異世界転移して「試練を受けてこい」と言われた男に付き添いしたら
異世界からやってきた男と、現代日本で出会ったヒロイン。
冒頭のシーンだけを書きたくて、勢いで書いたものの、勢いが良すぎて想定の三倍の文字数になってしまいました。
名前無し、設定ゆるめですが、よろしければお楽しみください。
ガタガタと音が聞こえる。
先ほどまで勢いよく動いていたものが、ゆっくりと速度を落とし始めた。
隣の男は、声を震わせながら、私に聞いてくる。
「ね…ねえ、本当に、これ……必要なの⁉」
「必要……だと思ったから乗ってるんだけど。ん?、何も聞いてこなかったの?」
「え、聞いて…きた……けどぉおおおああああああああ!」
ガタガタと緩慢に動いていたそれは、重力に従って、落ちた。
「うぁああああ!!ぎゃあぁあああ!!」
男の声が隣の席から聞こえて、せっかくの景色も速度も楽しめない。
何で、私が、こいつと一緒に……。
ぷしゅー。
気の抜けた音を立てて、ようやく止まって、席を立てるというのに、隣ではまだ、口を半開きにして「あああ」と呟いている。
「……まったく……ほら、次の人の邪魔になるでしょ、降りるよ」
◆
「ほら、カード出して……ん。これで一つ済になったね。じゃあ、次に行こうか」
男が出したカードに、私が指を触れると、ぺかりと光って『済』の文字になった。
十個のうちの、ひとつだけ。
「……あ、あの、もう少し休ませて……」
「……今日中に、あと九個回るなら、座ってる暇無いんだけど。それとも、明日また出直すの?明日の分の入園料と乗り物券と、交通費と、あ、近くに泊まるならホテル代もね。それから私の付き添い代で、えっと……」
ひぃっと、声にならないくらいの悲鳴が聞こえてくるけど、そもそも、そっちが頼んできたことなんだから、それくらい覚悟の上なんじゃないの?
「ほら、せめて、半分くらいは今日終わらせようよ」
「うぅ……こんなに試練がきついなんて、知りませんでした……」
◆
この情けない声ばかりあげている男は、先日、とある人から紹介された「異世界から来た王子(仮)」なんだそう。
なんだそれ??と思うでしょ、うん、私も思ったもん。わかる。
ただ、その『とある人』は、身元の確かな人だし、私はお世話になっているので「ちょっとお願い聞いてくれるかな?」と頼まれたら断れなくてね……バイト扱いということで、お金ももらえるみたいだし。
異世界の人の案内って言われても、言葉も風習も分かんないよって言ったけど、それは、なんとか補正だかスキルだかいうことで、ついでに言うと見た目も、ちょっと日本人には見えないけど、外国の人かな?という感じなので、日本語堪能な海外からのお客さんという感じなんだよね。
そうそう、その王子(仮)と私が、何で、ここ遊園地にいるのかというと、どうやら、異世界の慣習で、王子として認めてもらうための試練を乗り越えてこいと、転移の魔法陣に乗せられたらしいのよね、この男。それを、こっちの世界で『とある人』が身元引受人になって、試練の手配をして、そして、私に連絡がきたという話。
「……お、お待たせしました。次に行きましょう!」
おや、回想にふけっていると、男が調子を取り戻した様子。
「よし。じゃあ、二本目行きますか。さっきのは定番のだけど、次のは一番人気だから、さくさく列に並びに行くよ。ほら、あれ!」
言いながら、この園内の一番目立つところに見える、宙返りジェットコースターを示すと、男は……腰を抜かしたらしく、動けなくなってしまった……。
え?これ、どうすんの?
さっき乗った、数十年前からある定番ジェットコースターで限界だったってこと?
えー……。
せっかく遊園地に来て、こんな調子の男を見つつ『とある人』の言葉を思い出す。
「この人さ、勇気とか根性とか全然無くってさ、王子(仮)としても困るからって、こっちに試練受けに来たんだよね。でもさ、おじさん、根性とか分かんないから、悪いけど、若い子が根性試せるようなところに連れて行ってくれる?うん、かかるお金はここから出していいから……ああ、あっちの王家から出てる試練用の費用なんだって。あ、そうそう、試練は、本人がしたくないことやできないことで、頑張ってできそうなこと十個クリアしたらいいみたい。はい、これ、このカードに付き添い人の判定があればいいから。うん、じゃ、よろしくね~」
……軽い。
そもそも、異世界とはいえ、一国の王子なんでしょ?あ、(仮)だと、こんな扱いなの?だってほら、警備とか、お世話係とか、普通いるんじゃないの?と、私もいろいろと思ったけど、とりあえず人のお金で遊園地で遊べたらいいかって連れてきて、今に至る訳で。
勇気と根性、ねぇ。
素性も怪しい王子さんだから、どこかに修行に行かせる訳もいかず、私もそんな伝手もなく。
若い子の根性試しなら、ここかな?と連れてきたけど……うーん。選択間違ったかな?
◆
「……ねえ」
「は、はい」
王子(仮)に話しかけるには不敬と思うけど、異世界の王家なんて知らないし、そもそも、死なない程度であれば何でもいいと言われているので、最初の顔合わせで、敬語はぽいっと投げ捨ててしまった。
「試練って、勇気とか根性を鍛えろって言われてたんだけどさ」
「はい……」
「それって、苦手なことなら、何でもいいの?」
「多分……でも、少なくとも、先ほどの乗り物ではクリアになりましたし、あれより怖くないものでも……その、もう少し手加減していただいても大丈夫……かと」
うーん。
試練の定義が曖昧なのよね。
「ねえ、王子さんさ、その……試練に失敗すると、どうなるの?」
「失敗、ですか?……大変申し上げにくいのですが、その……試練に成功しないと、元の世界に戻る魔法陣が起動しないので……ずっと、こちらに滞在することになるかと」
「え⁉帰ることができないってこと?」
「ええ、そう聞いています」
うわ。責任重っ!!
「あのさ、こんなこと聞いていいか分かんないんだけど」
「はい」
「あなたの国って、王子さんしか、後継ぎいない……わけじゃないよね?」
「……正当な後付ぎは私だけになります…………」
うっわぁ……。
「うーん。あのさ、勇気とか根性鍛えるの、他の方法も試してみる?」
「……できれば、乗り物以外でお願いしたいと思っていたところです……」
「…………悪かったわね」
「あ、いえ!その、私があまりに不甲斐なくて、その……すみません……」
はぁ、と溜息が出ちゃう。
「王子さんさ、仮にも王子なんでしょ?そんなにすぐ、謝っていいの?」
「すみません……あ!いえ、その……」
「……そういうところもさ、試練の対象になるのかもね。……ねえ、私が言ったことに対して、謝る以外に、他の言い回しないの?」
「他の……ですか。うーん……『其方の働きには感謝しているが、私には合わなかったようだ』というのはどうでしょうか?」
「おお、王子っぽい!よし、カード試してみる?……お!光った!!」
「おお!」
「良かったね、王子さん!」
「はい!ありがとうございます!」
これで試練は十個のうち二個がクリア。
まだまだ先は長いけど、とりあえず乗り物以外でも大丈夫みたいだし、いろいろ試してみるか。
◆
その後、園内のレストランで、自分で注文して、ぺかり。給仕されることなく自分で食べたことで、ぺかり。頼んだメニューの中に苦手な食べ物が入ってたけど頑張って食べて、ぺかり。
転んで泣いていたちびっ子を助け起こしてあげて、ぺかり。
そして、ぺかり、ぺかりと、気が付けば九個の試練を終えた王子さん。
「よし、これで、残り一つだね。最後だし、自分で選んでみる?」
「ありがとうございます。あと一つは……その、今言うのも変な話なんですけど」
「うん?何?」
「私、実は、女性と上手く話すことができない……女性が苦手なんです」
「は??え、ちょっと待って、王子さんって、あっちに婚約者とか、なんとか令嬢とかいないの?」
「ええ、その……婚約者は……、私の国では、王の妻となる女性は自分で見つけてくるという慣習がありまして。もちろん、国内外の年齢が釣り合う女性とは何度かお会いしたのですが、この人だというお相手を決めることが出来ず、そのうち、女性たちが、その……私の行く先々に現れたり、部屋に忍び込もうとしたり……」
「あー……なるほど。運命のお相手が見つからないなら、既成事実作っちゃえということかぁ……そりゃ、苦手にもなるねぇ」
「ええ。ですので、今日一日、ご一緒させていただいて、自分でも驚くほど楽しくて……。もしかして、女性が苦手ということを、克服できたのかも、と思いまして」
「なるほど?まあ、私みたいなのと、突然試練に行こうって言われて混乱しているだけかもしれないけど、とりあえず試してみよっか。……えっと、もし光ったら、そのまま、あっちに戻るのかな?」
「えっと……すみません、私にも、その辺りの仕組みはよく分からなくて」
「あ、また謝った……もう、あっちに戻ったら、ちゃんと王子様業頑張るんだよ」
「……はい。ありがとうございました」
そして、王子さんの手の中にあるカードに、そっと触れてみた。
◆
「いやあ、良かった良かった。無事に試練も終わったみたいだねぇ。おかえり!」
「た、ただいま戻りました」
「……ただいま」
結論から言うと、カードはぺかりと光った。
そう。試練は全てクリアしたんだ。
でも、その場で魔法陣は発動せず、そうこうしているうちに、閉園の時間になったので『とある人』のところに、二人で戻ってきたというわけで。
「あのさ、試練のカード、十個クリアしたのに、魔法陣が発動しなかったんだけど」
「あ、そりゃあそうだよ、僕のところに預かっているものもあるし、一度戻ってきてから、あっちに帰るようにしてあるんだよ」
