01 初対面で哲学
四月。
まだ少しだけ冷たい風が、校舎の窓をかすめていた。
新学期初日の教室は、どこか居心地が悪い。
机と椅子は整然と並んでいるのに、空気だけがバラバラだ。
小さな声で自己紹介をするやつ。
スマホをいじるふりをして周囲を探るやつ。
すでにグループを作りかけているやつ。
――全員が、距離を測っている。
そんな中で。
俺――ユウタは、窓際の席に体を預けていた。
頬杖をつきながら、ぼんやりと校庭を見る。
風に揺れる桜の花びらが、ゆっくりと落ちていく。
(……まあ、どうでもいいけどな)
新しいクラスとか、人間関係とか。
正直、面倒くさい。
適当にやり過ごして、適当に終わればいい。
そう思っていた、そのとき。
「ねえ」
不意に、すぐ横から声がした。
近い。思っていたよりもずっと近い距離。
「……なに」
ゆっくり顔を向ける。
そこにいたのは、見覚えのない女子だった。
黒髪は肩のあたりで揃えられていて、光を柔らかく反射している。
制服はきっちり着ているのに、どこか“型にはまっていない”感じ。
そして――目。
妙に真っ直ぐで、逃げ場がない。
まるで、こっちを“観察”しているみたいに。
「恋って、病気だと思わない?」
「……は?」
一瞬、言葉の意味が頭に入ってこなかった。
初対面だぞ?
「潜伏期間があって、ある日突然発症するの」
彼女は、まるで当たり前のことを説明するみたいに言う。
「いや、知らんけど」
「熱が出て、頭がぼーっとして」
「インフルかよ」
「似てるよ」
真顔だった。
冗談を言ってる感じが一切ない。
「でね」
女子は、一歩、距離を詰めてくる。
机と机の隙間が、やけに狭く感じた。
「今、発症してる?」
「してねえよ」
「ほんと?」
じーっと見られる。
視線が外れない。
というか、外そうとしない。
「……見るな」
「顔、ちょっと赤い」
「それは気のせいだ」
「ふーん」
全然信じてない声だった。
少しだけ首を傾げて、俺の表情を確認するみたいに覗き込んでくる。
距離が近い。普通に近い。
「名前は?」
「……ユウタ」
「私は相沢凛」
あっさりと名乗る。
その言い方も、どこか無駄がない。
「よろしく」
「どうも」
短い沈黙が落ちる。
教室のざわめきだけが、遠くで響いている。
普通なら、ここで終わる会話。
――のはずなのに。
「ねえ、ユウタ」
「なに」
「君、恋に弱そうだね」
「なんだその評価」
「免疫なさそう」
「だから風邪扱いすんな」
「じゃあ今後、観察するね」
「やめろ」
「拒否権は?」
「ある」
「却下」
「なんでだよ」
ぴくりとも表情を変えずに言い切る。
でも――
次の瞬間。
凛は、ほんの少しだけ笑った。
大げさでもなく、作った感じでもない。
ただ自然に、口元だけがゆるむような笑い方。
その一瞬だけ、彼女の“温度”が見えた気がした。
(……変なやつだな)
本気でそう思った。
でも同時に。
なぜか、少しだけ――気になった。
桜の花びらが、また一枚、窓の外を流れていく。
ゆっくりと、静かに。
気づかないうちに何かが始まるみたいに。
――そのときはまだ、知らなかった。
これが。
俺の“潜伏期間”の始まりだったことを。




