けで、雲の端が赤く染まっていた。


(……まあ)


 追い返すほどでもない。


 そんな微妙な距離感のまま、並んで歩く。


 アスファルトを踏む音が、やけに揃う。


「ねえユウタ」


「なに」


 凛は前を向いたまま、ぽつりと言った。


「恋って、“下心”だと思うの」


「急だな」


「自分のために欲しいって気持ち」


 少しだけ風が吹く。

 凛の髪が揺れて、夕日の色をかすかに拾う。


「……まあ、分からなくもない」


「でしょ?」


 どこか満足げな声。


「じゃあ愛は?」


 そう聞くと、凛は少しだけ黙った。


 歩くペースが、ほんの少しだけゆっくりになる。


 信号の手前で止まる。

 赤い光が、二人の影を長く伸ばしていた。


 凛は空を見上げる。


 沈みかけた太陽。

 その光が、横顔の輪郭をやわらかく縁取る。


「真心」


「軽っ」


「大事なことほどシンプルなの」


「それっぽいこと言うな」


 信号が青に変わる。


 人の流れに混ざって、また歩き出す。


「で、ユウタはどっち?」


「なにが」


「今の私に対して」


 一瞬、言葉に詰まる。


 足音だけが、やけに大きく聞こえる。


「……どっちでもねえよ」


 少しだけ視線を逸らして答える。


「ほんと?」


(じーっ)


 横から突き刺さる視線。


「見るなって!」


 思わず声が強くなる。


 凛は、ふっと笑った。


 その笑いは、昼のときよりも少し柔らかくて、

 夕焼けの中に溶けるみたいに、静かだった。


(……なんなんだこいつ)


 意味の分からないことばかり言って、

 距離も遠慮もなくて、勝手に入り込んでくる。


 なのに――


 その笑いが、少しだけ


 嫌じゃなかった。


 帰り道の分かれ道が、ゆっくりと近づいてくる。


 空はもう、赤から紫に変わり始めていた。

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