29 距離の違い
放課後。
チャイムが鳴り終わって、教室は一気にざわつき始める。
椅子の音、鞄を閉める音、誰かの笑い声。
夕日が窓から差し込んで、机の上に長い影を作っていた。
いつもの時間。
いつもの流れ。
――のはずだった。
「相沢さん、一緒に帰らない?」
神代の声。
あまりにも自然で、迷いがない。
(……は?)
思わずそっちを見る。
神代はいつも通りの表情で、軽く誘っているだけみたいに見える。
でも、その一言で。
空気が、ほんの少しだけ変わる。
凛が、少しだけ考える。
ほんの一瞬。
視線がわずかに揺れる。
その間が、やけに長く感じた。
(おい)
胸の奥が、じわっとざわつく。
「……今日はいいかな」
凛の答え。
落ち着いた声。
でも、どこか柔らかい。
「そっか、また今度」
神代はすぐに引く。
引き際も、軽い。
無理に食い下がらない。
それが逆に、“余裕”に見える。
(……なんなんだよ)
少しだけ、落ち着かないまま教室を出る。
廊下は帰る生徒で混んでいて、ざわざわしている。
その中を抜けて、外へ出る。
夕方の空気が、少し冷たい。
校門を出て、少し歩いたところで。
凛が、隣に来る。
「待った?」
「……別に」
ぶっきらぼうに返す。
でも、さっきの感じがまだ残っている。
「顔に出てる」
「出てねえ」
「嬉しかった?」
足が、一瞬だけ止まりそうになる。
「……まあな」
結局、そう答えていた。
隠しきれない。
さっきの“選ばれた側”の感じ。
それが、少しだけ――
いや、普通に嬉しかった。
凛が、くすっと小さく笑う。
「でしょ?」
夕日が沈みかけて、空が少しずつ色を変えていく。
その光の中で、凛の横顔がやわらかく見えた。
「ユウタってさ」
「なに」
「分かりやすいよね」
「うるせえ」
少しだけ肩をぶつける。
凛が軽くよろけて、また笑う。
その距離。
その空気。
神代の“軽さ”とは違う、いつもの感覚。
(……これか)
言葉にしなくても分かるもの。
一緒にいる時間でできた、見えない距離感。
それが――
ちゃんとここにある。
夜に変わり始めた空の下で、
二人の足音だけが、静かに続いていた。




