表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/6

3話。

「はぁぁ……疲れた」


パーゴラドームの床に、深い溜息を零しながら、天使は伏せるように寝転んだ。

その身体のあちこちには、包帯が巻かれている。


あの後、悪魔は手袋を嵌め、恐る恐る手当てを始めた。


だが、傷を見るたびに泣き出したのだ。


とくに、指先。


何も知らなかった悪魔が負わせてしまった傷。

赤く爛れたそれを目にした瞬間、悪魔は堪えきれず泣きじゃくった。


その様子に、最後まで残っていた警戒は、音もなくほどけていった。

悪魔は手当てを終えると、「ちょっと待ってて」と言い残し、どこかへ行ってしまった。


手当ての最中――宥めて、説明して、また宥めて。

天使は振り回された時間を思い出し、盛大に溜息を吐く。


ひとりになった、いつも通りの庭園。


心地よい風に身を委ねる。

揺れた芝生が頬をくすぐっても、気に留めないまま目を閉じた。




◇◇◇





「……寝ちゃった?」


様子を窺うような、小さな声。


天使は顔を動かさず、目だけを開ける。

視線が合った瞬間、悪魔は嬉しそうに頬を緩めた。


「起きてる」


「良かった。お茶、飲まない?」



悪魔が掲げたトレーには、白い陶器のティーポットとカップ。それから、丁寧に盛りつけられた、不格好な焼き菓子。


「飲む」


そう言う代わりに、天使はゆっくりと起き上がり、その場に脚を崩して座った。

嬉しそうな悪魔がティーポットを手に取り、カップに中身を注ぐ。辺りには、お茶の芳ばしい香りが広がった。



「これはね、人間から昔教えてもらったんだぁ」



カップを手に持ち、揺れる水面を見つめながら、悪魔はぽつりと呟く。

天使もそれに倣うようにカップを手に取った。


熱いお茶を冷まそうと、天使は水面に口を寄せて息を吹きかける。

その横で、悪魔は慣れた様子で綺麗に一口飲んだ。


「……そういえば、君の名前は? 天使ってどんな名前がつくの?」


思い出したように問いかける悪魔。

まだお茶が熱くて飲めず、少し苛立っていた天使は、ぶっきらぼうに答える。


「名前はある。リティシア」


名を聞いた途端、悪魔は目を輝かせた。


「リティシア……」


噛み締めるように何度か呟く。


「すっごく綺麗な名前……! 天使みたい!」


「天使だからね」


悪魔はぱっと顔を上げ、両手を組み合わせて羨望するように喜んだ。

悪魔なのに、天使に憧れる素振りを隠さない彼女に、天使は違和感を覚え、怪訝な表情を浮かべる。


「……お前の名前は?」


聞かれたから聞き返した。ただ、それだけだ。

興味があったわけではない。礼儀として返しただけ。


しかし悪魔は、一瞬目を見開いたかと思うと、すぐに伏せ、唇を固く結んだ。

顔には焦燥と絶望が浮かんでいる。聞いてはいけないことを問うてしまったと思わせるには、十分な反応だった。


「言いたくないなら、いい」


ーー聞いたくせに答えないなんて。


少しむっとしながら、ようやく冷めてきたお茶を口に含む。

悪魔は気まずそうにトレーの上のカップの取っ手を弄び、「ごめんね」と消え入りそうな声で呟いた。

天使の耳にも届いていたが、あえて反応はしなかった。


二人の間に、言葉にならないものだけが静かに横たわった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