……そういうことは、早く言ってくれ!と怒鳴りたい気持ちを抑え込み、改めて、王子さんに向き合う。
「そっか、じゃあ、あとはお任せするね。バイト代は、また後で受け取りに来るよ。王子さんも、試練お疲れ様。向こうでも元気でね」
そう言って帰ろうとする私に、王子が声をかけた。
「あ、あの!……あの、ですね……あの……」
あのあの言ってくる王子さんに、不審者を見るような目で振り返った私は悪くない。
「…………何?」
せっかく、お別れをあっさりと済ませようとしていたのに、なんで引き留めるかなぁ。
「あ、あの……。こんなことを聞くのは失礼だと分かっているんですけど、あの……」
「うん、別にいいから。何が聞きたいの?」
「あの……、今お付き合いされている方や、将来を約束されている方は、いらっしゃいますか?」
「は?」
ほんと、言葉が悪くてごめん。
でも、それしか出てこないんだもん、仕方がない。
「……いないけど」
「そうなんですか!」
なにその、今日一番の笑顔。
「あ、あの、あのですね。えっと、今日一日ご一緒させていただいて、そのですね……」
「質問は簡潔に!」
「あの!私の妻になって、一緒にあちらの国に帰っていただけませんか?」
「……は?」
いや、それしか出てこないでしょ。
突然なんなの??
「えっと……ごめんなさい、やっぱり無理ですよね。会ったばっかりだし、情けないところばかり見せてるし、知らない世界に来てと言われても困りますよね……」
こっちが混乱していると、また王子さんは、自虐を始めだした。
ああ、もう!せっかく王子(仮)の(仮)が取れるというのに、また情けない男に戻るつもりなんだろうか、この男は!
「……一応聞くけど、異世界の……こっちの世界の人間が、王子さんの世界の、しかも将来の王妃様になんてなれるもんなの?」
……興味本位で聞いちゃうけど、そんな熱烈恋愛物語とか、異世界からやってきた聖女様と結ばれるとか、そんなラノベや乙女ゲームも知らない訳じゃないし、ほら、気になるじゃない?
「はい!うちの国は、代々伝わる魔道具で、王や王妃に必要なことを補うので、大丈夫です。王に必要なのは、健康で長生きをして、その…………次代を産み育てることですので。あ!あの、もちろん、何もしないというわけではないので、それなりに役目といいかすか、仕事といいますか、そうしたものはあるんですけど、補佐してくれる宰相や、担当者も優秀な者がおりますので!」
ぷしゅー!と音が聞こえそうなほど、鼻息荒く語ってくれた王子さんの言葉に、ほうほうと思わず頷いてしまったけど、……ん?私、結局どうしたいんだろ。
「ははは。王子の一世一代のプロポーズに悩むとは。さすがというか、きみらしいねぇ。他に付き合っている男もいないし、王子のこと満更でもなさそうだし、行ってみたら?」
「ちょ!そんな、コンビニに飲み物買いにいくみたいに気軽に言わないでよ……」
なんなんだ、一体。
ひとりは、きらきらした目で、私の答えを待っているし、ひとりは、他人事だからって適当なこと言うし。
「えー、いいじゃん。気軽に行き来できるんだし。とりあえず、あっちの世界見てきて、王子の仕事とか、いろいろ見てから決めてもいいんじゃない?遊園地で遊びたくなったら、ほら、おじさんのところに魔法陣でぴょんと遊びに来ればいいんだし」
「は?」
……やだもう、今日何回目の「は?」なんだろう。
「ちょっと待って。情報量が多すぎるってば!」
「ん?どこが?」
「全部よ、全部!ちょっと待って……異世界の王子さんが、ここに来たのって、偶然じゃなくって……」
「あー、それは、王子の親父さん……えっと、今は王様してる奴から相談を受けてね、ちょっと気分転換と、修行っていうか試練っていうか、何か鍛えてほしいって言われてね。あぁ、そんな怖い目で見ないでよ。おじさんさ、あっちの世界から、魔法陣のお試しで、こっちの国にやってきて、そのまま居心地良いから暮らしてるんだけど、ほら、おじさん根性ないからさ、ここで頑張って働くのムリ~って言ってたら、あっちの世界との橋渡し役?みたいなことしてくれたら、生活費くれるっていうから、こっちで楽しくやってるっていうわけ」
な……なんだそれ。
え、ちょっと待って。
私、物心つく頃から、この人にお世話になって、いた気が……するんだけど……。
「あ、そうそう。きみもさ、元々は、あっちの生まれなんだよね。ちょっと事情があって、おじさんのところで預かっているんだけど、……えーっとご両親もたしか、まだ、あっちでお元気だと思うけど、会いたい?」
「はぁああ?」
ごめん、もう無理!キャパオーバー。
ちょっと待って。整理させて。
王子さんからプロポーズされて?
おじさんも、あっちの世界の人で?
あっちと、こっちは、おじさんのところから気軽に行き来できて?
そして、私も、あっちの世界の生まれってこと??
こっちでは、両親も親類もいない身寄りのない私を、なぜか、おじさんが後見人として、お手伝いさんのお世話になりながらここまで大きくなったけど、そもそも、あっちに両親がいるって……私のか…家族が生きている??
「あ、あの……大丈夫…ですか?」
ここまでずっと空気読んで黙っていてくれた王子さんの優しさが嬉しいけど、そもそも、王子さんは、どこまで知っていたんだろ。
「王子さんさ」
「は、はい」
「おじさんのこともだけど、私のこととか、知ってて、今日一日過ごしてたの?」
明らかに不審者を見るような目で見ると、王子さんは慌てて首をぶんぶん振りながら、今初めて知りました!という表情をする。わんこかな?
「あの、私は、父に……その、王に、試練を受けに異世界へ行くことと、異世界……えっと、こちらでは、頼りになる人がいて、いろいろ助けてくれるから、ということだけ聞いてきました。その……あなたが、同じ世界の生まれだと聞いて、……すみません、ちょっと嬉しく思ってしまいました」
照れながら、そんなことを言う、王子さん。
なによ、こっちまで恥ずかしくなるじゃない……。
「ということでさ、理解してもらったようだし、とりあえず、一度、あっちに二人で行ってきなよ。ほら、試練の結果報告もしないとだし。数日くらいなら、こっちの世界のことも何とかなるよ。で、一度また戻ってきて、これからのこと決めたらいいし」
ここで空気読まないおじさんが、魔法陣の展開を始めようとするので、慌てて王子さんに、これだけは言っておく。
「も、もう仕方ないから、とりあえず一度行くけど、その……一緒に行くことがプロポーズの返事じゃないからね!結果報告の仕事と、あっちの家族に挨拶したら、私、こっちに戻るからね」
「は、はい!それでも、私の国に来て下さるだけで嬉しいです!ありがとうございます!」
「はいはい、じゃ、二人とも、その中に入って……そうそう、ちゃんと手を繋がないと、別々の場所に着くかもしれないから、しっかり握っておくんだよ……よし、じゃ、行ってらっしゃ~い」
そうして、私は、試練を乗り越えた王子さんと一緒に、魔法陣の光に包まれた……。
◆
数日後。
「……ただいま」
「はい、おかえり~。お疲れさん」
異世界に行って、あれこれして、そして無事にこっちの世界に私は帰ってきた。
「た、ただいま?です」
そう。王子さんと一緒に。
そして、その手には、新しい試練のカードが輝いてたのでした。
はぁ。
……仕方ない、また付き合ってあげるか。
お読みいただき、ありがとうございます。
本当は、王子さんと、ヒロインが、試練と言う名のわちゃわちゃしたラブコメで、さっくり終わる予定だったのですが、……おじさんが癖強すぎて、つい文字数増えてしまいました。
おじさんが面白すぎて、あれこれ増やした結果、ヒロインも実は……という想定に無かった設定まで入れてしまって、盛り込み過ぎたかな?
ちなみに、今作の、作者のお気に入りキャラはおじさんです(笑)
おじさん視点や、おじさんの過去なども、好評なら書いてみたいと思っていますので、よろしければ評価お願いします。